「ブランクライン城・侵入作戦
風が戻った世界は、ほんのわずかに息を吹き返しただけだった。
白銀化した大地はその多くが回復したものの、各地には依然として“輪郭を失った裂け目”が散在している。遠くで鳥の鳴き声がかすかに聞こえ、風は草を揺らし……それでも空気には、絶えず微かな恐怖が混じっていた。
世界の底で、第四の影が胎動している。
それを察知した者たちの胸には、沈黙に近い緊張が張り付いたままだった。
ユウトは高台で風をまといながら、目の前にそびえ立つ巨大な城を見上げていた。
――ブランクライン城。
かつてこの世界がまだ健全だった時代に存在した、古代魔術文明の遺産。
いまは“輪郭を奪う側の城”と化し、塔の半分は崩落し、壁の一部は白銀と黒の線でしか描かれていない。まるで世界の端に置き忘れられた、巨大な廃城の亡霊。
そして、その地下に――
第四の影が眠っている。
ユウトは息を吸い込む。
「……ここが、“世界の狭間”に繋がる扉か」
レオンが隣で頷いた。
「この世界に来てから、俺も色んな場所を見てきたが……こんな禍々しい城は初めてだ」
レオンの瞳が静かに光る。その光には、精神世界での“再生”がはっきり刻まれていた。倒れていた仲間ではない。もう一人の勇者として立ち上がった、確固たる意思。
風を受けたユウトは、レオンの横顔を横目で見た。
(あいつ……ほんとに顔つき変わったよな)
以前はずっと他人の評価と責任に縛られた、影を背負う戦士だった。それが今は、仲間として並び立つ“勇者”に変わった。
だからこそ、この戦いは二人で挑む意味がある。
ゴルドが険しい顔で地図を広げた。
『見ろ。これが古代の資料から読み取ったブランクライン城の構造だ。だが……問題がある』
ユウトが覗き込む。
「問題って?」
『この城は“内部構造が変動し続けている”のだ』
「変動? 迷宮みたいに?」
『迷宮よりタチが悪い。構造が“世界の輪郭に依存して変化”しているのだ。影の波動による影響で、廊下や階層が消えたり、新しく繋がったり……』
ピリィがぷるぷる震えながら補足する。
『つまり! 地図は信用できないですぅ!!!』
「それ地図の意味ある?」
『気休め程度にはなるから黙って使え』
「気休めかよ!?」
レオンが苦笑し、剣を持ち直す。
「構造が変わるなら……勇者の力で突破するしかないな」
「まぁ、やるしかねぇよな」
ユウトは風を纏いながらブランクライン城の巨大な門を睨む。
巨大で、重く、色のない門。
触れれば輪郭を奪われそうな、白銀と墨の“線”だけで描かれた異質な構造物。
風が、門の前で急に消える。
ユウトは目を細めた。
「……ここだけ、風が届かない」
レオンが低く言う。
「第四の影が張っている結界だ。この門は、風の勇者を拒んでいる」
「拒む? 俺を?」
『この城は勇者の誕生以前――古代文明が“影との戦争のために作った城”だ。勇者を認めるのか拒むのか……いまの状態では後者に傾いている』
「めんどくせぇ……」
『めんどくさい城だからこそ、第四の影の巣になったのだ』
ユウトは大きく息を吸い込む。
(なら……風の勇者として証明してやるよ)
風が背後で揺らぐ。
ユウトは一歩前へ踏み出し――城門に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。
空気が急に冷え、門が震えた。
白銀の亀裂が走り――
……ガガガ……ッ……!!
白銀の裂け目が広がる。
拒絶の壁だ。
レオンが即座にユウトを引き戻す。
「ユウト! 不用意に触るな! 輪郭を奪われる!」
「わかってる……けどよ」
ユウトは手を握りしめた。
「この門、俺の存在を“勇者としての風”で判断してる」
『正しい。中途半端に触れれば消えるぞ』
「中途半端……ねぇ……」
ユウトは笑った。
「なら、認めさせればいいんだよ。
――俺の風が、本物だってな」
風がユウトに集まり、渦を描く。
レオンがその横で剣を構える。
「覚醒したあのときの風……もう一度やる気か?」
「いや、今回は違う」
ユウトは風の核に触れた。
精神世界で目覚めた“風の勇者”の力。
あれは爆発だった。今回は――
(風を、世界に溶かす)
風が静かに収束し、ユウトの掌に集まっていく。
ふわりと、柔らかく。
暴風ではなく、微風。
だがその一筋一筋が世界に染み込み、城門に触れていく。
門が震え、拒絶の白銀がわずかに後退した。
レオンが息をのむ。
「これは……“風の加護”?」
「風は暴れるためにあるんじゃないだろ」
ユウトは門へ手のひらを押し当てる。
「世界を、もう一度動かすためにある」
門の白銀が――音もなく溶けた。
拒絶の壁が崩れ、城門が静かに開く。
ゴルドが目を見開いた。
『……認められたのか、勇者よ』
ピリィが感動の声を上げる。
『ぷるぅぅぅ! お見事ですぅ!!!』
ユウトは鼻を鳴らした。
「まぁ、当然だろ?」
レオンが苦笑する。
「調子に乗るなよ。でも……ありがとう。これで前に進める」
「おう。行こうぜ、共犯者」
二人が拳を軽く合わせた。
――ブランクライン城内部
城内は、外観以上に異様だった。
壁は墨と白銀の線だけで描かれ、階段は途中から途切れ、床には“深淵のような穴”がぽっかりと開いている。奥からは低い唸り声が聞こえ、空気は重く湿っている。
そして――
風が流れない。
ユウトが眉をひそめる。
(風が……迷ってる?)
ゴルドが警戒しながら言う。
『第四の影の影響で、風の流れが乱されているのだろう。油断するな』
ユウトとレオンが進むと――
カツン……
カツン……
城内の奥から、規則的な金属音が響いた。
レオンが剣を構える。
「……誰かいる」
ユウトも風を集めて臨戦態勢に入る。
金属音は次第に近づいてくる。
アマチュアの盗賊が履くような安物の靴音ではない。
衛兵のような規律ある歩調でもない。
もっと――古くて重い。
そして姿を現した。
鉄の鎧。
いや、かつては鎧だった“線”。
輪郭だけで構成されたような、墨と白銀の騎士。
――ブランクラインの亡霊騎士たち。
その指先は剣ではなく、黒い“空洞の槍”を握っている。
レオンが息を呑む。
「これは……古代の守護者……!」
亡霊騎士が無表情のまま剣を持ち上げ――
――世界から色を奪う“斬撃”を振るう。
ユウトは叫ぶ。
「行くぞ、レオン!!」
「応ッ!!」
風と剣が、一斉に前へと走った。




