生命あっての物種と、微笑む先輩
「先程の会話同様、まず二つの文章に分けたのは、暗示や暗喩が一つではないという事です。それを念頭に入れて、鍵となる言葉から連想出来る人物がいます」
流石の俺でも宗教要素がいくつか混じっているのはわかる。黙示録的なものは、たしか聖書だったかな。宗教要素のある文章の中に、法師と言う言葉に違和感がある。耳を揃えた、耳を塞いだとあると怪談話を想像してしまう。
「耳と法師と湖で琵琶法師を連想出来ますから、間違っていないですよ。琵琶と湖で琵琶湖わかるようになっていますから。その琵琶法師から、仏教の仏の文字が導かれませんか?」
推理のパズルというが推理の連想ゲームだ。俺は仏と言えばフランスを連想した。美しいという文字、建てられたもの、ガラス。ラーメンを芸術に例えるのは強引過ぎるか。
「広がる、東の言葉から広東、つまり広州が出ます。それに香や港湾から香港。メシからは米。米ってアメリカですよね」
「港湾とかけて渡米を指す。そうして秘められた言葉を集めてゆくと、有名な建築家の名前に行き着くのだよ」
自慢したがりの葉摘先輩が理沙の説明に我慢出来ずに割って入って来た。
「ヒントを示す言葉を紡ぐと他にもありますが、浮かび上がる人物の名前はイオ・ミン・ペイ氏で間違いありません」
フランス、芸術、ガラス、建物とくればルーブル美術館のガラスのピラミッドに辿り着く。
「このメッセージのタイトルのせいで、連想にラーメンが邪魔します。それだけ読むと東京の醤油ラーメンを想像しちゃいますから」
具材は確かに町の中華屋、昔懐かしの屋台のラーメンだ。
「まあ中華と想像出来るものである。中華そばを志那そばと呼ぶ店もあるから、大きなヒントでもあるのだよ」
厨二心満載の、大した文章に見えないのに深い。いたずらと言うのか、厨二が中坊……厨房にかかってるんじゃないかと、想像されてしまうよ。
「それで、答えが出たのに葉摘先輩は何を悩んでいたんですか」
この怪文書に建築家イオ・ミン・ペイ氏の名前が隠されているなんて普通の人なら気づかないだろう。
「ふぅ〜……」
「はぁ〜……」
先輩と後輩から盛大なため息が漏れた。なんか間違ったか?
「こういうものはだね、秘められた謎を解いてからが本番だと何度言わせるかな君は」
「名前がわかっただけで、謎解きなんてオカルト的にもあり得ませんよ、敬斗先輩」
先輩はいつもの事だが、入って来たばかりの後輩にまでダメ出しされたよ。でも理沙もまだ真相に辿りつけてないだろうが。
先輩が茶化し始めたって事は、答えが分かったって事だろう。
「最初に言ったように、この怪文書にはいくつかの秘密が隠されている。どうして我々に届いたのか、疑問だったのだが……理沙君が見たのは、このメッセージに憑いて回るライバルの男だったのかもしれないね」
情報の出所のわからないメッセージの中には、見つかるまで渡り歩くものがある。この怪文書がオカルト研究室へ届いたのは偶然ではなかったのかもしれない。
「あえてオカルト的な要素で考えるのならば、建築家ミノル・ヤマサキからの忠告と取れる。世界貿易センタービルは、奇しくもピラミッド以来最大の建造物と謳われていたようだからね」
俺達は生まれる前で馴染みがない。情報はネット頼りで情報の信憑性は薄い。だから、実際にどう呼ばれていたかは知らない。
彼の作品がテロに遭い壊されたように、ルーブル美術館のガラスのピラミッドがテロの被害に遭うかもしれない警告文に取れるそうだ。
ミノル・ヤマサキとイオ・ミン・ペイについては、琵琶湖のある滋賀県の美術館の事を調べるとわかる。コントラストに関してそれらしい記述もある。
「いくつかって事は、他の見解もあるんですよね」
「ああ。ただし我々は探偵でもないし、謎解きの専門家でもない。たとえオカルト面からだとしても、この件に関しては警察を介し、確認してから配信する必要があるね」
この怪文が警告や忠告であり、事件を未然に防いでもらいたいのではないか。
実際の情報の出所で考えられるのは内部告発や関係者からの情報漏洩だろう。
わざわざこんな形にしたのは、身元がバレたくないのかもしれない。それを踏まえて暗号を読み解く必要があるわけだが、狙いくらい俺にもわかるよ。
「黄泉は地下にも通じる。黄泉、黄金、魂、棺、ピラミッドとくればエジプトのファラオの財宝だよな。つまり犯人の狙いはルーブル美術館にあるエジプトの財宝だ」
ドヤ顔で断言した俺に対して、先輩と後輩の反応が冷めている。
「ふぅぅ〜〜……」
「はぁぁ〜〜……」
またかよ。そこまで盛大なため息をつかれると泣くぞ。
「わかっていないな君は。どうして光を取り込み、ガラスをふんだんに使った建物を作る建築家を採用して作ったと思うのかね」
「なんでって……目立つ、目印になるからですかね」
「そういう事だね。明るみにさらすことで隠し事のないことや、秘密はないことを強調しているわけさ」
まさに墓場まで持っていく隠された秘密が、地下にあったという事か。そしてそれは密かに奪われた。
「わかったかい。ラッパの音に合わせて行進するように、ラーメン作りに手順があるように、この怪文書、寄港先となる国が書いてある。順番通り……つまり輸送ルートをあらわしているわけさ」
後日、世界中を巡る商船の一つが大破し沈んだ。幸い身一つで逃げ出した船員は全員無事だった。沈んだ船は、エジプトのアレクサンドリア港から地中海を出て大西洋からアメリカへ向けた航海の途中だったという。
沈んだ積み荷の行方はいまも調査中という。しかし本当に積み荷が正しく船に積載されていたのか知るものはいない。
商船の出港後、港の倉庫の一画で火事があり、商船を保有していた従業員と資料が消失したためだ。
「よくある船舶の事故と火災として、現地ではニュースにはなったようだね」
例の怪文書を読み解いた後、葉摘先輩は自身の伝手を使って配信前の映像を送った。そういった国際犯罪組織にまつわる特別チームの中には、国の垣根を越えて動く権限を持つ者たちがいるそうだ。
俺達は秘密が何だったのかまでは暴いていない。先輩は何か察したのだろう。理沙も新入生ながら空気を察して、この件は話題に触れなくなった。
ピラミッドの謎は解いてはいけない。秘密は秘密のままにしておくから神秘的で美しい。降りてはいけない駅に着く電車には乗せられたくないだろうから。
「……まさに生命あっての物種と言うものだよ」
────そう言って先輩はいつものように微笑むのだった。
お読みいただきありがとうございました。第二章は「公式企画 春の推理2024 メッセージ」 第八作品目として投稿したものとなります。
謎解きを楽しむために、あえて連載として、1ページ目は謎の詩文のみを載せてみました。
企画終了しましたので、「真守 葉摘が微笑む時」 シリーズのものとして収録させていただきました。
※ 企画作品投稿履歴
2024年05月07日 06時30分
2024年6月4日時点最終PV 累計167ユニーク累計109