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第三十三話 企みの晩餐

「最近ようすがおかしいですね」

 ある日の夕食時、マルムスはサラディンとアスケノスを部屋に呼んで、三人で食事をしていた。そんななか発せられたマルムスのつぶやきにアスケノスが頷く。

「そうですね。最近どうにも軍事貴族や官僚の動きが不審です」

 真面目な表情でそう言うアスケノスに、サラディンが訊ねる。

「具体的にどう不審なんだ?

 俺の心当たりと違ったら話が食い違いそうだから、詳しく聞かせて欲しい」

 その言葉にはっとしたマルムスとアスケノスが目配せをしてから、まずはマルムスが事情を説明する。

「私が言っているのは、最近軍事貴族や官僚が私に馴れ馴れしくしてきていてようすがおかしいと思ったことです。

 今までにこういったことがなかったわけではないのですが、それに輪をかけて」

 マルムスの言葉を聞いてから、アスケノスがまた頷いて言葉を続ける。

「僕も似たような感じです。

 僕は今までそういったことがなかったので、なんというか……急に狙われて……というんでしょうか……おどろいています」

 今までの奇行のおかげか、賄賂や汚職とは縁遠かったはずのアスケノスにも軍事貴族や官僚がつきまとっていると聞いて、サラディンは驚きを隠せないようだ。

「マルムスはプライポシトスだから厄介なのが寄ってきても不思議はないけど、アスケノスにも? アスケノスをその辺の軍事貴族や官僚が抱え込んでも上手く使えるとは思えないんだがな」

 苦々しくそういうサラディンに、マルムスはワインをひとくち飲んでから訊ねる。

「サラディンの回りはどうですか?」

 その問いに、サラディンは両手をひらひらと振って返す。

「俺はつきまとわれたりはしてないけど、その代わり、最近こそこそしてる軍事貴族や官僚をよく見かけるよ。それと」

「それと?」

「俺の同僚が頻繁に官僚と食事会をしてる。

 もしかしたら俺を抱え込むより周りのやつを抱え込んだ方が手っ取り早いと思ったのかもな」

 サラディンの言葉にマルムスは思わず頭を抱える。官僚たちの目的がなにかはまだわからないけれど、サラディンの同僚はすでに官僚たちに取り込まれている。そう察したのだ。

 杯をゆらしながらアスケノスが眉を寄せてつぶやく。

「いったいなにを企んでるんでしょうか」

 それを聞いたマルムスは、官僚とのやりとりをはたと思い出す。

「そういえば、陛下の動向をやたらと訊かれますね。伝令からの報告を素直に教えると厄介なことになると思って、神の摂理の元にある。としか答えていなかったのですが……」

 悩ましげに眉間を抑えるマルムスに、サラディンが言葉を投げかける。

「たぶん、その対応で正解だ。

 きっとあいつらは、陛下が都を開けている間になにかことを起こすつもりだろう」

 ことを起こすというのは具体的にどんなことなのか。少なくとも皇帝の不利益になることだということだけは謀に疎いマルムスにも想像はついた。しかし、どう対応すればいいのかの最適解がわからない。

 マルムスが悩んでいると、アスケノスが毅然とした声でサラディンに訊ねる。

「あやしい動きをしている軍事貴族や官僚のことを探れますか?」

「俺が? まあ、俺はターゲットにされてないっぽいから、やれるだけやってみるよ」

 なるほど、こうやって相手の動向を見るのか。と納得したマルムスは、それならばとアスケノスに言う。

「私も相手方の動向を探りましょうか?」

「あ、マルムスは絶対に口を滑らせると思うんでやらなくていいです」

「はい」

 アスケノスの容赦無いひとことにぐうの音も出ない。マルムスとしては口が堅い方だと思っているのだけれども、いざというとき、動揺したときに余計なことを口走ってしまうそそっかしさがあるのも自覚しているのだ。

 とりあえず、軍事貴族と官僚たちの動向を探るのはサラディンに一任することとして、三人は残りの夕食に口をつけた。


 そして数日後、マルムスはいつものようにサラディンとアスケノスを夕食に誘う。もしかしたらこの動きをあやしいと見ている官僚もいるかもしれないけれど、少なくとも今のところ探りを入れられてはいない。以前より三人で食事をすることがままあったので、ごまかせていると信じたいところだ。

 マリヤとドラコーネーが夕食の配膳をして完全に立ち去ったあと、サラディンが杯を軽く上げてこう言った。

「あいつら、尻尾を出したぞ」

 マルムスとアスケノスの視線がサラディンに集中する。ふたりの視線を受けながら、サラディンが言葉を続ける。

「どうやら企みごとをするのに密会をするそうだ。密会の内容まではさすがにまだわからないが、お前たちの耳に入れないようにしているのであれば、陛下にたてつくようなことだろうな」

 それを聞いたアスケノスは、考えを巡らせるためか黙々と麦粥を食べている。一方のマルムスは、素朴にこう訊ねる。

「あなたがその密会に忍び込むことはできますか?」

「それは無理だろ。俺はそこまで信用されてない」

 肩をすくめるサラディンに、麦粥を飲み込んだアスケノスが訊ねる。

「じゃあ、密会がどこで行われるかはわかりますか?」

 その問いに、サラディンは豆のスープをひとくち飲んでから答える。

「ある軍事貴族の屋敷だ。時は夜。詳しい場所は知りたければあとで地図を書くよ」

「お願いします」

 サラディンとやりとりをしながら手際よく食事を進めているアスケノスにマルムスが訊く。

「もしかして、アスケノスが忍び込むつもりですか?」

 その問いにアスケノスは口を曲げて返す。

「そうしたいのはやまやまですが、僕が忍び込んだ場合、誤魔化すのが難しいです。サラディンだとなおさらでしょう」

「なるほど?」

「でも、マルムスなら見つかっても皇帝の代弁者という立場を利用して誤魔化せます。

 なので、忍び込むならマルムスに行ってもらうことになります」

 アスケノスの言葉に、正直言えばマルムスは動揺した。今までそのような隠密行動をしたことがないからだ。

 戸惑いは消えない。けれども、ここで尻込みしていては、プライポシトス、皇帝の代弁者として宮廷と都を守ることができない。

 だから、マルムスはこう答えた。

「わかりました。手はずを整えるのは手伝ってくれますよね?」

 思ったよりも声が震えている。それを誤魔化すようにスープに口をつけると、アスケノスがいつも通りの朗らかな笑顔でこう言う。

「もちろん手伝いますとも。

 とりあえず今は、ごはんを食べましょう」

 そこでようやくマルムスは落ち着くことができた。これから行動を起こすためには、今目の前にある食事を食べきるところからはじめなくてはいけないのだ。気がつけば、スープも麦粥も冷め切っている。つい長々と話をしていたようだった。

「そうそう、手はずを整えるのにすこし身体に負担のかかる薬を使うことになりますが、いいですか?」

 いいですか? と言いつつも有無を言わせないアスケノスの言葉にマルムスは澄ました顔で返す。

「あなたのことです、負担はかかっても死にはしない薬でしょう。いいですよ」

「やったぁ! あらかじめ実験済みだから安心していいですよ!」

 また軍医の心労を増やしていたんだな。とマルムスが思わず苦笑いしていると、誰かがドアを叩く。ドアに三人の視線が集まる。

 まさか、今までの話を誰かに聞かれていたのだろうか。そんな緊張が走る中、ドアの外から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「食器を下げに来ました。まだお食事中でしたか?」

 ドラコーネーだ。彼女の言葉に、アスケノスが緊迫した表情で訊ねる。

「僕たちの話を、聞いていましたか?」

 その問いに、ドラコーネーはドア越しに答える。

「お話というのは何のことでしょう?

 どんなお話であれ、男のやることに口は出しません」

 お手本のようなドラコーネーの返答に三人は目配せをする。おそらく、ドラコーネーは多少なりとも話を聞いていただろう。そう判断した。

 アスケノスが努めて明るい声で言う。

「ドラコーネー、あなたがいるから、医務室は回っているんですからね」

 それはアスケノスなりの牽制なのだろう。それに対してドラコーネーの答えはこうだ。

「心得ております」

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