「女神の心臓層 欠けた魂の迷宮へ」
光に包まれた世界がゆっくり形を変えていく。
ユウトの足元の感触が消え、重力すら存在しない空間の中で、ただ“風の声”だけが彼を支えていた。
そして――
ユウトとリュミエルは、白銀の光を突き抜けた。
そこは“世界の中心”だった。
だが、想像していたような神聖な風景ではない。
空間そのものが裂け、ひび割れたガラス片のように浮遊している。
下も上もなく、ただ無数の“断片化された世界の破片”が漂う混沌。
中心には、ゆっくり脈打つ巨大な光球――
女神リュミエルの“心臓層”。
しかしその光は不完全で、ところどころ黒い亀裂が走っていた。
ユウトは息を呑む。
「……リュミエル……これが……お前の心臓……?」
彼の横で、欠けた姿の女神がうつむく。
【はい……
本来なら、世界を照らす“太陽”のような場所なのですが……
今は……魂が欠けすぎて……】
彼女の声は、光の揺れと同じく不安定だった。
ユウトは拳を握り、胸の奥から湧き上がる怒りを抑えながら言う。
「絶対に元に戻す。
これ以上、壊れたままにさせるつもりはない」
リュミエルは小さく首を振る。
【……でも、ユウトさん。
この“心臓層”は……私の心そのもの。
そこには……私自身が封じた“感情の始まり”が眠っています】
「感情の……始まり?」
【はい。
そしてそこには……必ず“影”がいます。
私が欠けた理由――そのすべてが】
ユウトは一歩前に踏み出した。
「なら、行くしかねぇだろ」
風が彼の背に吹いた。
リュミエルの細い輪郭に触れそうになるが、ユウトは彼女に向き直る。
「リュミエル。
ここから先は、俺が行く。
お前は――俺が守る」
【……ユウトさん……】
崩れた女神の目が震える。
ユウトは手を差し伸べた。
「一緒に戻ろう。
お前の力じゃなくてもいい。
俺の風で、お前を取り戻す」
その言葉は、この混沌の空間に確かな芯を生んだ。
光球の中心部――
“心臓層の入り口”がゆっくりと開く。
扉を抜けると、突然視界に“草原”が広がった。
美しい花が風に揺れ、鳥のさえずりが響く――
だがどこかおかしい。
色がついていない。
草原のすべてが、白黒の“スケッチ”のようだった。
ユウトは周囲を見渡し、呟く。
「……色がない……?」
リュミエルが静かに答える。
【ここは私の記憶の裏側……
私が“世界を描く前”の、最初の心です】
「世界を描く……前……?」
【はい。
女神が生まれる前――
ただの“核”だった頃の心。
何も知らず、何も持たず……
だから“色がない”のです】
その時。
草原の奥から、白銀の風が吹いた。
鳥の影が一斉に飛び立ち、花の線が揺れ――
地面が裂けた。
黒い霧が立ち上り、そこから“何か”が姿を現す。
ゆっくり、ゆっくりと形を成していく。
最初に現れたのは――
女神リュミエルの“シルエット”。
だが、顔の部分だけが黒く塗りつぶされていた。
そしてその胸には、巨大な“穴”が空いている。
ユウトは息を呑む。
「……これ……リュミエル……の……?」
リュミエル自身が震える声で言う。
【これは……“欠落した私”
私が封じた……“恐れと喪失そのもの”です】
黒い影のリュミエルが、ゆらりと首を傾けた。
【――どうして戻ってきたの、リュミエル】
その声は、彼女の声に酷似していたが……
色も温度もなかった。
ユウトが前に立つ。
「お前に用がある。
リュミエルの心を返してもらう」
黒影の女神は、ゆっくり手を胸の穴に添える。
【心……?
これは“渡すために置いたものではありません”】
地面の線が震えだす。
【これは……私が“世界に触れることを恐れた日”に生まれた欠片
あなたには……渡せません。
あなたはまだ……なにも知らない】
ユウトは叫ぶ。
「知る必要なんかねぇよ!!
リュミエルが苦しんでるなら――
取り戻す、それだけだ!!」
影がわずかに笑う。
【……なら、証明してみせて】
白銀の世界全体が揺れた。
影リュミエルが両手を広げ、無数の“線の刃”が空へ浮かぶ。
【私の“恐れ”を超えられるのなら
心臓への道、開いてあげる】
ユウトの風が爆ぜた。
「上等だ……リュミエルの心の迷宮、
ぜんぶ突破してやるよ!!」
線の刃がユウトに迫る――が、
「蒼風壁!!」
風が白銀の線を弾き、空間が歪む。
だが影リュミエルは冷ややかに手を払う。
【それでは、足りません】
次の瞬間――
影は“複数の姿”へと分裂した。
何十人ものリュミエルのシルエットが、草原いっぱいに広がる。
ユウトはピリィの声を思い出す。
(“ユウトはユウトの風を信じるですぅ!!”)
「信じてる……! 俺はもう迷わねぇ!!」
風が脚に集まる。
ユウトは裂けた地面を駆け抜け、影の群れへ突っ込む。
「蒼突線!!」
影が弾け、白銀の草原が光に包まれた。
だが――
【まだまだ……足りない】
影リュミエルの声が響く。
同時に、世界が揺れた。
草原の線がちぎれ、空がひっくり返り、風が“消えた”。
ユウトのみが、虚空に投げ出される。
「くっ……!」
影リュミエルが静かに言う。
【あなたに足りないものは“覚悟”
本当に女神を取り戻すということの重さを……
まだ、知らない】
ユウトは歯を食いしばる。
「知る必要なんて――」
【あります】
影の瞳が黒く光った。
【リュミエルを取り戻すということは
女神の喪失も、悲しみも、恐れも、全部知ること】
【あなたは風
そして風は、痛みを知らなければ吹けません】
ユウトは静かに立ち上がった。
「なら……全部受け止める。
全部背負ってでも、リュミエルを取り戻す」
影は目を細めた。
【ならば証明を】
空間の中心――
巨大な心臓光球の奥に、さらに深い穴が開いた。
【次の層へ進みなさい
あなたの風が本物なら……
“欠けた心臓の核”まで辿り着ける】
ユウトは拳を握り、前を見据えた。
「リュミエル。
絶対に、全部取り戻してやる」
崩れた女神が小さく呟く。
【……ユウトさん……ありがとう……】
風が背に吹いた。
勇者は光の穴へ飛び込む。
――女神の心臓層、第二段階へ。
混沌が開き、風が震え、
ユウトの決意が新たな力を呼び起こそうとしていた。




