第9話 薄まる徒花の影
ライアー・バスター 偽りの断罪者編のエピローグとなります。
「だから言っただろう、詐欺師は簡単に滅びないと」
ララが報告がてら通話を繋ぐと真守葉摘がカラカラと笑い、呆れたようにララに告げた。葉摘の追う異人と違い、ホロウは現実に存在する人間。それなのに、精神性では異界の怪人よりも悪魔的なので笑えない。
「退治は難しいのかニャ。あとこれ治してほしいニャ」
「感情的に辛いだろうが、芽が出た所でその性分からは逃れることは出来んよ。所詮仮枝の徒花。言わぬが花というものだな」
「どうせ枯れて散ると言いたいのかニャ。そんなことより吾輩の言葉直すニャ」
ララの言葉が聞こえているのに無視して話を続ける葉摘。彼女の強力な暗示はララの発する言葉だけではなく、カタカタと打ち込む文字まで変換してしまう。堂庵などよりよほど厄介なのが、暇を持て余した最強サイキッカーだとララは嘆いた。
──⋯⋯安らぎの堂は古びて風に障り、土へと還る。辻の庵、栄えたる市も枯れて散り、実りなき種はは路傍の草となりぬ。
誰が詠ったものかミスター・ホロウがアカウントを復活させる度に、創作の庭では堂庵の栄枯盛衰を仄めかす詩が流行るようになる。
緋音達も詠い手が誰なのか知らない。ミスター・ホロウの正体を知った仲間達でもなく、古参の創作者が復帰した時に詠ったり、新規参入者が自然と詠うのだ。
◇
緋音、ララ、毬奈の三人は、久しぶりに会う約束をして、以前会った店でお茶会を開いた。
「どこかで誰かが見ているのがこの世界だからね」
「公表されている部分は、利用者みんなに見えている部分だものね」
緋音はホロウへ向かう嫌悪感の正体が掴めず、それはそれで不気味に感じていた。
消したつもりでも、簡単に消えない。タイムラグに見つめる無数の目が、ホロウの虚像の正体を正確に捉えていたのかもしれない。
「怪人同士の争いかもにゃ。まあ⋯⋯(ボスが何か仕込んだに決まってるニャ)⋯⋯なのだニャ」
「ん? ララ何か言った?」
「独り言ニャ。ほら今年流行りの紅茶を飲むニャ」
ララは丸い楕円形の影を見て、何かを察した。常識で測れない相手には、似たような者に相手にさせればいい。それも一人二人だけじゃなく大量に、虚像の影が霞むくらいに⋯⋯。
ネットの怪人は簡単には滅びはしない。創作の庭は狩り場にされて、荒らされて終わる可能性もあったが、堂庵をはじめ承認欲求の塊の怪物達は悠長に若芽の育成をするはずがない。
そんな彼らの特性を逆手に取った誰かが怪人達を誘き寄せ、怪人同士を潰しあわせたのだろう。
そして極めて粘着質なミスター・ホロウに対しては、特定ワード──この場合堂庵浩二やミスター・ホロウの文字をアカウントに使うと発動するようにプログラムに仕組んだのでは⋯⋯そう噂された。
◇
喉元過ぎれば熱さを忘れる────そんな言葉が緋音の頭に過ぎった。AIを取り入れた堂庵浩二の動きが再び活発化し、蜘蛛が網を張るように、蟻地獄が流砂の罠を張り巡らせるように、事実を知らない仲間達が自分から掛かるのを待ち構え捕らえだしたのだ。
物語で魔物が進化するように、ネットの怪人達も技術の進化を取り入れて積極的に活動し、罠に掛かった獲物を虜にしてゆく。
悲劇の売人。そして旬の話題を積極的に取り入れ、時にネームバリューを餌に同情共感性を高め、取り込んでゆく。
現実は世知辛い。誰が正義で誰が悪かなど興味はなく、ただ話題づくりのために嘘だろうが主語を大きくしたものが生き残ってゆく。ネット世界の怪人達はたくましく、一人の人間では太刀打ち出来ないくらい大きくなってゆく。
それでも緋音は悲嘆しながらも真っ直ぐ前を向く。破滅を願い相手の仕掛けた泥沼に一緒に嵌まるより、自分自身を磨く事に残された絆を大切にする事の方が大事だと気付かされたから。
「緋音はまっすぐだから、どのみち誰かを操るのは向かないよ」
「悪かったわね、不器用で」
「そこは自分、不器用ですからと渋くいうニャ」
「語尾がにゃんこのララが渋く言っても締まらないわ」
「これは呪いだから仕方にゃいニャ」
無駄話にただ笑い合える仲間がいる。それで充分だ。罪を憎んで人を憎まず、なんて高尚な精神を持ち合わせていないし、見て見ぬ振りをすればつけ上がってやりたい放題し始めるのが欲深い人間の心だと、現実を見ればわかるもの。
「ありがとうね、二人とも。どんなに洗っても落ちない穢れが染み付いているみたいでスッキリしないけど、穢れがあるから美しさがわかるような気がする」
「そうね。簡単に落ちる汚れなら、道具だって洗剤だっていらない」
「毬奈の例えはズレてるニャ」
再び笑い合う三人。その目には技術をあてにし過ぎて内容をろくに確認しなかった人気創作者が、多方面かは規約違反を指摘され、契約違反による多額の賠償金で失墜するニュースが映っていた。
「この時代‥‥与えられた技術には何らかの意図が含まれているもの。便利だからと情報を与え過ぎると、育てた怪物に怪人が喰われてもおかしくはないようだね」
ララの目を通して三人の様子を見て安堵した真守葉摘は、新たな話を求め、情報の海へと潜っていった。
※ 2026年5月24日、後半部分追記しました。




