1話 裏口から始まる恋の攻略
翔太は教室の片隅、いわゆる“空気ゾーン”の席に座っていた。
周囲の美男美女たちがにこやかに天城と会話している。昼休み、ヒロインたちのテンプレートのような笑い声が飛び交っていた。
翔太は深く腰をかけ、腕を組んで虚空を睨んだ。
(……まず落ち着け。状況を整理する)
自分は死んだ。
そして目覚めたら、美少女にフラれるシーンから始まって、ギャルゲーの世界にいた。
それは、ただの夢なんかじゃない。
目の前の景色、聞こえてくる声、風の温度、机の木目のざらつき──
どれも異様なまでに“リアル”だった。
(いや、そもそも俺、死んだっけ? 死んだ……よな。机の角に頭ぶつけて、ゲーム機倒して、ああ、うん、死んだな。たぶん)
翔太は肩をすくめ、周囲をゆっくりと見渡す。
まるでギャルゲーのタイトル画面のような整然とした教室。
女子は全員ミスコン上位のルックス、男子は全員イケメンスタイル。
──あまつさえ、あの完璧主人公オーラを放つイケメン「天城 真」までいる。
(ここ、完全に“どきメモ”のベース世界じゃねーか……!)
翔太は内心、ゾッとした。
この空気、この構成、このキャラ配置……
何百時間も費やしてきたプレイ感覚が、否応なしに彼の脳内で警鐘を鳴らす。
(マジで、ゲームの世界に来たんだな、これ……)
机の上にはなぜか、ゲーム的な数値が書かれた時間割がある。
「掃除当番:体力 +5」「図書室整理:知性 +3」「購買パン争奪戦:運 +2」など。
(やばい。クッソ懐かしい……。でも同時に、こっわ)
翔太はそっと手を挙げて、机を指でなぞってみる。
指先に感じる木の感触、リアルな埃、そして少し湿気たような教室の空気。
この世界は、間違いなく「ゲームの皮をかぶった現実」だった。
(つまり、これは……リアルなギャルゲー。俺はモブ。でも、世界の仕組みは知ってる)
──知っている。
誰がいつどこに出現して、どの選択肢を選べば好感度が上がるか。
どの行動でフラグが折れるか。
そして、天城 真がどのルートでどのヒロインを落としていくのか。
翔太は唇をつり上げた。
(だったら──俺にも、ワンチャンあるんじゃね?)
クズな考えが脳裏をよぎる。
この世界の住人は、自分以外ゲームであることに気づいていない。
自分だけが“攻略方法”を知っていて、彼らは真面目に、真っ直ぐに、恋愛をしようとしている。
だが翔太は違った。
「バグを突くのが俺の美学だ」
かつてゲームで“全員同時攻略バグ”を見つけ出し、5周分のイベントを1周で踏んだ男。
そう──モテる気はない。
けど、攻略したい。
モブだって、ハーレムを築きたい。
そして今、翔太の頭に真っ先に浮かんだのは──
(白河由梨香。風紀委員で図書室ルート担当。超堅物だけど、実は裏設定で──隠れ乙女ゲーマー)
月曜日、昼休み。
翔太は席を立った。
天城の隣にはすでに3人ほどのヒロインがぴったりと張りついている。
普通なら「攻略主人公の横に近づく」なんて自殺行為だが、翔太は違った。
(ルートは裏口から入るもんだろ?)
目指すは、図書室。
放課後、水曜日、委員会イベント。
そこが、白河ルートの“初期フラグ出現タイミング”だった。
放課後の図書室。
木の扉を静かに開けると、室内には淡い夕日と紙のにおいが広がっていた。
静かだった。
だが、その奥にいた。
「……あれ?」
本棚の間から現れたのは、冷たい印象の少女。
白い肌にきっちりまとめられた制服、整った前髪、細身の眼鏡。
白河由梨香──この世界で最も“真面目”なヒロイン。
彼女は怪訝な顔をして翔太を見た。
「ここ、関係者以外立ち入り禁止だけど?」
「返却に来ただけ」
翔太は適当なノートを取り出し、手渡した。
実際にはただの理科の自由帳。それも未使用。だが──
「これ……“エターナル・リリィ”?」
彼女の表情が一瞬で変わった。
エターナル・リリィ。乙女ゲーム界で一世を風靡した名作。
翔太がダミーカバーに使っていたのは、その設定資料集だった。
「知ってるんだ」
「知ってる、わけじゃ……」
由梨香の頬がわずかに赤らむ。
(よし、確定だ)
この反応。
これは、攻略ルートに“乗った”証拠。
翔太は微笑んだ。
「よかったら、貸すけど」
「……別に、興味はない」
そう言いながら、彼女はそっとそれを受け取った。
その瞬間、翔太の視界に薄く浮かぶウィンドウ。
《白河由梨香:好感度 +5》
《新イベント「秘密の共通点」開放》
内心、ガッツポーズを取る翔太。
(これが……現実のギャルゲーか……!)
そしてこの時、彼は心に決めた。
絶対に、ハーレムを築く。
それがモブの、ささやかな逆襲だった。
翔太は由梨香の図書室ルートを開きつつも、クラスの明るい太陽、久保田紗英にも目を向けていた。
紗英は陸上部のエースで、誰にでも気さくに話しかける体育会系。
(彼女は“陸上部の練習後”とか、“お弁当時間のランチルート”が好感度爆上げポイントだな)
「ふふ、ここで“さりげなく手伝い”を入れれば、好感度+10か」
放課後の校庭。
紗英が疲れた様子でダウンしているのを見つけた翔太は、迷わず駆け寄る。
「お疲れ、何か手伝おうか?」
紗英は一瞬驚いたが、すぐに明るい笑顔で答えた。
「助かるよ、翔太くん!ありがとう!」
翔太はにやりと笑いながら、紗英の隣に腰を下ろした。
空にはまだほんのり夕焼けの色が残り、陸上部の練習後の疲れた空気を優しく包み込んでいる。
「どうせなら、筋トレも付き合うよ」
と軽口を叩きながら、彼はスマホの画面をチラリと覗いた。
(よし、次は“自主練習に付き合う”イベントか……うまく立ち回れば、好感度が一気に跳ね上がる!)
紗英は少し照れくさそうに目を伏せながらも、
「本当に? じゃあお願いしようかな」と笑った。
その瞬間、翔太の頭の中で仮想ウィンドウがぱっと開く。
《久保田紗英:好感度 +10》
《新イベント「夕暮れの秘密トレーニング」解放》
「お、来た!」と心の中でガッツポーズ。
翔太はその後、筋トレの真似事をしながら、あえて適当にふざけてみせたり、紗英の話を聞き流すふりをしつつも、
彼女の話す部活の悩みや夢にちょっとだけ耳を傾けた。
(まあ、全部“ハッタリ”なんだけどな)
その夜、家に帰った翔太はスマホでゲーム世界の攻略サイトをチェックしながら、ニヤニヤと呟いた。
「よし、由梨香も紗英も、ルートの入り口は完璧だ。次はすみれか……!」
彼の“モブクズハーレム構築計画”は、ますます加速していくのだった。