「風を渡る言葉、石碑に眠る記憶」
風の精霊シルヴァを救ってから一夜が明けた。
森には再び風が流れ、木々がざわめいていた。
『ぷる♡ 森の風って、歌ってるみたいですぅ♡』
「ほんとだな。昨日までの静けさが嘘みたいだ。」
『風があるってだけで、世界が動いてる感じがするな。』
ユウトはふと、風の音に耳を澄ませた。
その流れの中に、微かに“声”が混じっていた。
『……たすけて……』
「……今、聞こえたか?」
『え? 風の音ですぅ?』
「いや……誰かが呼んでた。」
風の中の声――それは、ただの残響ではなかった。
精霊の気配に似ているが、どこか違う。
もっと“人間的”な、祈るような声。
⸻
風の導きに従い、三人は東へと進んだ。
やがて、小さな村が現れる。
朽ちた木柵、崩れた家々。だが人影はあった。
ただ――その人々は、声を発していなかった。
市場のような広場に立つ老人が、口を動かして何かを伝えようとしていた。
けれど音は出ない。
子どもが泣いているのに、涙の音すら聞こえない。
「……まさか、声が……」
『ぷる……音が、消えてます……』
『村全体が……黙ってる?』
ユウトは近づいて、ゆっくりと話しかけた。
「俺たちは旅の者です。何があったんですか?」
老人は口を開き、何かを必死に語ろうとする。
だが、声が出ない。
代わりに、震える手が空を指した。
その瞬間、ユウトの頬を冷たい風が撫でた。
……いや、“風”ではない。
“風の形をした何か”が、彼らの声をさらっていくようだった。
『ぷる……風が泣いてます……怖がってますぅ……』
「……言葉を奪う者、まだこの村にいるのか。」
⸻
村の外れに立つ教会のような古い建物。
扉は風に削られ、内部には一本の石碑が立っていた。
そこには古代文字が刻まれている。
『なんて書いてあるんだ?』
「“ここに、声なき勇者眠る”……」
ユウトの胸がざわめく。
風がその言葉を撫でるように吹いた。
『……だれか……きいて……』
「まただ……!」
『……私は……この村を……守れなかった……』
風の中に、確かな“心の声”があった。
それは人間――だが、死後に風と混ざり合った“残響”。
「お前は……かつての勇者か。」
『……ああ……私も……お前と同じ……声を聞く者だった……
けれど、やつに出会い……すべてを失った……』
『やつ? “言葉を奪う者”のことですか?』
『……あれは……姿を持たぬ闇……
言葉を奪い……記憶を凍らせ……
そして最後に……“風”を喰らう……』
石碑がかすかに震えた。
風が渦を巻き、過去の光景を映し出す。
――戦場。
黒い霧の中で、剣を構える勇者。
その唇は動いているが、音は出ない。
仲間の叫びも、風の音も消え、
ただ“沈黙”だけが世界を覆っていた。
⸻
「……戦って、負けたのか。」
『……ああ……私は声を失い、風と同化した……
でも、願いだけは……残った……
“次に来る者が、心で風を聴くように”……』
ユウトの胸に、何かが熱く広がる。
「……届いてる。ちゃんと届いてるよ。」
『……ならば……託す……
“風の記憶”を……
それが……やつの居場所を示す……』
風が強く吹き抜けた。
光の粒がユウトの胸の中へと吸い込まれる。
彼のスキルに反応し、頭の奥で“映像”が流れた。
黒い影が、世界の地図を覆うように滲んでいく。
その中心――巨大な裂け目。
そこから、“声のない叫び”が溢れていた。
『……なんだ、今の……!』
「“言葉を奪う者”の巣だ……」
風が静まり、石碑は粉のように崩れた。
最後に微かな声が響く。
『……心を閉ざすな……
声は……消えても……想いは残る……』
⸻
村の人々は、依然として声を失っていた。
けれど、ユウトたちが出ていく時――
小さな子どもが、空に向かって息を吹いた。
声にならないその仕草に、
ユウトは確かに“風の音”を聞いた。
『ぷる♡ 聞こえましたぁ……子どもさんの風……!』
「うん。きっと、言葉は戻る。風がまた流れれば。」
『なあユウト、さっきの勇者のこと……』
「……自分と似てた。弱かったけど、心で世界を見てた。」
『でも、あんたは負けねぇ。だろ?』
「さぁな。でも……もう、“誰の声も見捨てない”。」
⸻
夜。
野営の焚き火に、風がそっと流れた。
その風は、まるで新しい命を運ぶように温かかった。
『……風の記憶、受け取った者よ……
その先に待つは、“声の墓場”……
言葉を奪う者の心臓なり……』
「……“声の墓場”か。」
『ぷる……怖い響きですぅ……』
『だが、そこに行かなきゃ何も終わらねぇ。』
ユウトは風に手を伸ばす。
「……心が届くなら、沈黙は敵じゃない。
沈黙の中にも、想いは生きてる。」
風が頷くように吹いた。




