「輪郭を失った世界への招待状」
風が世界に還ってきてから――数時間が経った。
崩れかけた空は青を取り戻し、白銀化していた大地も少しずつ色を思い出していく。
第三の影との死闘によって生じた空白は、まだそこかしこに残ってはいるものの……それでも風が吹いている。それは確かな“生命”の証。
ユウトは高台から風を感じながら、胸に手を当てて深く息を吸い込んだ。
(……まだ終わってない。
でも今は、ちゃんと生きている)
勇者として“覚醒”した感覚は、まだ自分の身体に馴染み切っていない。
だけど、風が常に寄り添ってくれている――そんな確信がある。
「ん~~っ!!」
ユウトが伸びをすると、隣に座るレオンが呆れ半分の視線を向けてきた。
「よくそんなにリラックスできるな。
さっきまで精神世界で死ぬかと思ってたのに」
「終わったことは気にしない主義」
そう言って笑うと、レオンは肩を竦めた。
「……本当に、お前には救われてばかりだ」
「救った分はちゃんと返してもらうさ。共犯者として」
「またその言い方か……」
呆れながらも、レオンは小さく笑った。
その笑みには、もう影の色はない。
普通に、ちゃんと“未来”を見ている人間の表情だった。
ゴルドとピリィが小高い丘を駆け上がってくる。
『ユウト! レオン! 大事なことがわかったぞ!』
『ぷるぷるっ! 大事件ですぅ!』
二人の慌てぶりに、ユウトとレオンは反射的に立ち上がる。
「また影か?」
『いや! 確かに第三の影の残滓は地底で蠢いているが――
それ以上に厄介なことが起きておる!』
ゴルドが見せたのは――裂け目。
空間が歪み、輪郭が溶けた“白銀の亀裂”。
その向こうには何もない闇が広がっていた。
「……また白銀化?」
『違う。
影による侵食ではなく……“世界そのものが壊れている”』
風が吹き抜け、白銀の粒子を運ぶ。
だがその粒子が亀裂に触れた瞬間、輪郭を失い、完全に消失した。
まるで存在そのものが消えたかのように。
ピリィが震えながら言う。
『あれは……第四の影が――
“世界の底”を喰ってる証拠なんですぅ……』
レオンが剣を握り直す。
「第三の影は消えたはずだろ。じゃあ、第四の影は……」
『第三の影は“精神”に干渉する存在だった。
第四の影はそれを超える……
――世界の根源へ手を伸ばす影』
世界の根源……?
ユウトの背筋を冷気が走る。
「それ……一番ヤバいやつじゃね?」
『もちろんだ! これが続けば世界は輪郭を失い……
“存在の書”が白紙になってしまう』
ユウトはすぐに理解できた。
世界の輪郭が壊れれば、どれだけ戦っても
守るべき“世界そのもの”が消えてしまう。
つまり、第四の影は――
世界を“無”に還す存在。
「……それ、どうやって止める?」
ゴルドが言葉を詰まらせ、小さく唸った。
『第四の影へ辿りつくには――
世界の輪郭が崩れた、その“狭間”へ潜るしかない』
「狭間……って、まさか――」
ピリィが指差す方向。
そこには大きな建造物があった。
城――
否、城だった“輪郭の残骸”。
塔の先端は溶け落ち、壁は線だけになり、
それでもなお威容を保っている。
風がざわつく。
ゴルドが厳かな声で告げた。
『あれは……
かつて“勇者を拒んだ城”
――ブランクライン城』
勇者を拒んだ……?
「それ、俺らを敵として見てくる的な?」
『可能性は高い。
あれは“輪郭を奪う側”に属する古代城――
第四の影が潜む“世界の狭間”への扉だ』
レオンがユウトに視線を向ける。
「風の勇者。行く覚悟はあるか?」
ユウトは迷わず頷いた。
「当たり前だろ。
まだ誰も死んでないんだから終わらせない」
レオンが微笑み、剣を水平に構えた。
「ならば俺も――共犯者として肩を並べる」
ゴルドが拳を天に掲げる。
『運命を切り開け、勇者たちよ!』
ピリィが精一杯の声で叫んだ。
『世界の輪郭を――取り戻すんですぅ!!!』
風が四人の背を押す。
新たな戦いの地。
第四の影との対峙。
ユウトは風を纏い、一歩踏み出した。
「――行こうぜ」
この世界が息をし続けるために。
そして、まだ見ぬ未来のために。
その頃――
歪んだ狭間の奥。
世界の底で蠢く影が、嗤った。
【さぁ……
風の勇者よ。招待状を受け取れ】
白銀の闇が、城の地下から世界へ溢れ出す。
新たな禍の幕が上がった。




