「第一次交戦:風と影の断層戦」
世界が、ほどけていた。
足元には床がある“はず”なのに、踏み締めた瞬間に線がふるえ、白銀の粒子が溶け出して空間へ散ってゆく。
天井は遠い高みにあったが、瞬きするたびに距離が縮む。
次の瞬間には横へと流れ、ねじれ、無数の線が世界を解体しようと蠢いている。
――この部屋そのものが、第四の影の支配領域。
ユウトは風を纏って構えた。
レオンは背中合わせに剣を構える。
闇の中に浮かぶ“輪郭の無い影”は、じっとユウトだけを見ていた。
【風の勇者……
お前が“異界の線”を引く者か】
「またその言い方か。
線とか輪郭とか……俺たちは、モノ扱いされる筋合いないんだよ」
ユウトが言うと、影はかすかに揺れた。笑ったのか、冷えた音が微かに響いたのか判断できない。
【人が世界を語るのと同じように、世界もまた、お前たちを語る。
ただの線。
ただの形。
そして――描き換え可能な器にすぎぬ】
レオンが吠えるように踏み込む。
「黙れ!」
剣に光が走る。
雷ではない、熱でもない――“存在を主張する輝き”が刃に灯った。
その一閃が影を捉えた……かに見えた瞬間――
影の身体が“分割”された。
スッ……
ふたつ、みっつ、よっつ……
輪郭のない影が次々と分裂し、空中に漂う。
レオンが剣を握り直した。
「分身……!? いや、“輪郭の複製”か!」
【正確だ、雷の勇者。
我は存在の境界を持たぬ。
線があれば“別の影”として構築できる】
それらの影のひとつがレオンに襲いかかった。
振るわれた腕は、槍でも剣でもない。ただの“線”の集合体。
しかし――触れれば存在が削れる。
レオンは剣で受ける。
――ギギ……!!
金属音ではなく、世界が擦れる音。
剣が白銀に染まりかける。
「ぐ……っ!」
「レオンッ!」
ユウトが風で割り込み、衝撃波を叩きつける。
「風衝壁!!」
影の分身が吹き飛ぶ。
風が影を削り、断層のように裂け目が走るが――
すぐに線が戻る。
【風で断とうとしても無駄だ。
線は戻る。世界が在る限りな】
ユウトは歯を食いしばり、影をにらむ。
(戻る……でも、完全には戻らない。
今の衝撃、影の核が一瞬だけ“露出”した……!)
ユウトは風の流れを読みながら、影本体の位置を探る。
闇の中に複数の影が存在し、どれが“本物”なのか、どれが核を持っているのかは瞬間ごとに入れ替わっている。
――だからこそ、風を通す。
ユウトは深呼吸した。
「……風よ」
空間が揺れる。
「この世界を、貫け」
瞬間、ユウトの背に風の流れが走った。
ただの風ではない。
城中から吸われ続けてきた“外の風”が、ここに流れ込んだ。
ピリィが叫ぶ。
『ユウト、それ……!
外界の風まで引き込んでるですぅ!?』
「この部屋だけ、風が封じられてたんだ。
でも逆にいえば、外に“隙間”があったってことだ!」
ユウトは風を拳に集める。
「風断層破!!」
――バァァァン!!
風が空間を裂いた。
白銀の線が引きちぎれ、影たちがゆらぎ、核が露出する。
レオンがそこへ飛び込む。
「はああああああ!!」
剣が雷光のように閃き、露出した核を断ち切る――しかし。
――ガッ。
刃が核に届く寸前で、別の影が割り込んだ。
影がレオンを弾き飛ばす。
「くっ……!」
レオンの身体が空間にぶつかり――
ぶつかった“はず”の壁が存在せず、線に飲まれる。
「レオン!!」
ユウトが風で駆け寄ると、レオンの肩から腕にかけて白銀のひびが入っている。
存在の“欠損”。
ピリィが震える声で言った。
『これ以上欠けると……レオン、世界から消えちゃうですぅ……!』
ゴルドが吠えた。
『ユウト! 時間がない!!
影の核を直に殴りつけるしかねぇ!』
ユウトは拳を握り、
「わかってる……!」
影本体が声を発する。
【理解していない。
お前たちは世界の線であり、世界の部品。
部品が核に触れるなど、不可能だ】
その言葉に、ユウトは薄く笑った。
「部品かどうかは、俺たちが決めるんだよ!」
風が爆ぜる。
ユウトは影本体へ一直線に走った。
影の空間が歪み、断線が走り、世界の形がほどけていく。
前に進むだけで、体ごと消えそうな圧力。
だが――止まらない。
「レオン!」
「任せろ!」
剣が雷の線を描く。
複製された影をレオンが片っ端から切り裂き、道を開く。
――その奥、闇の中心。
ユウトは影の核を見た。
白銀に溶けゆく世界のただ中で、
黒く、深い、底なしの“点”。
そこへ――
ユウトは風の拳を叩きつけた。
「砕けぇぇぇぇぇッ!!!!」
――――!!!
空間が反転した。
風が爆散し、線がほどけ、影の核が震えた。
影の声が揺らぐ。
【……ほう。
よく、そこまで“届く”ものだ……風の勇者……】
世界が再構築される。
核は砕けなかった。
ただし――“傷”はついた。
レオンがユウトの横に着地する。
「やったのか……?」
影は静かに答えた。
【いいや。
だが、お前たちは“届いた”。
それは想定外だ】
影の周囲の線が激しく震え、全空間が黒く染まっていく。
【ならば……
ここからは次の段階に進むとしよう】
ユウトの背筋に冷たい風が走る。
「次……?」
影は告げた。
【――“風の断層試練”。
勇者としての境界を試す】
空間が割れた。
まるでページを二つに裂くように、世界が左右へ開く。
ユウトの身体が風ごと引き裂かれ――
精神世界へと落ちていく。
断層と現実が重なる、
二重戦闘の始まりだった。




