「スライムの恋と勇者の胃痛」
俺の名はユウト・ナガセ。
異世界に転生して勇者になった……のだが、攻撃力は5、防御力は3。
最弱である。どのくらい最弱かというと、木の枝で叩いてもスライムにダメージを与えられないレベルだ。
だが、俺には唯一のスキル「モンスター思考読取(?)」がある。
つまり、モンスターの心の声が全部聞こえる。これが、便利なようで、地獄のようで。
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「ねぇユウト、その木の枝、なんか呪われてね?」
『なんか弱そうな棒だな……』
「ゴルド、お前の心の声と口が連動してるぞ。」
『え、あれ? もうわけわかんねえ。』
相棒のゴブリン・ゴルドと旅を続けて早二週間。
村人たちは俺を“ドラゴン退けし勇者”と呼び、ゴルドは“改心したモンスター”と呼ばれている。
現実はどっちも誤解なのだが、まあ悪い気はしない。
そんなある日のことだ。
川辺で休憩していた俺たちの前に、ぷるんと丸い影が現れた。
「お、スライムじゃねえか。」
『うふふ、また人間……今回は……いけるかも……』
なんか妖しい声だな。
「こんにちは。俺はユウト、勇者だ。一応。」
『勇者!? きゃっ……! 本物だ……!』
「ん? なんか反応おかしくね?」
スライムは体をぷるぷる震わせ、なぜか赤く(?)なっている。
液体が照れるな。
『あの、その……わ、わたし、ユウトさんのファンで……』
「は?」
『だって! ドラゴンを退けたって聞いて! もう勇ましくて! 素敵で!』
「……誤報が独り歩きしてる……」
『あれ? このスライム、雌だったのか?』ゴルドがつぶやく。
『そうよ! 失礼ねゴブリンさん!』
「名前、あるのか?」
『ピリィです! ピリィ・スライム!』
「なんで名字あるの!?」
『だって、かっこいいでしょ!?』
……なにこのテンション高いスライム。
ピリィはまるでアイドルファンのように俺を見つめている。
その目(というか体の中央の泡)には、ハートが浮かんでいた。
『ユウトさんと、旅がしたいですっ!』
「いやいやいや、仲間はもう足りて——」
『お願いしますっ!! がんばりますっ!!』
涙目(?)で頼まれると断れない俺は、結局こう言ってしまった。
「……しょうがない、少しだけな。」
『やったあああああ!!』
『おいユウト、これ絶対面倒なやつだぞ……』
「わかってる。でも放っておけねえだろ。」
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それから数日。
俺、ゴルド、ピリィの三人で旅を続けていた。
ピリィは荷物持ちを買って出たが、
荷物を吸収して溶かすという致命的な欠点を持っていた。
「うわっ! パンが消えた!!」
『だって……美味しそうだったから……』
『パン食うスライムてなんだよ!』
「胃が痛え……」
だがピリィには意外な才能があった。
夜、焚き火の代わりに自ら発光し、暖かい空気を出すのだ。
『スライムは体内の魔素を燃やして温度を調整できるのです♪』
「めちゃくちゃ便利じゃねーか!」
『でしょ? ユウトさんの役に立ちたくて♡』
「胃が……二重に痛い……」
『おい、完全に惚れられてるぞ。』ゴルドがニヤつく。
「やめろ、そういうフラグいらねえ。」
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その夜、ピリィが少し離れた場所で光っていた。
どうやら一人で何か考えているようだ。
……心の声が、自然と入ってくる。
『……ユウトさん、やっぱり人間の女の子の方が好きなのかな……』
俺は反射的に声をかけてしまった。
「いや、別にそんなこと——」
『えっ!? 聞こえてたの!?!?』
「うっ……ごめん、スキルのせいでつい……」
『もうやだ! 心の中まで聞くなんて、エッチ!!』
「違うから!!」
『ユウト……最低だな……』とゴルド。
「誤解だって!!」
夜空に俺の悲鳴が響く。
勇者の尊厳、地に落ちる音がした。
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翌朝。気まずい空気の中、俺たちは小さな村にたどり着いた。
そこで出会ったのは、商人風の男だった。
「おお、勇者様ではございませんか! 実は困っておりまして……」
「またか……」
男の話によると、最近村の近くに“スライム盗賊団”が出るらしい。
人の荷物を奪って逃げる凶悪スライムたちだという。
『スライムが盗賊? 珍しいな。』とゴルド。
『……それ、もしかして……』とピリィが小さく震える。
「どうした?」
『……それ、わたしの……兄たちです。』
「え?」
ピリィの声が沈んだ。
どうやら、スライム族の中でも暴走した連中がいるらしい。
ピリィは元はその一味だったが、人間を襲うのが嫌で逃げ出したという。
『止めなきゃ……ユウトさん、お願い。』
その瞳は真剣だった。
……こんな顔をされたら、断れない。
「行こう。ピリィの家族、助けに行くぞ。」
『ありがと……ユウトさん。』
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夜。森の奥。
そこには大小さまざまなスライムが集まっていた。
『兄さん! もうやめて!』
『ピリィ!? 裏切り者が何を言う! 俺たちは生きるためにやってるんだ!』
「話を聞け! 人を傷つけなくても生きていける道はある!」
『勇者……? 人間の味方をするとはな!』
ピリィの兄が怒りで体を黒く変化させる。
闇スライム。魔素を吸って凶暴化した個体だ。
『なら、力づくでわからせる!』
「うわっ、きたっ!」
俺はとっさに木の枝を構えた。
が、攻撃力5。どうしようもない。
『ユウトさん、下がって!』
ピリィが前に出た。
彼女の体が強く輝く。まるで炎のように。
『お兄ちゃん、わたし……勇者さんと出会って、知ったの。
優しさは、弱さじゃない。守るための強さなんだって!』
『ピリィ……!?』
光が爆ぜ、闇スライムがのけぞる。
ピリィは全力で彼を包み込み、体内の魔素を浄化した。
『ぐあっ……やめろっ……ピリィ……っ!』
眩い光のあと、そこには、ただの透明なスライムが残っていた。
『……ありがとう。』
兄の声が静かに響いた。
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翌朝。村に平和が戻った。
スライム盗賊団は改心し、森の掃除を手伝うようになったという。
ピリィは疲れ切って眠っていたが、穏やかな顔をしていた。
『なあユウト。お前、また一つ伝説を作っちまったな。』
「いや、俺なにもしてねえけどな。」
『そういうとこが勇者なんだよ。』
「……褒められてる気がしない。」
朝日が昇る。
新しい日が始まる。
最弱勇者と、ゴブリンと、スライム。
奇妙な三人の旅は、まだ始まったばかりだった。




