表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/47

「記憶の風、眠る遺跡」前編➖風の記憶が囁く場所➖

沈黙の海を越えた翌朝。

 空は静かに晴れているのに、風だけが落ち着かない。


 ユウトは焚き火の灰を払いながら、何度も空を見上げた。

 昨日から、ずっと気配が変だ。


『……ユウト、さっきからぼーっとしてますよぅ。ぷるっ。』

「うん、なんか……風が騒がしい。」

『風が? いつもどおりじゃねぇか? ぴゅーって。』

「違う。……聞こえるんだ。“何かを探してる音”が。」


 スキルの光が、微かに反応していた。

 風の中に、微弱な思考の波が混じっている――モンスターでもない、けれど確かに“生きている心”。



 ピリィが空を見上げ、ぷるぷると震えた。

『……風が、泣いてますぅ。帰りたいって。』

「帰りたい?」

『“記憶の風”たちですぅ。沈黙の時代に逃げてきて、帰れなくなった風……。』

『おい、風が迷子って、どんな状況だよ。』

『風にもね、おうちがあるんですぅ。“記憶の風の遺跡”っていうんですぅ。』


 ユウトの心に、一筋の違和感が灯った。

「……“記憶の風”か。もしそこに“沈黙”の原因が残ってるなら――行く価値はある。」



 風の流れに導かれるように、彼らは東の渓谷へ向かった。

 空は次第に曇り、音が少しずつ消えていく。

 草の擦れる音も、ピリィのぷるぷるも、やけに小さく感じた。


『ぷる……ここ、イヤな感じしますぅ。風が吸い込まれてるみたいですぅ。』

『まるで、風そのものが飲み込まれてんのか……』

「……沈黙の海より、こっちの方が根が深そうだ。」


 岩壁の間を抜けると、巨大な石碑が立っていた。

 表面には、古代文字が刻まれている。


“ここは記憶の風が眠る場所。

神々の言葉が最初に生まれ、そして最初に忘れられた場所。”


「……間違いない。ここが、“記憶の風の遺跡”だ。」



 中に入ると、風はほとんど動かない。

 かわりに、空気の中に“さざなみ”のような記憶が漂っていた。

 まるで、過去の声が空間に染みついているようだった。


 ユウトのスキルが自動で起動する。

 風の粒が意識の中に溶け込み――“映像”が始まった。



 世界は白い。

 空の上に浮かぶ宮殿、雲の柱。

 そこに女神たちが集まり、祈りを交わしている。


 中央にいたのは――金の髪を持つ女神、リュミエル。

 ユウトがよく知る、あの陽気でおしゃべりな女神そのものだった。


『言葉は風。風は人の心を運ぶもの。

だからね、優しい言葉を風に乗せれば、きっと誰かを笑顔にできるの!』


 女神たちは微笑み合い、リュミエルの周りで光が舞った。

 その光景は、世界に“声”が生まれた瞬間のように美しかった。


 だが――次の瞬間。


『……でもね、リュミエル。

言葉は同時に、人を傷つけることもあるのよ。』


 そう言ったのは、彼女の傍らにいた青髪の女神だった。

 リュミエルは少し首をかしげて笑う。


『大丈夫! だって、みんな優しいもん!』


 その明るい声の裏で、風が一瞬だけ震えた。

 空気が冷たくなり、リュミエルの背後に黒い影が浮かぶ。


『……でも……もし……みんな優しくなくなったら?』


 その声は――彼女自身の声だった。

 しかし、彼女はそれを聞いていない。



 ユウトは息を呑んだ。

 スキルの中で、風がざわめく。


『……風は見た。

女神が初めて“恐れ”という風を生んだ瞬間を。』


 ピリィが心配そうに見上げる。

『ユウト? 顔が真っ白ですぅ! なに見えたんですか!?』

「……リュミエルが……“影”を生んだ瞬間だ。

 でも……本人は、気づいてなかった。」



 さらに遺跡の奥へ進む。

 天井の穴から、風がわずかに吹き込んでいる。

 壁には古代の詩が刻まれていた。


“風は言葉を運び、言葉は祈りを生む。

だが恐れを知った風は、言葉を沈めた。

神はその風を見ず、自らの光に笑った。”


「……これ、まるでリュミエルのことを……」

『ぷる……でも、リュミエルさまは優しいですよぅ。そんなことするわけないですぅ。』

「そうだ。だからこそだ。……自分で気づいてない。」


 ユウトは、風の一つを掌に感じた。

 冷たい。それなのに、どこか泣いているようだった。


『……わたしたちは、彼女の中から生まれた風。

忘れられた言葉の欠片。

でも、まだ帰りたい。あの光の中へ……』


「帰りたい……のか。」



 そのとき、遺跡の奥が震えた。

 光が消え、風が逆流する。

 黒い靄が、壁の裂け目から流れ出すように広がった。


『ぷるっ!? な、なんですかこれぇぇ!?』

『おい、空気が……吸い取られてやがる……!』


 ユウトの耳に、低い声が響いた。


『……聞いたな、勇者。

風の記憶を覗いた罰だ。』


 靄の中に、ぼんやりと“影の人影”が立っていた。

 形は定まらず、声だけが残響のように響く。


『……リュミエルは知らない。

だから、あの笑顔を消すな。

彼女に真実を告げれば――光は壊れる。』


「……お前は、誰だ。」


『わたしは風の記憶の残滓。

彼女の“恐れ”が生んだ断片。

……お前がそれを知ったこと、それ自体が世界の歪みだ。』


 影がゆらりと近づく。

 ピリィが悲鳴を上げ、ゴルドが前に立った。


『ユウト! 下がれ! こいつ、ただの幻じゃねぇ!』

「わかってる!」


 ユウトのスキルが発動する。

 風の思考が奔流のように流れ込み、黒い影の感情が暴露された。


『――恐い。光が、まぶしい。

消したい。全部、沈めたい。

でも……それでも、あの声が……好きだった……。』


「……お前……!」


 その言葉に、ユウトの胸が熱くなる。

 “恐れ”の中に、確かに“愛”があった。

 それはリュミエルの心の欠片に違いない。



 影が崩れ落ち、風に溶けて消えた。

 残ったのは、静かな風の音だけ。


 ユウトは膝をつき、肩で息をした。

『ユウトぉぉぉ! ぷるぷるしないでぇぇ!』

「大丈夫……少し、見すぎただけだ。」

『おい、今の……あれが“言葉を奪う者”の一部なのか?』

「ああ……リュミエルの中にある、恐れの記憶の“抜け殻”だ。

 たぶん、あれがまだ残ってる限り……世界はまた沈黙する。」


 ユウトは空を見上げた。

 風が頬を撫で、優しい声が聞こえた気がした。


『勇者さまー! 今日もちゃんと食べてますかー? 野菜もですよー?♡』


 あの明るいリュミエルの声。

 何も知らず、笑っている。


 ユウトは拳を握りしめた。

「……笑ってていい。

 けど、いつか――俺が全部、風に返してやる。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ