ぼやき事務員6 社長秘書になった元ぼやき事務員のジーコさん、パスワードに告白させられる
「⋯⋯⋯⋯残高はありません」
見間違いかと思った。落ち着いて、ゆっくりと深呼吸してもう一度試した。
「⋯⋯⋯⋯残高はありません」
────いや待て、目の錯覚だ。ないわけないよ。待ちに待ったお給料日。働く人ならさ、この日この時の楽しみと苦しみをわかってくれるよね。
⋯⋯五年勤めた会社を辞めた私、白幡 由希子は、自分の出生が金星人だと名乗る電波なマヤ社長の秘書についた。そこまでの経緯は色々あったわけで、正直不安な所があったのは否定しない。
ウキウキしながら銀行へやって来たというのに、何かの手違い⋯⋯のはずがないよ。給料日は前の会社と同じ日と確認済だもの。
薄給ながらも楽しみにしていた前の会社は、しょせん地味な事務員。今度の会社は一応社長秘書だよ? 期待も高まって、ない胸も膨らむってもんだよ。テンション上がって我ながらぼやき口がうっさいわ、私。
「⋯⋯⋯⋯残高はありません」
────嘘でしょ? 生命の危険を侵してまで働いて、まさかの無給だと。仕事を辞めた後に生活費を全額おろしてしまい、すっからかんの私の瞳に、残高ゼロの通帳の文字が無情に映る。
「────どうなってるんですか!?」
私は念の為にマヤ社長にメッセージを打つ。社長が部下の経理担当をしているわけではないので、問いただすのならば経理課なのはわかっている。
ただいくら恩人でも、払うもんは払ってもらわないと。仕事内容は秘書らしさはなくて、真守会長やマヤのお世話。いや遊び相手に近いけどさ⋯⋯お給料なしでは生活出来ないのよ。
「フム、困っているようだね、ジーコ君」
私が独り言でぼやきながら騒ぎ起こしていると、果てしなく胡散臭いたまごの銀行員がススッと近づいて来た。
「いい? 私は手を汚すこと無く片手で三個のたまごを割ることが出来る能力がある。叩き割られて、スクランブルエッグになるのが嫌なら失せな」
ビクッとしてたまごの銀行員はさがってゆく。このイライラが募っている時に、何故かムカつく表情のたまごがやって来て話しかける間の悪さ。私の細腕では文字通り面の皮の厚いたまごの殻を握りつぶすのは難しい。
「まったく……手間かけさせる。くれるならもっと良い能力を下さいよ、神様さぁ」
今後の生活がピンチだと言うときに、たまごの銀行員の相手などしていられない。
「⋯⋯⋯⋯メッセージが届いてます」
測ったような間の良いタイミングのメッセージ。マヤ社長にめっちゃ苦情メッセをラッシュで送りつけたので、連絡が行ったのだろう。
「んなわけないよね、腹黒い真守会長だもん」
マヤ社長はパニックになって思考停止で慌てて騒ぐだけ。気の利いた連絡を真守会長に送る余裕などない。私はスマホに聞こえるようにぼやく。
会長令嬢から持たされた新型スマホは、絶対に監視付きだろうから。
マヤ社長は人は良いけれど、基本純粋。悪どい会長の思惑など何も気にせず、社員用に携帯を義務づけている。
まあ、某国達への対策もあっての事だろうけれど、私にとっては給料の振込ミスの方が死活問題‥‥一大事だよ。
「────元気そうだね、ジーコくん。給与のことだが、我が社は現金主義なんだ。支給会社まで戻りたまえ」
嘘くさいメッセージが、真守会長その人の肉声で、勝手に脳内へ再生される。
超能力者でもある真守葉摘。テレパシー能力も使えるのなら、スマホにメッセージ入れる必要ないよね。
「────その機器にはわたしから生成された分泌物を混ぜた金属で作られているのだよ。わかりやすく言えば、バイオメタル⋯⋯」
「汚っ?!」
私のぼやきの一言で、スマホの画面がビシッと割れた。無駄な演出を勝手に画面に出すな! と思った。
それにしても髪の毛とか爪でいいのに、何故分泌物? マーキング? 大企業の会長で、現役女子大生で、超能力者で⋯⋯色々肩書きがうるさいのに、変な属性これ以上付け加えないでほしい。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ハァ、疲れた。始めから言って欲しい。あと支給が至急とかかってんだよって、わざわざメッセ入れんな。
一方的にオンオフ出来る無駄機能で黙ったかと思えば、つまらないダジャレを返して来た。マヤもアレだが、真守会長も相当だ。
スマホをバッグにしまう。中から悲鳴のような叫びが聞こえた気がしたが、無視した。
────会社に戻ると、社長室で落ち着きを取り戻したマヤ社長が待っていた。
「なんかね、手違いでお給料ロッカーにあるんだって」
うん、このマヤ社長はまったく疑っていないね。それが良さでもある。ロッカーと言っても更衣室ではない。この場合のロッカーとは、会社の機密文書などをしまっておく金庫部屋の事だろう。
金庫は最新式の防水自立発電型のものだ。無駄に技術と重さがあって、襲撃されても運び出すのに苦労する。
ビール会社のはずだが、真守会長の遊び場というよりも、グループの開発部や研究部の実験や試行の場になっている気がする。
「金星人とのたまう時点でどうかしてるか」
私はお給料さえ貰えばどうでもいいが、潰れないで永らくお世話になりたいものだ。
金庫室に入るには一応マヤの音声許可が必要だ。従業員の大半はそもそも存在を知らない。入室の鍵が渡された最新式のスマホなのだと納得した。
金庫室へ入ると、20畳ほどの広さがあり、配電盤や電子機器の並ぶ制御室のようにも見えた。中央の壁に大小いくつかの金庫が並べられている。
「────これかな」
私の身長に合わせた高さの金庫だ。無駄な配慮から真守会長の仕業だとわかる。これも仕事⋯⋯そう割り切る。
金庫は小さな監視Camera内蔵のモニターと、生意気にもパスワード入力ボード付きだ。画面には胡散臭い満面の笑顔の真守葉摘の顔。そして肝心のパスワード画面にはこう書かれていた。
「────私を愛していますか?」
………………ぅっ、ゼェェ!!!!!!!!
限りなくうざい。何度目だよ、このやり取り。これ何ハラ? 他の会社よりも格段に給料が良い待遇が良い理由は、会社によって色々あるのだろう。これで給料3倍ならば楽な仕事だ。まだ貰えていないが。
お給料のため、私は仕方なく該当ワードを入力する。ご丁寧に正解が模範解答として表示されている。最新の防犯⋯⋯意味あるのか問いたい。
「ア・イ・シ・テ・ル」
────カチャリ……ガチャ。
「私もあなたを愛してます」
「⋯⋯⋯⋯」
はぁ? 何、今の間? おいっ、いま開いた鍵をかけ直したよな?
一瞬だけ開錠状態のランプが輝いたのに、再び施錠された。ロッカールームだけに叫びたくなる苛立ちを抑え、深呼吸する。
「もう一度入力を……」
「アイシテル」
────カチャ!
「よし、開いた」
施錠されないように、金庫の扉を同時に開いたままにする。地味な事務員の反射神経舐めんなよ。あと会長遠隔なのに施錠は手動だよね? 暇なん?
悔しがる会長は放っておいて、ようやくお給料が手に入る。長い道のりだったよ。これ以上邪魔されないように、さっそく私は半開きの金庫の扉を開く。
「オープンザドア」
すでに開いているけれどノリだ。金庫内が空の可能性も頭に入れておく。うざさのしつこさで真守会長の暇具合とかまってちゃん度合いがわかる嫌なシステムだ。
────?!
金庫の中には……中には十キロ相当の、金魚型の黄金。本物だよ、重てぇし。落書きのように雑に金魚の頭に私の名前が彫ってある。
現金って言ってたよ、確かに。合ってるよ? 現実の金を略して現金ってか。けどさ、1個だけでも現実の金だと多いって!
相場でグラムニ万円として、月収億越えあることになるよね。マヤ社長はアホだけど、会長はバカなの?
社員複数分にしても多過ぎて、税務調査が怖いんだよ?
────結局全て私が調整して、桜子など会長の信頼する人間の活動経費やら何やらや、役所で相談し、マヤの会社からの寄付で公共の役に立てる事で諸々の対策を行った。私はしっかり前の会社のお給料三倍と、ひと月働いただだけのボーナスをせしめたよ。
嬉しいお給料日⋯⋯でも疲れたよ……。
私の次月の目標は、上司二人に常識を教え込む事になったようだ。
お読みいただきありがとうございます。このお話は、なろうラジオ大賞5の短編投稿作品の改稿版をさらに改稿加筆したものです。
短編掲載よりも金の相場が上がり続けていて、初投稿のグラム一万円からニ万円に変更しました。




