第3話 届かない警告、孤立する真実
緋音は少し焦り始めていた。堂庵浩二が複数のサイトで同時多発的に行っている活動、その全てに、あまりにもわかりやすく作為的に賞賛が湧いたのだ。
投稿に合わせた固定ファンのコメント群。これらもいつも同じ時間帯に、各サイト、同じ文脈で現れる。勤め先の同僚に頼んで書かせるにしても、感覚にはバラつきがありそうなもの。しかし文体こそ違えど、最終的には賞賛に落ち着く。通販サイトの褒め言葉のように。
「ねえ毬奈。もう一度あの人のアカウントの活動ログや寄せられたコメントを、見てみてよ。やっぱり色々おかしいよ」
「みんな良い作品だって褒めてるやつでしょ。緋音の杞憂はわかるけど、あまり言い過ぎるとやっかみに聞こえるよ?」
「私は毬奈、あなたの親友だから心配して言ってるのよ。だいたいあの人はネットで大きな家に住んでますとか、家族が大事って言ってるわりに奥さんを貶めるような事を書いたりファンとやたらと交流したり⋯⋯嘘とは言わないけどおかしいよ」
「それは‥‥そうかもね。でも緋音は浩二さんの何を知ってるの? 会ったこともないのに、決めつけはよくないんじゃない?」
「わかってるんだよ⋯⋯」
悄気る緋音の心配に、毬奈も多少思う事はあるようだった。ただ誇張は創作の手前あったにしても全てではないと、毬奈は信じたいのだ。緋音としても、彼を信じきっているそんな親友に、堂庵とのメッセージのやり取りや内容を伝えるのを躊躇ってしまう。
毬奈だけではない。真相を知らない仲間達が、堂庵浩二と仲良くなり、一人、また一人と取り込まれてゆく。これも彼の思惑どおりな気がして腹が立つのに何も出来ず、緋音は歯痒いばかりだった。
何より今更緋音一人が騒いでも、もうどうにもならないのでは‥‥と、毬奈の言葉でわかってしまった。毬奈でさえこうなのだ。顔を合わせたり昔から付き合いのある仲間は緋音の心配を、少しは理解してくれるだろうけれど、不安は大きい。堂庵とさほど変わらない時期に創作仲間となった人々との関係性はさらに薄かったので、むしろ緋音の方が非難を浴びる可能性が高かった。
緋音は次第に心が疲弊してゆく。堂庵には、強がって毅然とした対応と警告を発したまま交流は絶った。本当は誰彼構わず叫びたかった。善人の仮面を被って、己の野望を果たそうとする堂庵浩二に気をつけて!! ────と。
でも出来なかった。出来るはずなかった。仲間達が和み楽しんでいる場を自分の懸念だけで壊すわけにはいかないから⋯⋯そう思い沈黙してしまう。それがいけなかった。
そしてこれはネットの怪人ミスター・ホロウに対して後手を踏む痛恨のミスになった。ネット上では例え嘘でも、声を大きくあげた方が有利になる事が多い。
少数派が多数派より過激に声を上げ動いたせいで、世の中が窮屈になっている例を見れば一目瞭然だろう。彼も、緋音の変化に内心ニヤリと笑ったことだろう。緋音へのアプローチに失敗したが、彼は二の矢を放つ。
ミスター・ホロウは、緋音が自分を無視するのを利用して、彼女の求心力を貶める手段を講じた。緋音の知らない所で、わざと彼女の話題を頻繁に出す。
自由に閲覧出来る創作の庭だが、拒否した相手の庭での行動は、訪れなければわからない。堂庵と決裂し、彼を嫌う緋音から訪れる事はまずなく、周りの仲間達は緋音と彼が断絶関係にあるのを知らないから、彼女の行動に不信感を持つだろう。
やり方も狡猾だった。度々彼‥‥堂庵が緋音を褒め話題にしてみせるのだ。恩義をを口にして褒めそやす。なのに、彼女は顔すら見せない。堂庵浩二の人気が出たから、緋音が不機嫌だったり、拗ねている‥‥。人によってはそう受け止めるかもしれない構図が出来る。
緋音が酷いやつに思われても仕方ないように──彼は、そうした状況を作りあげて、ゆっくりと創作の庭サイトを蝕んでいった。
緋音の忠告も虚しく終わり、緋音との交流頻度の落ちた親友の毬奈の心も、すでに堂庵の言葉で満たされていた。
「悪いのは全部、僕なんです」
ミスター・ホロウのその言葉は、毬奈の心に親友の警告よりもずっと誠実で心地よく響いた。
そう⋯⋯まとめ役である緋音へのトドメ、追い落としの為に、彼は作品を投じたのだ。『僕の罪と許し』 では、自身への非難を「自分の未熟さゆえ」と、経緯は一切書かず、怒らせた自分が悪いと綴る。緋音の怒りだけを強調して、自らは重く受け止め、悪くはないけど謝るしかないよね、そういう風に装った。
偽善的な寛容。何があったのかは察してほしいとも取れる内容のため、心配はしても彼にわざわざ尋ねるものはいない。あまりにも芝居じみた文面。巧妙で効果的な貶めの手法だが、知らない者たちにとっては、堂庵が真面目で殊勝な心掛けのある者に映り、緋音が酷く我儘に映る。悲劇のヒロインの座を作りあけた彼の思惑通りに、緋音に集まる人々の信頼を強める事に成功した。
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ジャンル:エッセイ・日記
タイトル:『僕の罪と許し』
✑ 集まったコメント
「堂庵さんに偉い。彼を無視してないで謝りなさいよ!」
「自己中の王様降臨だよね」
「才能に嫉妬してるだけだろ」
「皆さん、落ち着いてください。彼女も何か理由があってのことでしょう。怒らないであげてください。僕の言葉が足りなかったせいです。悪いのは全部、この僕なんです」
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「にゃるほどね、この言葉が決定打かニャ?」
作品を読んだ者達は堂庵の「広い心」に感動し、一斉に緋音らしき者への見方を変え、感情的な罵詈雑言にかき消され、彼女自身が悪意の塊として扱われ孤立した。
「⋯⋯見事に嵌められたニャ‥‥緋音は」
緋音と堂庵‥‥彼らのサイト内の様子を監視していたララは、冷徹に状況を分析していた。
ミスター・ホロウは自分が悪いと言うことで、自分の非を認めつつも、最終的には「許されるべき善人」というイメージを周囲に植え付けた。心の癒しを求める者や、叩き台を探す者は、感情を煽るこの単純なストーリーに飛びついたのだ。
緋音は完全に孤立した。真実を語ろうとしても、彼女の言葉はもはや誰も信じない。
「言葉だけでは、この流れと空気は変えられニャいね。堂庵浩二……コイツは自分の『自己都合解釈』が、いつか自分自身を滅ぼすことになるとは思っていないようニャ」
ララは堂庵の過去の投稿データ全てをダウンロードし終え、パソコン画面を見つめる。どこから入手したのか一件のファイルが届いた。
「底の浅い安っすい道化に、彼女は見向きもしなかったようだニャ。やれやれだニャン」
ララは送り主の意図を察して、静かに呟いた。彼女の分析と反撃は、ここからが本番だった。




