「白銀の騎士団、輪郭消失の間」
ブランクライン城――その内部は、外観の異様さ以上に“歪んでいた”。
廊下は右へ向かっているのに、数歩進むと左へ曲がっていた記憶に置き換わり、天井は確かに上にあるのに、次の瞬間には“平面の線”として視界を横切っていた。
色は極端に少なく、白銀と墨色の線ばかり。
まるで世界そのものが、ここだけ“下描き”で止まっているかのようだ。
そんな異様な空間で、ユウトとレオンは正面から“亡霊騎士団”と対峙していた。
カツン……カツン……
亡霊騎士たちの歩調は、一糸乱れぬ“古代の戦列歩法”。
だがその輪郭は曖昧で、吹けば消えそうなほど薄く、しかし触れれば世界そのものを削り取る。
空洞の槍が構えられた瞬間――
風が、震えた。
「レオン! 来るぞ!」
「わかってる!」
亡霊騎士の槍が突き出される。
その軌跡はまるで“世界の線”ごと穿つような、無音の一撃。
レオンは剣を振るい受け止める。
――ガガァン!!
響く衝撃音は、金属音ではなかった。
輪郭がきしむような、不快な音。
レオンの足元が白銀に染まり、線がほどけていく。
「くっ……! これ、受けるだけで存在を削ってくるのか!」
「レオン、後ろ!!」
ユウトが風を纏って駆ける。
亡霊騎士の二撃目がレオンの背を狙う。
ユウトは腕を引き、風を拳に集め――
「風撃!!」
――ドンッ!!!
短い、しかし濃密な風が亡霊の横腹を叩きつけた。
亡霊騎士は宙に浮き、壁に叩きつけられ、輪郭を歪ませながら崩れる。
しかし。
「……おい、嘘だろ」
崩れた騎士の輪郭から、墨の粒子が集まる。
再構築――。
レオンが歯を食いしばる。
「倒しても……戻ってくる!?」
『その通りだ!!』
ゴルドがすかさず叫ぶ。
『亡霊騎士はブランクライン城に縛られた“守護線”!
この城が存在する限り、何度でも描き直される!!』
「つまり……無限湧きってことだよな……!?」
『そうだ!!』
「元気よく言うなよ!?」
ユウトが風で攻撃をかわしつつ、息を切らす。
レオンも剣を回して応戦するが、騎士は増えていくばかり。
さらに奥の暗闇から、またひとつ、またひとつ……
カツン……カツン……
白銀に染まった騎士たちが列を成して現れる。
レオンが苦い表情で言った。
「……ユウト。これ、まともに戦ってたら消耗戦どころじゃないぞ」
「だよな……」
ユウトは深呼吸をし、足元を感じた。
(風が……流れてない)
城の内部では、風が正常に動けない。
それは風の勇者にとって“ハンデ”に等しい。
しかし、逆にいえば――
(ここで風を通せれば……この城そのものに干渉できるかもしれない)
ユウトは亡霊騎士の攻撃をギリギリで避けながら、ある方向を見た。
奥――闇の中心。
風が、そこだけ“吸い込まれている”。
(あそこか……!)
ユウトは叫ぶ。
「レオン! ここは突破するぞ!」
「どこに!? 囲まれて――」
「奥の闇だ! あそこに“輪郭消失の源”がある!」
レオンの瞳が鋭く光る。
「なるほど……亡霊騎士を倒すんじゃなくて“上書きしている場所”を叩くのか!」
「そういうこと!」
二人が走る。
亡霊騎士たちが一斉に追いすがる。
その槍の動きは異常に速く、空を裂き、レオンの肩を掠めた。
――ズッ!!
白銀の線が肩に走る。
レオンの身体から、色が一瞬だけ奪われた。
「レオン!!」
「大丈夫だ。まだ……戦える」
レオンは剣を握り直し、ユウトの背へ並走する。
後ろでは、ゴルドが吠える。
『勇者たちを通せぇぇぇ!!!!』
大地の巨躯が拳を振り下ろし、亡霊騎士をまとめて叩き潰す。
だが――やはり再生する。
ピリィが叫ぶ。
『急ぐですぅ!! あの奥、多分……第四の影の“門前”に繋がってますぅ!!』
ユウトは風を集め、一気に駆けた。
そして飛び込んだ先。
そこは、まるで空洞のような――巨大な“部屋”だった。
――輪郭消失の間
床も壁も、天井すら存在しない。
あるのは白銀と黒の線が混じった“空間の残骸”。
そこには巨大な円が描かれていた。
“存在定着式”。
レオンが息をのむ。
「まさか……亡霊騎士の再生は……この式で?」
『そうだ! あれは“影の魔術式”!!
第四の影が城そのものを“消えない存在”として書き換えている!!』
ユウトは円形の式を見つめた。
風が――吸い込まれていく。
まるで、この式が“この世界の輪郭を食べている”かのように。
そこで、闇の奥から声がした。
【……よく来たな、風の勇者よ】
レオンが剣を構える。
「……来たか」
ユウトは前を見据えた。
白銀の闇が揺れ、一つの“影”が姿を現す。
輪郭のない人影。
その中心に、黒く深い核が揺らいでいる。
【我は第四の影……
“世界の底”より這い出し、輪郭を喰らうもの】
声が響くたびに、部屋そのものの線が震える。
ユウトは拳を握った。
「お前が――この世界を“消そう”としてるのか」
【消す? 違う。
世界は、既に壊れかけている。
我はただ“壊れた世界を回収”しているだけだ】
レオンが怒りを込めて叫ぶ。
「そのために人を、街を、世界そのものを犠牲にしているのか!!」
【犠牲?
世界の輪郭は……全て等しく“ただの線”だ】
影の核が光る。
【風の勇者よ。
お前もまた、この世界の“線”にすぎぬ】
ユウトは、ゆっくりと深呼吸をした。
風が背で揺れる。
「線かどうかは……俺が決める」
影が動いた瞬間――
――世界が揺れた。
床が消え、天井が落ち、線が歪んで全てが流体のように溶けていく。
レオンが叫ぶ。
「来るぞ!!」
ユウトは風を拳に集め、走り出す。
亡霊騎士よりも速く。
第三の影よりも深く。
第四の影――“世界を喰らう者”に向かって。




