ぼやき事務員7 暖炉には抜け道がある、そしてパスワードと黒歴史は忘れがち
都市伝説級の定説として、金持ちの邸の暖炉や食器棚それに本棚には隠し通路を置きがちだ。それが別荘となると、我が家のように暮らす管理人もいる。
あくまで自分調べの話だから根拠はない。細かい事はいいんだ。管理人がたまごの管理人でも、私にはどうでもいい話なんだよ。
⋯⋯私はジーコ。とある会社の地味な事務員から、転職して社長秘書になった本名白幡 由希子という女だ。命名したのは私を拾ってくれたビール会社の女社長、マヤだ。サッカーの神様からあやかったように見えるが、彼女はサッカーに詳しくない。単に事務員の事務子と以前の会社で付けられたあだ名で覚えられただけ。
社長のマヤは、金星人だと寒いギャグを連発する電波女。でも──とても温かく優しく人が良い。純粋とも言える。大企業の会長令嬢、で超能力者で、女子大生の真守葉摘との縁をきっかけに、成り上がった女傑とも言えるだろう。
ただ仕事も趣味も、どんな分野だろうと急速に発展すると妬む恨む輩は当然湧くもの。こんな地方の都市にまで来て、国際問題に発展しかねない事件を起こすなよな⋯⋯そう言いたい。
「────駄目ね。某国のエージェント達に囲まれてる」
情報過多な会長の薦めで雪山の別荘に来た。壮観な雪景色を肴に、雪見酒を楽しむと良い⋯⋯そんな嘘くさい提案をされた。他人の心が読める能力者だが、自分の考えも表情に出るからわかりやすい。提案はイコール仕事みたいなもので、十中十、裏があるに決まっていた。
冷静な私の相棒────黒いコスモスこと黒里 桜子は、囲んでこちらを伺う複数の視線に勘づく。彼女は私の護衛であり、飲み友でフラ友だ。
桜子も私と同じような目にあって会社を辞めた女性である。たまたま居酒屋で出会い、やけ酒を呑みフラ友となって意気投合した間柄だった。
桜子の高い能力を見込んでマヤの会社に誘ったのは私だ。彼女としても新しい職を探す手間が喜んで再就職を果たした。
彼女⋯⋯黒里桜子は、長く艶のある黒髪ロングヘアの美人。武道の心得もあり、モデル顔負けのスタイルの良さを持つ。さらに仕事をこなす能力など、スペックが異様に高い。なんでこの人、しがないOLしていたんだろうかと思うよ。この窮地、無事に脱出出来たら色々と聞いてみたい。
⋯⋯っとその前に、どうしてこんな目に遭うのかが先か。桜子も説明を欲している。
「会長の作戦みたいよ。嗅ぎ回るうっとうしい連中を一網打尽にするさ」
「マヤ社長達を付け回したり、誘拐しようとした連中ね」
「そう。いくつもの国のエージェントが、結構入り込んでいたらしいよ」
地方とはいえ、私たちの暮らす街は比較的大きいせいもある。海外の人間もさほど珍しくない昨今、スパイが入り込んでいてもわからないのは仕方ないだろう。
「ビール会社にはスパイはいないの?」
「マヤがいうには会社や工場は、基本金魚人がメインだから、紛れ込んでもわかるんだってさ」
金星人の金魚人とか、何を馬鹿な事を言っているんだと思うかもしれないが、私もそうだ。区別なんてつかないのに、彼女達は出来るらしい。
それに金星人かどうかの真偽はともかく、こんな地方に他国のスパイやエージェント達が大量に入り込んで来るのを見ると、少なくとも嗅ぎ回る秘密や価値があるようだ。
「街中は金魚人達が彷徨いているから、彼らも動けなかったみたいね」
マヤと同郷という金魚人たちは、目がギョロっとしている⋯⋯わけでもない。肘や膝などの関節が少し鱗っぽく見えるだけで、一見すると普通のお人好し顔の日本人と変わらない。
彼らは聴覚や嗅覚に優れ、人懐っこいが喧嘩っ早くもある。江戸っ子気質? 金魚人といいつつ寒くても活動能力は衰えないので、やましい目的で滞在する者にとっては中々厄介な存在らしい。
「話を聞いただけではわからなかったわね。でも⋯⋯こうなると流石に嘘とも言えないのはわかるよ」
スパイ天国と言われるこの国には、各国のエージェントが重要な土地へと集結している。金星人の案件など、もし事実ならば最重要機密事項として国が保護すべき対象だが⋯⋯政府は重い腰を動かす事はなく、真守グループが個人でコミュニティを築く事になった。
金星人に黄金を生み出す能力があるのではないか⋯⋯そんな噂が流れてから、エージェントが集まり出した。噂を流したのはたぶん会長だろう。事実もある程度含まれてるし。
「私の憶測だけどさ、完全に釣りだよね」
釣られるのは金魚ではなくエージェントたち。とくに攻撃的な隣国は、破綻しかけている経済を立て直すために、躍起になって秘密を探り奪いに来る。
「マヤはアホだから何も考えてないと思う。でも会長は違う。私が社長秘書になったのを餌にするつもりだよ」
マヤは金魚人たちのお姫様のようなものだから、見えないガードの固さがあるようだ。その点、ただの事務員だった女⋯⋯私は弱い。情報を奪うのに、最適なターゲットになったわけ。
「はぁ、それで雪見酒になったわけね」
「そういう事。規制された所で、すでに根を張る雑草の駆除は難しいから、力技で引っこ抜きたいんだと思う」
正直な所、自分でやれよと思う。ただ私がエージェントなら、のこのこ会長が一人歩いていても不気味で近寄らないだろう。顔や存在が問題なのではなく、あからさま過ぎるため、危険がモリモリだもの。同じ罠でも、戦闘能力皆無の無害なパンピーならば、揉み消すにもリスクが少ないってやつだ。
そんな状況で持ち上がった雪見酒イベント。待ってましたとばかり、人の気配の少ない雪山の山荘、スパイホイホイに群がる黒服。一応雪山に合わせてウインタースポーツに来た装いなので実際黒くはない。
「ろくなゲレンデもないのに、地元民しか来ない雪山で、本格的なスキーウェアは目立つよね」
観光客を装った集団が、山荘外部に設置された監視カメラに映り込む。あちらも気づいているのに気にしていないように見える。
「ここまで囲んだ以上、逃さない感じね」
桜子が言うには、生け捕り目的だから殺気はないそう。むしろ殺気を感じ取るとか、桜子の人生がどうなっているのか問いたくなる。
「会長令嬢はオカルトおたくで、厨二病だから、抜け道があるはずだよ」
餌がわりに呼んでおいて、放置するような会長ではないと信じたい。
「⋯⋯それってフラグ? ユッキーと私もまとめて始末するつもりはないよね?」
「⋯⋯⋯⋯」
「冗談で済まない感じね」
あり得なくはないと、桜子も察してくれた。信じるのは会長の良心や優しさよりも、趣味や嗜好だ。手に入れた玩具を簡単に手放しはしないはず。
それに雪山の山荘の設計主でもある会長だ。やるつもりで呼んでいても、自らの嗜好が逆に助け舟を出す事になる。
厨二病全開の会長のことだ、テンプレ満載の山荘を作りたくて作ったと言ってもいい。たとえ裏があっても、頭が湧いていても、こういう時は助かる。ていうか、こうなっている元凶も葉摘会長とマヤ社長なので、感謝はしない。
「脱出、出来そう?」
モニターを見つめる私に、桜子が問う。別な国の連中の数がさらに増えた。私の不安を感じたのか、桜子はニコッと微笑む。戦闘民族かと思ったが、いまは頼もしいのでボヤかないよ。
「⋯⋯日が暮れるまでが勝負ね」
それは日暮れと共に踏み込まれる、それが私達の予測だ。私もそう思う。モニター監視は暇そうなたまごの管理人に任せて、脱出口を手分けして探す。探さないまでも検討はついているんだけどさ。
「それにしても、いつ彼らは接触したんだろうね」
「仕事で、近海の取引きを断っただけだって言ってたよ」
基本的に商売上のトラブルつながり。まったく某国は強欲で面子に煩いこった。まあどの国でもそうか。逆にこの国が宝の山に無関心過ぎて怖いくらいだ。
「ユッキー、予想通り暖炉にあったよ」
あからさまに怪しい暖炉がビンゴだった。少しは捻れ。でも逃げられそうで良かった。わざわざどこからか運び入れた暖炉は、新築の山荘の中で浮いて見えた。そのせいか隠し通路の意味がなくなってる。
「暖炉裏に隠し通路を作っただけで満足した感じだね。そういうとこ、お嬢だよねぇ」
桜子が呆れたように言う。私も同感だ。そもそも当人が使うつもりがあったのだろうか疑問だ。私達を囮にするために、社長を使って雇い入れた可能性が頭に浮かぶ。やはり餌は食われるものか。
某国の密偵は、私達を捉えて取引にマヤ社長を引きずりだすつもりだけど、こうなると私達に価値があるのか微妙だよね。以前にも関係者の息子が狙われたから、なんとも言えないのが悲しい。
「⋯⋯ねぇユッキー、脱出口にパスワードあるんだけど」
暖炉の中の脱出口の扉を開くには、パスワードが必要らしい。無駄なハイテク。時間もなくて危機なのに。
「入力は何? 数字? ワード?」
「恥ずかしい思い出を語って下さい──って表示されてる」
あのアホ会長令嬢め! 絶っっっっ対に嫌がらせをして楽しんでる。たぶん⋯⋯これが本当の性分。人の心が読めるくせに、人との付き合い方が下手すぎるとか、タチが悪い。
誰しも一つや二つくらい、触れられたくない黒歴史はあるだろう。そんなものをオープンにした日には、別の意味で危機に陥りそうだよ。
────ガシャン!!
私が悩んでいると、桜子がたまご⋯⋯ではなく、壺を砕いた。割れた壺の欠片に電子機器が埋め込まれていたのだ。
「これってさ、リアルタイムで彼女に繋がっていて、こちらの会話全部まるっと聞こえているんじゃないの?」
超能力ではなくて、文明の利器を駆使して全部監視中、盗聴中だったようだ。もっとも彼女の別荘だから、盗み見ようとも犯罪ではない。私達をエージェント相手の贄にするつもりはなくて良かったと取るが⋯⋯会長が、悪どい趣味の玩具にする気満々なのがわかり、イラッとした。
「あっそう……よぅし、なら話してやる。会長令嬢の真守葉摘はわんこのように懐く後輩くんの……」
────プシューーーーッ
「なんか⋯⋯扉が開いたよ」
反応が早い。金庫の時は私の勝ちだが、今回は負けたよ。だけど、ビンゴだ。全部ぶちまける前に扉は開いたよ。せっかく新人の桜子に、会長の恋バナを聞かせてやるチャンスだったのにね。
「犬がどうかしたの? 恥ずかしい話なの?」
「触れなくていいよ。拗ねると面倒だからさ。それより逃げるよ」
使い捨てにする気も、見捨てる気もないことがわかったのが何よりだ。それに聞いていたって事は、マヤから情報が逐一届いているってことだ。
トラブルと変人ばかりだけど、面倒見の良い会社だ。
────日はすっかり落ちて、あたりは暗闇に包まれていた。
私達が雪山の山荘を脱出する頃、某国の密偵達が痺れを切らして先を争うように踏み込む。
ドッッッッッカン!!
お腹に響くくらいの重低音の爆発で山荘が跡形もなく吹き飛ぶ。
「うん、あれだ。お約束通りなら爆発するよね」
私と桜子は、しっかりとしたコンクリート造りの抜け道から脱出していた。
「自然界には掟がある事を、アホな会長令嬢とマヤ社長に叩き込む必要があるね」
「⋯⋯⋯⋯?」
「逃げるよ、桜子!!」
私は桜子の手を取り、走り出す。爆発に反応し、雪崩が発生したのだ。私達は生命からがら雪山の山荘から逃げ出す。途中、待機していた伏勢のエージェント達は、桜子が有無を言わせず叩きのめし、白雪の海へ沈めた。
────後日、葉摘会長が色々企んだ事を白状した。泣く真似はしたが、流した涙は目薬だ。仁王立ちの桜子は恐ろしく美しく、流石の会長も大人しく反省していた。
隣国のエージェント達は一層され、しばらくは大人しくなるだろう。
「⋯⋯あっ、たまごの管理人忘れてた」
お読みいただきありがとうございます。
このエピソードは公式企画、なろうラジオ大賞に参加した「暖炉には抜け道がある、そしてパスワードと黒歴史は忘れがち」 を連載用に改稿大幅に加筆した作品となります。




