風の断層試練:揺らぐ自我と"本当の風"
世界が――裂けた。
白銀の線が縦方向へ走り、ユウトの身体は強制的に“ふたつ”に引き裂かれるような感覚を覚えた。
肉体はレオンたちのいる現実世界へ。
精神だけが、深い深い断層の底へ落ちてゆく。
――落下している。
風は無い。
空気も無い。
上下も左右も存在しない。
ただ“落ち続けている感覚”だけが、ユウトの存在を辛うじて繫ぎ止めていた。
ユウトは目を開けた。
そこは――色の無い世界。
白銀と墨の線だけで構築された、最も原始的な“風景の前段階”。
「ここは……どこだ……?」
答える声はない。
だが、代わりに“世界の奥”から落ちてくるような声が響いた。
【ここは風の断層。
風の勇者が通過せねばならぬ、心の深淵だ】
第四の影の声。
だが、現実世界のそれよりも澄み、深く、まるで古い神話の残響のようだった。
【風は気まぐれ。
形を持たぬ。
ゆえに“境界”を定めねば、自我を保てぬ】
ユウトは拳を握る。
「境界……? 自我……?」
【お前はまだ、自分が何者かを定めていない】
その瞬間――足元が“割れた”。
いや、足元という概念が歪んだ。
裂け目から現れたのは――
ユウト自身だった。
だが、その顔は真っ白だった。
目も鼻も口も無く、ただの“人型の輪郭”。
ユウトが息を呑む。
「これ……俺……?」
無貌のユウトが首を傾ける。
その瞬間、影の声が囁いた。
【お前はまだ“自我の形”を持っていない】
無貌のユウトが動く。
走る。
跳ぶ。
拳を振るう。
――ユウト自身と全く同じ動きで。
「っ!?」
ユウトは咄嗟に身を捻り、拳をかわす。
無貌のユウトは感情を持たぬ分、無駄がない。
完全なコピー。
だが――
「……違うな」
ユウトは息を整え、風を纏うように構えた。
「俺の動き、そんなに綺麗じゃない」
無貌ユウトが一瞬停止する。
続けて攻撃を仕掛けようとした瞬間、
ユウトは逆に一歩踏み込むと――
「俺の風は……もっと雑で、もっと自由だ!」
拳を横に払い、無貌ユウトの胴体を裂いた。
白銀の線が散る。
続けざまに、ユウトは足元へ短い風を叩き込む。
「風脚!!」
跳び上がり、上空から風の圧縮打撃を落とす。
「風衝落ッ!!」
――ズンッ!!!
無貌ユウトの輪郭が砕け散り、線へと変わって消えた。
風が吹いた。
初めて、断層世界に風が通った。
【……なるほど。
線ではなく……風そのものを“自分だ”と定めたか】
影の声は、どこか満足げだった。
ユウトは息を切らしつつ拳を握る。
「俺は風だ。
決まった形も、定められた境界もいらない。
流れて、揺れて、選んで、掴む……」
自分を見失いかけた縁日の帰り道。
仲間を守れず悔しかった夜。
勇者として選ばれた日。
そして――この世界で仲間を得た。
そのすべてが、風のように通り過ぎていったから、ユウトは言えた。
「俺は、“俺である”風を選ぶ!」
断層世界が揺れた。
白銀の地面に、ほんの少し“色”が生まれた。
淡い青――風の色。
影が言う。
【では――次の断層へ進むがいい】
空間が裂ける。
その裂け目から、“別のユウト”が現れた。
今度のユウトは――
怒りに満ちた、鋭い眼光をしていた。
「俺は……お前だよ、ユウト」
ユウトが動けないでいると、その“怒れるユウト”が叫んだ。
「お前はまだ……本当のことから逃げてる!!」
同時刻――現実世界。
レオンは影の分裂体と戦い続けていた。
「ユウト……早く戻ってこい……!」
その願いが届くかは、誰にもわからない。
断層世界へ戻る。
怒れるユウトが拳を構えた。
「さあ、次だ。
“お前が見ないふりをしてきた俺”と向き合え!」
風が荒れ狂う。
断層試練、第2段階。
ユウトの自我が本当に“風の勇者”になるための核心へ向かって――
物語は、さらに深く沈んでいく。




