「風を喰らう翼➖共鳴の空➖
風車の村に、朝の光が差し込んでいた。
昨日、丘の上で起こった小さな“ぷるぷる騒動”の名残を残しながら、
ユウトたちは穏やかな時間を過ごしていた。
『ぷる~♡ 今日もいい風ですぅ~。』
『筋肉も朝日に包まれている……完璧だ。』
「お前は朝から何が完璧なんだよ……。」
ピリィのぷるぷる、ゴルドの筋肉宣言――
この世界が沈黙しても、彼らだけは騒がしい。
それが、ユウトにとっては何よりの救いだった。
風は柔らかく、陽射しは穏やか。
――けれど、その静けさは長く続かない。
⸻
昼を過ぎたころ、ユウトの髪を撫でる風が重く変わった。
息をするたびに胸の奥がざわつく。
「……風が苦しんでる。」
『ぷる? 風が……苦しむですか?』
「感じないか? いつもの流れと違う。」
ユウトは目を閉じ、スキル【モンスター思考読取】を発動した。
すると、風の奥からかすかな“声”が響いた。
『……助けて……風が……喰われる……。』
そして、もうひとつの懐かしい思念。
『……ユウト……我は……。』
「ガルダ……?」
あの時、言葉を取り戻したはずの古代の翼。
だが、その心がまた悲鳴を上げていた。
⸻
次の瞬間、空が裂けた。
黒い旋風が村を覆い、草木をなぎ倒す。
風の中心から現れたのは――
翼を鎖で縛られた、風喰らいのガルダ。
その瞳は紅く濁り、翼の動きは痛々しい。
そして、鎖の先に立っていたのは、白銀の髪を風に遊ばせる女。
背に黒羽の紋章を宿し、瞳は氷のように冷たい。
「――沈黙の空を乱す者。見つけたわ。」
竜王の側近、“暴風の巫女ゼフィール”。
⸻
「お前は……竜王の手下か。」
「正確には、風の秩序を護る者。
人の声が風を汚し、世界を乱すのを止める者よ。」
「……風は、誰のものでもない。」
「あなたたち人間の言葉こそ、風を病ませた。
だから私は、風を沈める。沈黙こそ救いなのよ。」
『ぷる!? 風を静めたら、ぷるぷるもできないですぅ!』
『筋肉も動かない! それは地獄だ!!』
「お前ら、例えの方向性おかしい。」
ユウトが剣を握ると、ゼフィールは小さく笑った。
「その力で抗うつもり? 最弱の勇者が。」
風が爆ぜる。
ガルダの翼が開き、村を包むように暴風が巻き起こった。
⸻
地が裂け、砂塵が舞う。
ユウトたちは風の圧に押されて動けなかった。
『ぷるぅぅぅ!? 風が強すぎるですぅぅぅ!!』
『筋肉が空に浮かぶッ!? これは新種の筋トレだ!!』
「バカ言ってないで伏せろ!!」
ユウトは歯を食いしばり、スキルを集中させた。
――風の中から聞こえる、苦しい声。
『……助けて……我は……沈黙に囚われている……。』
「ガルダ……! まだお前の心は消えてない!」
ゼフィールが腕を上げ、鎖をさらに締めつける。
「風は従うもの。抗う風は、断ち切る。」
ユウトは剣を構えたが、腕が震えた。
彼の力では、あの鎖を断てない。
――でも、声なら届く。
⸻
「ガルダ! お前は風を喰らうんじゃない!
お前自身が、風なんだ!」
ピリィが前へ跳ねた。
『ぷる♡ ガルダさんっ! 風さんと仲直りですぅ! 風は、歌うですぅ!』
ピリィの身体がぷるんと輝き、風を反射する。
その光がガルダの翼に触れると、鎖がきしんだ。
ゴルドが拳を地に叩きつけた。
『筋肉の鼓動を、風に伝えろォ!!』
衝撃波が空気を震わせ、ユウトの声が風に乗る。
『……我は……風……
誰のものでもない……。
我は、歌いたい……。』
ガルダの瞳が再び光を取り戻す。
翼が広がり、黒い鎖が自らの意志で弾け飛んだ。
⸻
風が爆ぜ、光が世界を包む。
ガルダが翼を広げ、静かに羽ばたく。
『……ありがとう、勇者よ。
我は再び、風と共に在る。』
ゼフィールの外套が風に揺れ、彼女は瞳を細めた。
「……自らの意志で鎖を断つ? まるで、あの方のようね。」
「“あの方”?」
「竜王よ。あなたのことを“風の乱れ”と呼んでいる。」
「……あの竜王が、俺を“風の乱れ”だと?
あの時は、ただ静かにお茶を飲んでただけなのに……何を考えてるんだ。」
「それを知るのは、風の終わりを見届けた時。
次に吹く風は、沈黙か――歌か。
どちらを選ぶかは、あなた次第。」
ゼフィールはそれだけを言い残し、風に溶けて消えた。
⸻
嵐が過ぎ、空は青く戻った。
ピリィが地面でぐったりと溶ける。
『ぷるぅぅ……がんばりすぎましたぁ……。』
『筋肉も……限界だ……』
「お前ら、本当にありがとう。……助かったよ。」
ユウトは空を見上げた。
ガルダが高く飛び、翼を広げて風を送る。
その声が、最後にユウトの心へ届く。
『勇者よ……竜王は、お前を待っている。
だが忘れるな……風は、誰のためにも吹かぬ。』
風が頬を撫でた。
それは、どこか懐かしい竜王の笑みのようにも感じられた。
「……行こう。風の行く先に、答えがある。」
『ぷる♡ ユウトといっしょに行くですぅ!』
『筋肉も共にあるぞ!』
笑い声が、風に乗って遠くまで届いた。
沈黙に抗う小さな音が、確かに世界を揺らしていた。




