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第三十章 街の再建

 聖木曜日の翌日。モリスコとコンベルソとの約束の件についてサラディンと相談しようとしたマルムスは、サラディンがいる仕事部屋に行くなり沈鬱な雰囲気で満ちていることに気がついた。サラディンの傍らにはなぜかアスケノスもいて、やはり沈鬱な表情をしている。

「あの……どうしたんです……?」

 マルムスがおずおずと訊ねると、サラディンが髪をかきむしりながら返す。

「どうしたもこうしたもあるか!

 昨日の暴動でかなりの数の民家が破壊されていて、その修理費の補助のことで揉めてるんだよ!」

「あ、あー……」

 今宮廷に皇帝がいれば皇帝の一存で良いように計らえたのだろうけれども、折り悪く皇帝は遠征中。元老院や官僚の顔色をうかがいながら民衆に補助金を出すとなると、予算の確保が難しいのは想像に難くない。

「それで、マルムスの意見も聞かなきゃいけないってなったところだったから、来てくれて助かった」

「はぁ……」

 どんな意見を言うにしろ、どんな判断を下すにしろ、とりあえず今出ている意見を聞かないとどうしようもない。

「今のところ、どのような案が出ているのですか?」

 マルムスの問いにサラディンが答える。

「俺たちとしては、なるべく一度にかかる工事の工賃を安くしたい。そうなると、少しずつ再建していく方が財政的に無理がないって言ったんだけどさ……」

 苦虫をかみつぶしたようなサラディンの言葉に、アスケノスがつかみかかるような勢いで反論する。

「そんな悠長なことを言っている場合ではありません!

 一刻も早く街を再建しないと、民衆の健康に影響が出ます。下手すればコレラやチフスの伝染病が流行るかもしれないんですよ?」

「そんなこと言われても、一気に全部再建したら高くつくだろ?

 予算確保はどうするんだ!」

「そこはマルムスがなんとかするんですよ!

 いいから早く再建する建築家を集めてください!」

 突然話を振られたな。と思いながら、マルムスはアスケノスとサラディンの言い合いを聞く。ふたりとも頭に血が上っていてこのままでは殴り合いになりそうだ。

「とりあえず、私の意見をいいですか?」

 片手を上げて視線を集め、マルムスが口を開く。

「予算の確保は、妥当性があれば通せるでしょう。というより、通します。

 その妥当性についてなのですが、再建のための費用だけでなく、どのように再建計画を進めるとどのような影響が出るか。ということも考慮に入れて考えて欲しいです」

 その言葉にサラディンがはっとした顔をする。

「な、なるほど? たしかに、民衆の家が壊れたままだと経済活動も滞るし……」

「疫病が流行ったらなおのこと滞りますよ」

 とどめを刺すようなアスケノスの言葉に、サラディンは他の同僚と目配せをする。

「これから低予算でゆっくり再建した場合と、予算をかけても早く再建した場合で経済効果を試算してみる。

 アスケノスも話を聞かせてくれるな?」

 なんとか冷静になったサラディンの言葉に、アスケノスもようやく落ち着いた様子で頷く。

 そして試算した結果、予算がかかっても早く再建した方がいいという結果になった。


 その日の昼過ぎ、マルムスは街中におふれをだした。街を再建するための建築家を選ぶので、建築家達は宮廷に集まるように命じたのだ。

 皇帝のいない広間に建築家達が集められる。マルムスは玉座の横に立ち、建築家達にこう言った。

「これより、街の再建のための入札を行います。こちらが示す予算内で、最も早く街を再建できる者に、大工達の指揮を執ってもらいます」

 建築家達が頭を下げて短く返事をする。それを聞いたマルムスは右手を挙げてサラディンを呼ぶ。効率と金額の釣り合いを見るのは、マルムスよりもサラディンの方が慣れているので、入札を取り仕切ってもらうのだ。

 サラディンが建築家達に予算を告げる。すると、すぐさまに予算を遙かに下回る金額を提示する建築家がいた。再建完了までの納期は、半年と言っている。

 サラディンがメモを取り建築家達に言う。

「もっと早くできる者はいないか」

 建築家の間にざわめきが走る。そして、次々に金額と納期を口にしていく。値段は上がり、納期は短くなっていった。

 ひとしきり建築家達の提案を聞いたサラディンは、メモをにらんでしばし考え込む。

 そしてサラディンが選んだのは。

「今回の指揮はカエサル、お前が執るように」

 指名された建築家、カエサルは深々と頭を垂れた。


 そして、入札の翌日から街の再建ははじまった。

 いくらなんでも着手が早すぎないかとマルムスは思ったけれども、カエサルの言うところには、昨夜のうちにある程度規格化した家屋の設計図を作ったので、それが適用できるところから進めていくとのこと。適用できないところは測量し次第、また規格化した設計図を作るとのことだった。

 昼の休憩時間、マルムスはサラディンとアスケノスと共にワインを飲みながらナッツをつまむ。

「まったく、困ったもんだよ今回の件は。

 モリスコやコンベルソの税金から再建費用が出てるんだろうなと散々つつかれたよ」

 苦虫をかみつぶしたようなサラディンの言葉に、マルムスは頭を抱える。

「もうモリスコとかコンベルソとかそういう問題じゃないんですよ!

 国民全員から集めた税金です!」

「それはそう」

 困り顔をするサラディンやマルムスとは対照的に、アスケノスはさっぱりとした顔だ。アスケノスは財務にほぼ関わっていないのでそれはそう。

「他の官僚はムスリムやユダヤから税金を搾り取ればいいとか言うしさぁ~」

「それが原因で起こった暴動なんですけどね……!」

 ため息をついて愚痴るサラディンとマルムスの言葉を、アスケノスはナッツを食べながら聞き流している。

 ふと、アスケノスが言う。

「軍事貴族からも徴税するようになりましたし、財源は十分でしょう?」

 その言葉に、サラディンがじとりとした目でアスケノスを見る。

「それだよ。軍事貴族や官僚はそれが気に入らないんだ。だからムスリムやユダヤから絞れって言うんだよ」

「理不尽~。権利と義務は永遠の伴侶ですよ」

 権利を多く持つ者は義務も多く背負う。アスケノスの言うとおりだ。けれども、素直に納得できる者は少ないのが現状だと、マルムスはため息をついた。


 再建がはじまって一週間後。思わずマルムスの口を言葉がついて出た。

「うそでしょ?」

「嘘ではありません。街の再建は無事に完了しました」

 堂々とそう報告するカエサルに、マルムスは慌ててサラディンとアスケノスを伴って街を見回った。マルムスが見る限り、再建された家屋は規則的ではあるけれども、手を抜いた痕跡はない。サラディンの目から見ても、劣悪な素材は使われていない。アスケノスの目から見ても、衛生面で問題はなさそうだった。

「さすがカエサルですね。名に恥じない」

「まぁ、ここはガリアじゃなくて資材を確保できる街中ですからね」

 感嘆するマルムスの言葉に、カエサルは爽やかに返す。

「では、いったん宮廷に戻りましょう。

 報酬を渡さなければなりません」

 そう言ってマルムスは、サラディンとアスケノス、そしてカエサルを従えて宮廷に戻る。

 宮廷に戻り、カエサルに金貨の詰まった袋を渡す。ずっしりと重い袋を受け取ったカエサルは、にこりと笑ってこう言った。

「またなにか建てたいときは、いつでもお声がけください」

 それを聞いたマルムスは一瞬身構える。このままカエサルが賄賂を要求するかと思ったのだ。

 しかし、カエサルは一礼をしてそのまま部屋の外へと出て行ってしまった。マルムスは思わずぽかんとする。

 側にいたサラディンも、意外そうな顔をしてつぶやいた。

「あいつ、賄賂を要求してこなかったな」

「そうですね」

 この国で、権力の中央近くに近づいて賄賂を求めない者は珍しい。そのことも含めて、今回の件は一刻でも早く皇帝に伝えないと。

 そう判断したマルムスは、すぐさまに手紙をしたためて伝令に渡した。

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