おまけの後日談
「……なんとなくいい感じで締めましたが、結局依頼主って誰だったんですかね。まさか青木 理沙を疑っておいて、先輩の自作自演ってオチじゃないですよね」
調査地から戻った俺は、大学の研究会の部屋に戻り調査動画の編集作業に追われていた。オリジナルの人物と肉声を使うのは、俺だけ。葉摘先輩や青木 理沙の姿や声は編集で姿や声を作り直して配信するからだ。
「失敬な。午前二時十分五十四秒という時間は丑三つ刻、いわゆる鬼門だ。アナログな時計の姿が失われつつある現代ではわかりづらいものだが、丑三つ刻に時間の針が揃うのがそのあたりの時間だろう」
二十四時間時計は別にするとして、一般的な壁掛け時計ならわかりやすいか。時間を表す三つの針が、時刻の数字上にピッタリ重なり合うのは0時と12時だけ。あとの時間は時間の経過毎に、数字よりズレた位置で重なる。
「わかりやすいだろう。どちらが現実かはわからないが、正確に示された時間ですらこれだ。物事によって、ズレが生じるのだから」
「いや。ちょっと何が凄いのかわからないですが」
わかるのは先輩の興味の引き方を、メッセージの主は良く理解している事だ。先輩の興味を引くために依頼主は、丑三つ刻を選んだにせよ、秒針の重なる時間まで、ピッタリと測ったように投稿するのは難しい。
「何を言ってるのさ。チャレンジは一日一回とはいえ、失敗したのなら消せばいいだけだろう」
うぅ……この人、訳ありっぽく丑三つ刻の鬼門がどうこう自分で言ったくせに、そういう所はドライなんだよな。オカルト信者なら、そこは霊的な力を働かせたと言いなよ、と思う。
「君こそ自分が所属している我が研究会に偏見を持ち過ぎだ。理沙君のように視え過ぎるよりは気楽でいいと思うが」
葉摘先輩は欠伸を噛み殺しながら、作業する俺の机の隣に座り、足をブラブラさせた。ジーンズなので色気が薄い。ただ、距離感が近くて手元が狂う。
「暇なら手伝ってくださいよ。今回は、場所特定しやすいから手間多いんですから」
山奥と違って町中は所在地がはっきりしているから、現地の人間を登場させるのに気を使う。色仕掛でもして俺のテンション上げる気がないのなら、さっさと帰ってほしい。
「私に編集させると、映像の中の君を赤いボクサーパンツ一丁に変えてしまうかもしれないぞ」
超能力者ってそんな事も出来るのか、そう言おうと思った。しかし、よくよく考えると映像を作り変えるのなんて難しくないのか。
「先輩、今回の依頼主が仮に死者だったとして、パソコンやスマホって動かせます?」
死人の候補なら何人かいる。先輩に恨みつらみのあるヤツを入れるとキリがない。だから青木 理沙との関わりを中心に考える。菊というおばあちゃんやおじいちゃん。息子、同級生。菊池と名乗っていたらしいので、最有力はおばあちゃんだ。
「それはハズレだと言っただろう。それに親の旧姓や、好きな異性や追っかけのアイドルの名前を借りたのかもしれないぞ」
ケラケラ微笑う葉摘先輩。アイドルって、もう逢えないかも……とか上手い事言いたいだけじゃん。先輩は自分だけ答えをわかっているから、俺をからかって楽しんでいるのだ。
魔の交差点の事故の多発原因は推理と実地調査を行い、改善に努めた。伝言を伝えるべき相手にもメッセージは届いた。
……マジでわからない。だからこそいいんだよと、先輩がまた微笑う。これを視聴する側にとっては、謎が残されたまま事件は解決する。俺と同じように、疑問を残し悶々とする羽目になるだろう。
「謎が謎のままだから、良いのだよ。事故の原因が解決されてさそまえば、何処にでもある町の交差点の事など興味を失うのだから」
都市伝説やピラミッドやUFOのようなものか。まあ大学の同好会の終わった事件に残る謎など、消えているに等しいものだが。
それでも葉摘先輩と俺の作り上げた作品は、電子の世界の中にいつまでも残り続ける。
これは先輩が仕掛けたメッセージの怪。答えなんて、本当に送った当人しかわからない。
誰かが鬼門の扉を開けるように、この残された謎に挑んで、真に解決を見ることを願うとしよう。
そして出来ればこっそり俺に答えを教えてほしい。すでに俺は先輩の仕掛けた罠にかかってしまって抜け出せなくなっているから。
◇ ◇
青木 理沙の視力は元に戻った。視力の低下は事故のせいもあったが、精神的な負担が大きく影響していたようだ。
おかしな大学生の二人組と出会ってから、ほんの数日で理沙の住んでいる町は変わった。
地元民から魔の交差点、呪いの交差点など呼ばれた道路の事故防止策が講じられ、対策の工事が始まったのだ。
青木 理沙は視えるようになったが、語る事が出来なくなった。日常的な会話は出来る。語れないのはこの事件をはじめ、真守 葉摘に関する全ての事を、だ。
だからメッセージを送る相手は常に、この世に存在しないものとなる。死人に口なしとはよく言ったものだと、理沙は思ったかもしれない。
父親が誘拐犯人として捕まり、青木 理沙の友人は独りになった。母親は彼女を追いて事件の前から行方が知れない。
困窮する少女の元にやって来たのは、手紙をやりとりするかつての友人だった。
理沙は自分の足で、彼女を助けに来た。真守 葉摘の名前は出せないが、援の手は理沙を通して、友人へと向けられていた。
「遅くなってゴメン。手紙、届いたよ」
理沙が告げたのは、それだけ。友人にはそれだけで理沙の想いが伝わった。
お読みいただきありがとうございます。小説家になろう公式企画「春の推理2024メッセージ」 参加作品、三作品目となりました。
〜真守葉摘シリーズ関連作品〜
・心霊スポットの罠
・あぁ、嘘だと思った(ホラー)
・黒い雨合羽とカラスのお告げ (推理)
他にもなろうラジオ大賞5作品として登場しております。
公式企画 春の推理2024メッセージ より、【このユーザーは退会しました】【『悲嘆と歓喜のコントラスト』 〜 怪文書の秘密を探れ 〜】 を同作品に収録しております。
ネトコン12のネット大賞運営チーム様の感想は、企画参加時に頂いた第1章にあたる部分のものとなります。