第2話:伺い知れる怪異性
堂庵浩二の言葉は、傷ついた心に寄り添い、温かく包み込む魔法のようだった。
毬奈は彼が別の創作投稿サイトにも作品を公開していることを知り、すぐにそちらのアカウントもフォローしたくらい。彼の作風や人柄に惚れ込んでいた。
ただ‥‥どこかで見たような作品ばかりが並ぶ。でも作品には温かい感想が寄せられている様子に、毬奈は安堵した。
「やっぱり浩二さんの作品は、たくさんの人に響いているんだなぁ」
「なんか当たり障りない、誰もが感動したり共感しやすいテーマだよね」
「そういうのが読まれやすいコツで大事なんだよ」
彼を警戒する緋音の疑念は、ただの深読みだと一蹴して、毬奈は自分に言い聞かせた。現実的な緋音の言葉は正論含みで耳に痛い。仮想の世界くらいは甘い囁きに身を委ねたいのは毬奈だけではないはずだった。
「それが堂庵の狙いなんじゃない?」
「浩二さんにも、そういう切ない思い出があるんだよ」
緋音は堂庵の投じた、過去の歴史的事件に想いを馳せる随筆を見て思うままを毬奈に告げた。緋音自身は『忘却の街角で』を見てもどこか借りてきたようなお行儀の良い語りぶりで、心の点数稼ぎに見えて仕方なかった。もっとも思い入れは誰にもあるものだから、あえて強く否定はしない。
社会的な痛みに寄り添うもの。その分かりやすい痛みの話題は、どのサイトでも熱心な読者からのコメントが寄せられていた。
それにそんなに多くの共感性を得たいのならば、清廉な活動を行う人たちの輪に加わり共に平和の祈りを願えばいいと思うのは、暴論だろうか‥‥と。
ただ‥‥緋音が引っ掛かるのは宗教家のようがビラ配りをしている感覚だ。心に訴えようという作品までも安売りにして、複数のサイトで同時に投稿していた神経や心理が理解出来ないのだ。社会共通の痛みを営利に利用しているようで、気に障るのかもしれない。
毬奈も緋音の言いたい事は分かっている。本心がどこにあろうと幅広い見識や、彼の作品を通して見える人柄に、惹きつけられた。彼の作り出す世界観は、優しさと誠実さに満ちているように思えたのだ。
「⋯⋯毬奈は喜んでいたけど、過疎サイトまで投稿されてからすぐに反応があるのも‥‥ちょっと不自然だよね」
緋音は独り言を呟きながら、堂庵が利用している複数のサイトの一覧に目を向けた。寄せられるコメントを注意深く観察する。彼女の目には違和感ばかり映るのだが、その理由まではまだ断定出来ていなかった。
熱烈ファンの毬奈などを狙い撃ちにするかのように、堂庵は作品を投じて来ているような気もした。創作姿勢としては毬奈の言うように多角的で正しいだろう。
気がかりなのは堂庵浩二は、若かりし頃の好きだった同級生への恋の詩を、自身の詩集『蒼い記憶』から抜粋して公開していた。それも気恥ずかしくなるような浮ついた言葉の数々で。それが彼の人間的な一面を垣間見せるものとして、多くの読者の共感を呼んでいた。
「要するに引っ掛かるんだよね。赤裸々な私生活と、思考に。商業サイトまで足を伸ばしているし」
毬奈と違い、緋音は堂庵の活動と発言の矛盾を感じていた。創作世界ならばあり得るギャップだが、彼が人の心に訴える作風を売りにしているから気にかかるのだ。
それに違和感へのきっかけは、堂庵のアカウントから、個人メッセージを受け取ったせいだ。
「突然すみません。実は、あなたに相談したいことがあるんです」
「 私に?何の用ですか」
「 あなたが毬奈さんのことをすごく心配しているのは分かっています。実は僕も、彼女との関係について悩んでいて……」
「サイト上の友人、それだけでしょ?」
「彼女‥‥毬奈さんが好きなんです。出来れば友人のあなたの忌憚ない意見を聞かせてほしいんです」
「だから何故私が?」
「あなたの冷静な視点が必要なんです」
「あなた奥さんと子供いるんだよね? 相談も何も答え出てない?」
緋音はまず相談する相手が違うでしょ、って思った。毬奈が入れ込んでいるのはあくまで作品や作風が好きなのであって、あなたという人自身が好きなのではない。
額面通りに受け取る思春期真っ只中のピュアさならまだわかる。でも妻子持ちの社会人ならば、社交辞令くらいわかるはず。あれだけ人の内面を訴える作品を出すのだから、そうした心の機微くらいわかりそうなものだ。
だから胡散臭いと思うようになる。嫌気の差した緋音の心に気づかない堂庵から、相談と称したメッセージが届くようになる。何かと痛い勘違いが続き、段々と気安く馴れ馴れしくなる。最初は互いに社交辞令的に話を合わせていたが、堂庵はその距離感を自己都合で好意と解釈したようだった。
緋音が夜の蝶ならば、客だと思い嫌でも甘々な言葉を返すだろうが‥‥ここはただの創作サイト。相談に乗るのはお互い様だが、特殊性癖プレイを押し付けられたり、根気良く付き合ったりする義理はない。何よりガチの浮気の相談なんて尚更ごめんだった。
堂庵は緋音を頼っているように見せかけていたが、緋音には彼のもう一つ裏の意図が見えていた。
「この人‥‥私が彼の正体に気づいて邪魔しないように探りを入れてる? あわよくば私を懐柔して、味方につけようとしてるの? あわよくばって。⋯⋯だとするとまともに相手をしちゃった私ってずいぶんお人好しだよね」
直接的な甘えの言葉は、無料で使えるお店の子のかわりだと思うと腹ただしい。たぶんこれが彼のやり口ではないのかと、緋音が気づいたのはこの頃だ。
言い表しようのない異常さを感じ取った。堂庵は自分にとって都合の悪い存在すらも、自分の支配下に置きたがっているのだ。
緋音の疑念は晴れるどころか広がるばかりだ。彼女は堂庵の複数のアカウントの投稿時間や、コメントを寄せている一部のアカウントの活動に、ある法則制があることに気づき始めていた。ホロウに時間を使うのが嫌で、まだ漠然とした違和感だったが、緋音の義侠心を刺激するには十分だった。
緋音と毬奈、二人の間には堂庵に対する評価の違いから、わずかなすれ違いが生じ始めていた。
────その頃ララは、デジタル上の様々な情報の中に潜むパターンや関連性を分析していた。直感的な緋音と違い、ララはデータからの解析の方が得意だ。ララは堂庵の複数のサイトでの活動と、そこに付随する反応の中に、共通性があることに気づく。ララはネットの怪人の見せる思惑を、静かに捉え始めていた。
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ジャンル:史実・歴史
タイトル:『忘却の街角で』
・ 毬奈の感想⋯⋯これは、かつて日本で起きた大きな震災について書かれた随筆ですね。
「時間が経つにつれて、人々の記憶は薄れていく。でも、あの日の悲しみや亡くなった方々の無念は、決して風化させてはいけない。私たちは語り継ぐ責任がある」
堂庵さんは、被災地への強い想いと、遺族の方々への深い共感を綴っていました。偽善とかじゃなく、本当に心から悼んでいるのが伝わってきて、この人は社会の痛みが分かる人なんだ、優しい人なんだって、尊敬の念すら抱きました。この文章を読んだ時、私は彼になら心を許せるかもしれない、と強く思ったんです。
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ジャンル:恋の詩
タイトル:詩集『蒼い記憶』より「初恋の君へ」
・ 毬奈の感想⋯⋯これは彼が若い頃に書いた「好きだった同級生への恋の詩」と説明してくれたものです。
「君の笑い声は、僕だけの音楽だった。
授業中の窓の外、白い雲を見つめる横顔に、僕は何度言葉を失っただろう。伝えられなかった『好き』が、今も胸を焦がす――」
……みたいな内容で。ちょっと歯が浮くような、気恥ずかしくなるくらい真っ直ぐな言葉なんです。けれど彼が「結局、臆病で何も言えなかったんです」と追記しているのを見て、すごく人間らしいなって思いました。完璧じゃない‥‥そんな弱い部分を見せてくれるところに、私はどんどん惹かれていきました。




