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第四十章 新たな都

 宮廷内は騒然としていた。このところ立て続けに官僚が急死しているので、不審に思った官僚や軍事貴族がざわついているのだ。次に狙われるのは自分ではないかと恐れている者もいる。

 そんな中、マルムスは仕事の話を装ってある官僚に話しかけた。

「先日の件でお話があるのですが、少々よろしいですか?」

 突然の声かけに官僚は身を震わせてから返す。

「どのような話か、少しここで聞かせていただいてもいいですか?」

 明らかに警戒したようすの官僚に、マルムスは周囲を伺ってから小声でこう話す。

「もちろん、ここでお話ししてもかまいません。これは内密にして欲しいのですが、昨日、陛下から伝令が来ましたよね? その時に、陛下から直々に受け取った伝言があります」

「陛下から?」

 今は遠征に行っていてこの場にいない皇帝がなんの用なのか。それは疑問なようだけれども、皇帝からの伝言となれば聞かないわけにはいかないと判断したのだろう。官僚は大人しくマルムスの言葉に耳を傾ける。

 マルムスは官僚を壁際に寄せ、行き交う女官たちの耳に入らないよう小声で話す。

「後宮に不届き者が押し入った件について、皇母様から陛下へとお話が行きました。

 その際に、あなたが不届き者の首謀者を見つけ出した功績も伝わったようです。

 それを陛下はおよろこびになったようで、あなたの慧眼を見込み、内密に建設を進めている新しい都の統括をあなたに任せたいと」

 その言葉に官僚は目を泳がせる。周囲にこの話を聞いている者がいないかどうかを見ているようだ。

「しかし、私の協力者が相次いで不審死しているのだが、それについてどう思われる」

 官僚の言葉にマルムスは薄く笑って返す。

「不審死した功労者のことを、陛下はかねてより疑っておりました。いざというとき、足を引っ張るのではないかと。

 案の定、どこからか都の話を聞いたあの者たちは私たちに接触し、その権利を奪おうと動いたのです。それは、あなたも知らなかったでしょう? 抜け駆けしようとしていたのです。なので、陛下の意に沿わない者に都を渡すわけにはいかないと、こちらで処分させていただきました」

 淡々と話すマルムスの言葉に、官僚は口元に引きつった笑みを浮かべる。

「その話はどこまで信用していいんだ?」

 やはり疑っている。なので、マルムスは胸元から巻物を出して官僚に見せる。

「こちらが、陛下から預かっている委任状です。今渡したいところですが、念のため、あなたに建設中の都を見ていただいてから渡したいです」

 巻物を少しほどいて中身をちらりと開くと、官僚の顔つきが変わった。どうやらようやくマルムスの話を信じたようだ。

「では、その都を見せていただこうか」

 態度を柔らかくした官僚に、マルムスもにこりと笑う。

「かしこまりました。それでは今夜、丘の上の教会へ来てください。

 なにせ内密に建設している都ですから、夜間に灯を点して建設作業をしています。夜の間でないと、その姿が見えないのですよ」

「なんとも奇妙な話だな」

「私もそう思います。

 とりあえず、今夜、ドラコーネーを使いにやりますので、彼女の案内に従ってください。私も身を隠しながら教会へ向かいます」

 そこまで話して、マルムスと官僚は周囲を伺い、なにごともなかったようにその場を離れた。


 そして夜。丘の上の教会でマルムスが待っていると、松明の明かりが近づいてきた。灯りが近づくと、人がふたりいるのが見える。官僚と、官僚を先導しているドラコーネーだ。

「ようこそおいでくださいました」

 松明を持ったマルムスが一礼すると、官僚は気が急いたように口を開く。

「約束通り来たぞ。それで、都というのはどこにあるんだ」

 その言葉に、マルムスは南側を指さす。じっと目をこらすと、遙か向こうにいくつもの光が点っているのが見えた。

「見えますか、あの光が。

 あそこが、陛下があなたに任せたいとおっしゃっている都です」

「なるほど、夜なのにこれだけ活気があるとなれば、余程大きな都なのだろうな」

「そうです。大きな都ですよ」

 マルムスは官僚とそのやりとりをしてからこう訊ねる。

「いかがですか? あの都は」

 その問いに、官僚は上機嫌で答える。

「あれだけ大きな都を任されるとなって、断る道理はないだろう。受けさせていただくと陛下にお伝えいただきたい」

 マルムスはにこりと笑って一礼し、光が見える方へと歩いて行く。

「では、もっと都に近寄ってご覧になっていただきましょう。都は、城壁の向こうにあります」

 教会のある丘を下るマルムスに官僚がついて行く。そして城壁の門をくぐり、海辺へと出た。

 城壁の門が閉じる。その音におどろいた官僚が、慌ててマルムスに問いかける。

「待て! お前、なにか企んではいないか?」

 その言葉にマルムスはとぼけた顔をする。

「どうでしょうね。

 なんにせよ、うかつなことはしない方がいいです。ここには兵を連れてきていますから」

 光を遠くに抱えた海を背にして、マルムスが言う。慌てて周囲を見渡した官僚が、嘲るように笑ってこう言った。

「なんだ、ここにはお前以外に誰もいないじゃないか。謀るにしても詰めが甘かったな」

 服の下に隠していた剣を官僚が構える。しかしマルムスは動じずにこう返す。

「そう、あなたには見えないのですね。

 あの日、後宮に押し入った不届き者たちからゾエ様を守り抜いた、勇敢なラケダイモンの姿が!」

 官僚がおどろいたように振り向く。そこには、服の裾を翻し、剣を抜いたドラコーネーの姿があった。

 一瞬のことだった。官僚が振り向いた次の瞬間には、ドラコーネーが構えた剣が、官僚の胸を貫いていた。

 ドラコーネーが剣を抜く。それと同時に官僚はその場に倒れ込んだ。

 まだうめいている官僚の腕を引きずり、マルムスが波打ち際へと向かう。

「では、都に向かってもらいましょうか」

 波の音が周囲に響く。マルムスの足下と官僚の身体を波が濡らす。陸に残ろうと砂をつかむ官僚にマルムスが語りかける。

「さあ、なぜためらっているのですか。

 立ちなさい。その御名を呼んでバプテスマを受け、自分の罪を洗い流しなさい」

 洗い流すように波が官僚の身体を覆い隠す。その浮力に任せて、マルムスは官僚の身体を波に流しこうつぶやいた。

「波の下にも都はありますよ」


 一仕事終えたマルムスは、ドラコーネーと共に城壁の中へ戻り宮廷へと向かっていた。

 その道中、申し訳なさそうにドラコーネーに言う。

「すいません、またあなたの服を血で汚してしまって……」

 後宮に仕える女官の服が、こう立て続けに血で汚れで良いものかとマルムスが困った顔をしていると、ドラコーネーはくすくすと笑って返す。

「こんなもの、乾く前に洗えば落ちますもの」

「そうですか?」

「そうです。ただ、この前の切られた服は直すのに難儀しましたね」

「それはそう」

 服を汚してしまっただけでなく、自分たちの謀に巻き込んでしまったことも申し訳ない。けれども、ドラコーネーはそのことを気にしていないようだ。

「これで全員ですか?」

 ドラコーネーの突然の問いに、マルムスは苦笑いをして返す。

「そうですね。残りは力関係を見てどこにつくか決める日和見の者たちなので」

 皇母に言ったとおり、ゾエの暗殺を企てた一団の首謀者を処分し終えた。とりあえずは一安心だ。あとはこの後、皇母がどう出るかだなとマルムスが考えていると、歌声が聞こえた。

「シナゴーグの鐘の音、諸行無常の響きあり。

 恋なすびの花の色、盛者必衰の理をあらわす……」

 ドラコーネーが上機嫌で歌っている。その歌声に、マルムスはしみじみとする。

 今回処分した者たちは、以前から皇帝の意に反することを企てている者たちだった。それらがいなくなった今、遠征に赴いている皇帝の凱旋を心置きなく待つことができる。

 宮廷に向かう足取りが軽い。空に輝いている星々が、やけにきれいに見える。

 ふと、持っている松明で隣を歩くドラコーネーの姿を照らす。手元を赤く染めているドラコーネーを見て、今回の働きは皇帝に報告しないといけないなとマルムスは思う。

 きっと皇帝も、勇敢なラケダイモンの活躍をよろこぶだろう。

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