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第二十六章 新規増税

 昼休み時、突然サラディンがげっそりした顔でやってきた。

「どうしたんですか? ずいぶんとやつれていますけど……」

 心配そうにマルムスが訊ねると、サラディンは頭を抱えてこう返す。

「度重なる遠征で財源が足りないんだ。

 だから、新しく税金を取らないとと思っているのだけれど……」

 その言葉に、マルムスは反射的に返す。

「取ればいいんじゃないですか?」

「取ればいいのはわかってるんだ。

 でも、なにに課税すればいいのかが全く見当がつかない」

「あー、なるほど?」

 たしかに、現在この国ではいろいろなものに税金がかかっている。現在課税されていないものに税金をかけた方が効率はいいかもしれない。

 そうなると、民衆があまり気にしなさそうなところ、もしくは民衆が確実に必要としているものに課税するのが適当な気はした。

「サラディンの部署で相談したらいいんじゃないですか?」

 マルムスがそう言うと、サラディンは情けない声でこう返す。

「俺が提案したせいで、責任持って俺が考えろって丸投げされてて」

「い……言い出しっぺの法則ー!」

 たしかに、新たな税金を考えるとなると、責任重大だ。下手な提案をすれば皇帝から首を物理的に飛ばされかねない。サラディンの同僚が触れたからないのもしかたがないだろう。

「でも、俺だけだといい案が浮かばないからマルムスとアスケノスにも相談しようと思って……」

 べそをかきはじめてしまったサラディンに、マルムスは一息ついてから返す。

「わかりました。私はかまいません。アスケノスに関しては本人に聞いてみてください」

「うわー! たすかる!

 じゃあ早速アスケノスのところへ行こう」

 勢いに乗ったサラディンに腕を引かれて、マルムスは医務室へと向かった。


「新しい税金ですか?」

 医務室で薬の調合をしていたアスケノスにことのあらましを説明すると、きょとんとした顔でそう返ってきた。

「そうなんだよ。なんかいい案はないかなって思って」

 縋るようなサラディンの言葉に、アスケノスは斜め上を見てからこう答える。

「かまどに税金をかけるのはどうですか?

 どこのご家庭にもあるでしょうし、確実に徴税できません?」

 それを聞いて、マルムスが慌てて言葉を返す。

「だめだめだめ! だめです!

 かまどに税なんてかけたら、かまどを隠すために煙突を塞ぐ家が続出するでしょう。

 そうしたら火災が多発します。かまどに課税は絶対だめです」

 マルムスの言葉に、アスケノスは難しい顔をして訊ねる。

「なるほど、マルムスの言い分はわかりました。でも、それだと他になにがありますか?」

 その問いにマルムスはこれだ。といったようすで返す。

「窓に課税するのはどうでしょう。

 窓ならどこの家庭にもありますし、外からの確認も容易です。

 確実に徴税できますよ」

 すると、今度はアスケノスが血相を変えて言う。

「だめですよそんなの!

 窓に課税したら、窓を塞ぐ家が絶対に相次ぎます。

 そんなことになったら家の中の換気ができず、瘴気がこもって病人が出やすくなります」

 アスケノスもマルムスも、それぞれに案を出したはいいものの問題点を指摘されにっちもさっちもいかなくなる。

 そこで、ふと思いついたようにサラディンがこう言った。

「それなら、課税するのがかまどにしろ窓にしろ、貧しい家には教会から貧困証明書を出してもらって非課税にすればいいんじゃないのか?

 余裕のある家から取るぶんには文句は来ないだろう」

 すると、マルムスが深いため息をついてこう言った。

「それも難しいでしょう。

 それで貧しい民が配慮されるだけならいいのですが、絶対に金に目のくらんだ聖職者が貧困証明書を売りはじめます。

 そうなったらもう、徴税どころではなくなりますよ」

 マルムスの言葉に、三人は黙り込む。

 万策尽きたか。といったところで、アスケノスがぱっと顔を上げてこう言った。

「サラディン、今回問題となっているのは財源なんですよね?」

「ん? そうだが?」

「それなら、新たに課税せずとも、他の国を攻めて奪ってくればいいんですよ。

 たとえば、アフリカのエチオピアあたりは豊かな土地だと聞きますし、属州にしてそこに重点的に課税してもいいのでは?」

 名案といった様子のアスケノスの言葉に、サラディンは顔を青ざめさせて叫ぶ。

「エチオピアはいけない!」

 突然怯えはじめたサラディンを見て、事情がわからないマルムスがおずおずと訊ねる。

「なぜエチオピアはいけないのですか?

 アスケノスの言うとおり、豊かな土地ですし」

 マルムスの問いに、サラディンは頭を抱えてこう返す。

「エチオピアと戦って無事で済むはずがない! コンスタンティノープルがカルタゴになるぞ!」

 コンスタンティノープルがカルタゴに。その言葉を聞いてマルムスもアスケノスも顔が青ざめる。

「え……? エチオピアってそんなにおそろしい国なんですか……?」

「あの、蛮族の国が……?」

 戸惑うマルムスとアスケノスの言葉に、サラディンは鼻をすすってつぶやく。

「……戦象こわいよぉ……」

 すっかり怯えてしまったサラディンを前に、マルムスとアスケノスは目配せをして、なんとか話題を変えようと考える。

 少しの間黙り込んで、マルムスが重々しく口を開いた。

「そうなると、あとは軍事貴族に税金を出してもらうしかないですね」

 その言葉に、サラディンが顔を上げて訊ねる。

「軍事貴族は今でも、農民達から税金を集めて納めてるじゃないか。それ以上どうするんだ?」

 当然の問いにマルムスは人差し指を振ってこう返す。

「そうですね。軍事貴族は農民から税金を集めて国に収めています。

 ですが、調査した限りでは、納税しきれない農民は、他の農民に借金をして納税しているのでしょう? 農民に借金をさせるのではなく、足りない分の税金は軍事貴族が補填するように制度を変えればいいのです」

「ん? それでなにが変わるんだ?」

 聞く限りでは納税額が変わらなさそうな提案にサラディンは疑問を抱く。それに対してマルムスはこうだ。

「農民の負担が減り、生産性が上がるので、結果として納税額が増えます。

 税金の不払いも回避できますしね」

「なるほど?」

 マルムスが説明する仕組みを、サラディンは飲み込んだようだ。しかし、それはそれとして懸念点はある。それに気づいたアスケノスが口を開いた。

「そんなことをしたら軍事貴族から反発があるんじゃないですか?」

 まさにその通り。今までほとんど自らの財産から税を納めていない軍事貴族から、反発が起こるが予想されるのだ。

 しかし、アスケノスの心配にもマルムスはにこりと笑ってこう返す。

「陛下の命であれば、不満はあれども逆らわないでしょう」

「そうですけど、陛下が許可なさるかどうか……」

 アスケノスは不安そうにする。サラディンも、決断しかねているようだ。

 マルムスが言葉を続ける。

「陛下はかねてより、増大し続ける軍事貴族の力を抑える方法を実行する機会をうかがっています。

 サラディンが抱えている財源の問題は、陛下にとっても渡りに船でしょう」

 その言葉に、サラディンとアスケノスが目配せをして、それから、サラディンがマルムスに言う。

「お前がそう言うなら、陛下に進言してみようと思う。ついてきてくれるな?」

「もちろんです」

 やりとりを聞いていたアスケノスが、真面目な顔でふたりに問う。

「それが通れば、軍事貴族に不満が膨らみ、なにかしら起こるでしょう。その時のための覚悟はできていますか?」

 その問いに、マルムスとサラディンはにやりと笑って頷いた。

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― 新着の感想 ―
ば、蛮族…!>無いなら他国から奪ってくればいい
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