プロローグ
翔太はいつものように、散らかった自室の布団の上に寝転がり、スマホを片手にどきメモの攻略サイトを見ていた。机の下にはゲーム機がいくつも転がり、壁際には積み上げられた攻略本の山が崩れそうに積もっている。半開きのペットボトルや空のスナック袋が散乱し、照明は薄暗く、部屋全体に疲れ切った生活の匂いが漂っていた。
「……あとちょっとだけ、もう少しだけ……」
彼はまぶたをこすりながら呟いた。連日連夜の徹夜続きで、目はかすみ、視界はぼやけていく。スマホの画面に映る最新のイベント情報を何度も確認し、攻略ルートを頭に叩き込もうとしていた。
しかし、体は限界だった。
だらりと垂れた右足が、無意識のうちに机の下のコンセントコードに絡まり、ぎこちなく踏み外してしまう。コードが引き抜かれた瞬間、パソコンとゲーム機の電源が同時に落ち、静寂が部屋を包んだ。
「しまった!」
驚いた翔太は慌てて起き上がろうとしたが、意識は朦朧としていた。体のバランスを崩し、そのまま床に倒れ込む。頭が机の角に強くぶつかり、鈍い痛みが走った。
「ああ……」
痛みに顔をしかめ、薄れていく意識の中、彼は朧げに家族の顔を思い浮かべた。普段はろくに会話もしない家族だったが、どこか温かいその存在が心に浮かぶ。
「ごめんなさい……」
かすれた声でそう呟くと、まぶたが重くなり、視界はゆっくりと暗転していった。最後に耳に届いたのは、自室の静けさと遠くで鳴る時計の針の音だけだった。
篠崎翔太は薄暗い教室の片隅で、冷たい木製の床に頬を押し付けながら、ぼんやりと目を開けた。静寂の中、微かに蛍光灯のチカチカとした光が天井を照らし、カーテンの隙間からは午後の柔らかな陽光が差し込んでいる。埃の混じった空気がゆっくりと漂い、古びた教室特有の静けさが支配していた。
彼の視界の端には、整然と並んだ机と椅子があり、壁には所々に色褪せたポスターが貼られている。黒板には白いチョークで細かく書かれたスケジュールや数字が見え、その文字がわずかに揺れているように見えた。教室の隅には、観葉植物の鉢が置かれ、かすかに枯れた葉が揺れていた。
そんな中、彼のすぐ隣には一人の少女が立っていた。透き通るような白い肌、肩までの栗色の髪。潤んだ瞳は彼をじっと見つめていたが、その目には深い謝罪の色が浮かんでいる。彼女は口を開き、小さく震える声で言った。
「……ごめんなさい」
その言葉が静かな教室に静かに響き、翔太の心に重く沈み込んだ。戸惑いながらも彼は問いかける。
「ごめんなさいって……誰に?」
少女は目を逸らし、答えなかった。教室を見渡すと、周囲には彼の想像を超える美少女や美少年たちが並び、まるで絵に描いたようなギャルゲー世界の住人たちだった。彼らの笑い声やささやきが遠くでこだましているが、翔太にはそれが現実味を持って届かなかった。
彼の視線は黒板に戻り、そこに書かれたイベント予定やパラメータの一覧が鮮明に目に映った。これは紛れもなく、彼が知り尽くしていたゲームの世界の「攻略要素」だった。
「……これは、どきメモの世界か……」
そして彼は次第に悟った。ここでの自分は、背景のモブキャラ、物語の添え物にすぎないのだと。声もセリフもない、影の存在。
「こんなモブが、どうやって生き残ればいいんだ……」
絶望とわずかな決意が胸に芽生えた。
彼の異世界での戦いは、まだ始まったばかり。