「影の再境界:レオンの決断と第四の影の“問い”
ブランクライン城 ― 現実空間
断層世界へ落ちていったユウトの肉体は、薄い光の膜を纏いながら宙に浮いていた。
意識は完全に“核層”へと沈み、肉体は魂を失った殻のように見えたが――
その胸には、まだ確かな風が脈打っていた。
レオンはその背を守るように立ち、剣を握り直す。
「……ユウト。絶対に戻ってこい」
ピリィが必死にユウトの肩を押しながら叫ぶ。
『ユウト! はやく、戻ってきて……ですぅ……!』
彼女の呼びかけに応じるように、ユウトの胸の光がほんの少しだけ揺れる。
だが――その一瞬の隙を、影たちは見逃さない。
墨色の“線”から生まれた亡霊騎士たちが、音もなく現れた。
カツン……
カツン……
淡々とした集団の歩み。
輪郭の無い面。
それでも“ユウトを狙う意思”だけが、濃厚に漂っていた。
レオンは剣を振り上げ、吠える。
「来るなら来い……! 俺が全部斬り伏せる!!」
ゴルドが横で大地を揺らすほどに吠えた。
『レオン! ユウトを守るぞ!!』
ピリィも涙目になりつつ小さな体を膨らませる。
『ゴルド! そっちは任せたですぅ! あたしは……ユウトを見てるから!!』
「よし……」
レオンは剣を構えた。
次の瞬間――
亡霊騎士たちが一斉に襲いかかった。
――ガキィィン!!!
レオンの剣と騎士の槍がぶつかると、
空間そのものが軋むような音が跳ね上がる。
レオンは後退しつつ反撃の隙を伺う。
(……攻撃が重い。いや、重いというより“世界ごと削り取ってくる”感じだ……!)
亡霊騎士の一体が腕をねじり、黒い槍のような線を横薙ぎに振るう。
刃ではない。
ただの“線”だ。
だが触れれば存在が削ぎ落とされる。
レオンは視線を鋭利にし、足元を滑らせるように避けた。
「……ふっ!」
――ギンッッ!!
反撃の一閃で騎士の首元を切り裂く。
だがまたすぐに再生する。
線が集まり、輪郭をなぞるように復元され、すぐに立ち上がる。
レオンは歯を噛んだ。
「……キリがない……!」
ゴルドも巨大な拳で何体も叩き潰しているが――
霧のように散った線はすぐに戻り、形を結ぶ。
『クソッ……! ユウトを守るだけで精一杯だぞ!!』
ピリィが震えながら叫ぶ。
『レオン! ゴルド! ユウトから離れちゃダメですぅっ!!
第四の影は……ユウトが不在の間に、なにか“仕掛けてくる”ですぅ!!』
レオンは反射的に背後――ユウトの身体に視線を向ける。
それは次の瞬間だった。
ブランクライン城の天井が裂けた。
ズズズズッ……ッ!!
白銀の光が滴るように降り注ぎ、
巨大な“影の楔”がユウトの真上に姿を現したのだ。
レオンは即座に叫ぶ。
「ゴルドッ!! 支えろ!!」
『任せとけぇぇ!!』
ゴルドが地面へ手をつき、魔力を流し込む。
次の瞬間――
大地が盛り上がり、ユウトの周りに“岩の壁”が形成された。
亡霊騎士たちは壁に阻まれ、ユウトへ手が届かない。
だが――
第四の影の声だけが静かに響いた。
【……その岩は意味をなさない。
これは刃ではなく、世界の“問い”だ】
レオンの背筋に冷気が走る。
「……問い?」
影の楔がゆっくりと形を変え、
ユウトの胸の前に“円”が描かれた。
その円は白銀の線で、
見るだけで精神を吸い込まれそうになるほどの重さを持っていた。
影は告げた。
【風の勇者が核層に沈むのは良い。
だが――“風の根”を持たぬ者は、風の勇者の側に立つ資格があるのか】
レオンの心臓が跳ねた。
何を言っている?
【雷の勇者。
お前はまだ“選ばれし者”として覚醒していない】
「……!」
レオンの指先が震えた。
影の声は、まるで裁判官のように静かだった。
【風の勇者は今、自我の核層へ向かっている。
ならば雷の勇者も、その核に触れる資格がなければ、
――風の側に立ち続けることは叶わぬ】
レオンは剣を握り締め、声を荒げた。
「ふざけるな……!
俺は、ユウトの隣で戦うと決めた!」
【言葉ではなく――
お前自身の“境界”で示せ】
影の楔がゆっくりとレオンへ向けて下りてくる。
ゴルドが踏み出そうとする。
『レオン! 下がれぇぇ!!』
だがレオンは止めた。
「……いい。これは……俺がやるべきだ」
レオンの表情には迷いがなかった。
ピリィが涙交じりの声で叫ぶ。
『レオン! 危ないですぅ!!
これは第四の影の罠ですぅ!!』
しかしレオンは微笑んだ。
「……罠でもいいさ」
影の楔がレオンの前に降りる。
冷たい白銀の空気が周囲をねじ曲げ、
空間がピンと張った弦のような緊張を帯びた。
レオンは静かに、ただユウトを守るように背を向けながら――
「俺は、ユウトに救われた。
だから……今度は俺が証明する番だ」
剣を胸の前に掲げる。
瞳には、雷の勇者としての“覚悟”が宿っていた。
影はうっすらと嗤い、試すように告げた。
【では――問おう。
雷の勇者レオン。
その剣は、何のためにある?
憎しみか、後悔か、贖罪か。
それとも――】
レオンは迷いなく答えた。
「“共に立つ”ためだ」
影が一瞬沈黙する。
レオンは続ける。
「俺は、ユウトの隣で戦いたい。
あいつの背中を支えたい。
それが……俺の剣だ!」
その瞬間――
雷光がレオンの瞳に走った。
ピリィが驚愕する。
『レオン……!?』
ゴルドも目を見開く。
『まさか……!』
影は低く呟いた。
【境界を越えたか】
雷がレオンの身体から溢れ出す。
力ではない。
怒りでも後悔でもない。
“覚悟”の雷。
そして――
ユウトの胸に宿る風の核と反応するように、
レオンの胸にも小さな光が灯った。
それを影は静かに見つめ――言った。
【雷の勇者、資格あり】
影の楔が霧散する。
レオンは力尽きたように膝をつき、しかし笑った。
「……ユウト。
これで……俺も、お前と一緒に行ける」
風が揺れた。
ユウトの肉体はまだ目覚めない。
だが――
その胸の奥で、確かに“風の核”が応えた。
ピリィが叫ぶ。
『レオン……! ユウト、聞こえてるですぅ!!
みんな、待ってるですぅ!!!』
風が震え、光が揺れた。
影が静かに告げる。
【風の勇者よ。
次に目覚めたとき、お前は“第三の自我”を越えた存在となる】
そして……
【雷の勇者よ。
お前は風の隣に立つ資格を得た。
――だが、その先に待つのは“境界の崩壊”だ】
レオンの顔が曇る。
「境界……?」
影は沈黙したまま、ゆっくりと後退し、闇へ消えていく。
残されたのは、ユウトの光だけ。
レオンはその光を見つめ、静かに言った。
「……行け、ユウト。
この世界の底で、お前の“風”を掴め」
ゴルドも拳を突き上げる。
『ユウトぉ!! 戻ってこい!!』
ピリィは涙を拭きながら笑う。
『ユウト……絶対、絶対……帰ってきてほしいですぅ……!』
その声は、まだ届かない。
だが――
風は確かに揺れていた。
そしてユウトの精神は――
断層の底、“風の核層”でついに原点へ辿り着こうとしていた。




