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真守葉摘が微笑む時   作者: モモル24号
金星人シリーズ
30/30

番外編 ぼやき事務員⑤ 黒い桜は花見の宴で優雅に舞う

「この空気感、久しぶりだな」


 雪深い町にようやく暖かな風が届き、私は呟く。去年は本当に色々あったからさ、長い冬が更に長く感じたものだ。


 去年……私は勤めていた会社で、営業の英男から告白された。地味なぼやき事務員の事務子が────だよ。


 白幡 由希子(しらはた ゆきこ)という本名で呼ぶものは会社にはいなかった。地味子か事務子、まあ蔑称だ。


 五年勤めて一切色恋沙汰に縁がなかった女が、どれだけ舞い上がったものか見せてやりたい。いや冗談だよ、そんな醜態を見ないでね。


 浮かれた私はそれが企まれた罠だと気づかず、会社を自主退社してしまったんだ。ホントに何様だよ、私ってやつは。


 会社を辞めた後に英男からは、好きな人が出来たから別れてくれと言われた。異世界なら婚約破棄だ、逆玉ざまぁだ、なんだと盛々だというのに。現実は世知辛く惨めなだけ。


 ぼやき事務員が、幸せを夢見て何が悪いのさ! ……って吠えたい。


 ────でもね、悪い事ばかりじゃなかった。


 自棄酒に溺れる私を救ってくれたのは金星人のマヤだ。……待った、最後まで聞いて。私も自分で自分の事を話していて、やべぇ、いかれたヤツみたい────って思ってるから。


 ……自称金星人のマヤは私の地元のビール会社の社長だ。このマヤ社長もグループ企業の会長令嬢に救われたらしい。


 今時の不景気なご時世会社にも関わらず余力があるためか、野良猫(ニャンコ)を拾っては飼う感じだ。


 そして扱っている主力商品が金魚人の大好きな金魚ビールなわけだが────いろとツッコミを入れたい気持ちはわかる。


 マヤ社長に誘われてビールを造る会社に入ったは良いのだけど、仕事の大半は社長や会長のお守りだ。


 お守りというか子守に近いよ。マヤ社長は経営より研究に向いている。放っておくと、金魚ビールに合う新たなツマミを開発して製品化まで行ってしまう。


 温玉缶は確かに凄い発明かもよ。缶の蓋を開けた瞬間、湯気が立ち温玉が温まるのは嬉しいものだ。だけどね一気に蓋を開けると激しい科学反応を起こして缶の中身が破裂する欠陥品を、製造ラインに乗せるんじゃないよ。


 ……マヤ社長は無駄に行動力があるので、しつこく注意する必要があった。


 お給料を金塊で支払う問題の時も私は泣いたよ。肩書きは社長秘書とは言ってもだ、地方の会社のいちオフィスレディ────いわゆるOLが、現相場数億云々な金塊を渡されれば事案になるに決まってるだろ。


 金星人の癖に金に疎いってギャグはいらない。真守会長が手を回してくれなければ、私は各国のエージェントや公安や国税局から追い回されていたよ。


 マヤ社長はとにかくアホだ。断っておくが、頭が悪いとか社長をバカにした悪口じゃないよ。一般的常識が欠落しているって意味での、アホという意味だ。


 研究者に向いているくらいだから、学校のお勉強は出来ると思う。マヤ社長を見ていると、金星人って言うのは本当かもしれないって考えさせられる。


 そのマヤ社長の警護も兼ねて、黒いコスモスと呼ばれた女、黒里 桜子(くろさと さくらこ)を私と同じ社長秘書に抜擢した。私と同じ男に振られ、居たたまれなくなって会社を止めた和美人だ。私が騙されて前の会社を辞めたように、桜子も罠に嵌められて辞める事になった。


 あぁ、ちゃんと私も桜子も前の会社は潰して、思いっきりざまぁを堪能したからいいんだよ。


 桜子を私の会社に雇い、私は彼女と親友になった。困った時に手を差し伸べたから感謝してくれるけれど、その気持ちは懐の深いマヤ社長に向けてほしい。


 桜子は武術を嗜むのせいか異様に強い。本人は自覚がないのだが、酔った時に蹴りで岩を割ったときはビビった。色々と狙われやすいマヤ社長なので、私より桜子が側にいた方が安心だ。


「それって社長秘書じゃなくて、専属護衛じゃん」


 私が強引に社長秘書に加えて、再入社したてで以前のお給料の三倍以上とボーナスまで貰う事に、桜子は抵抗した。彼女は常識人だ。だからこそ、マヤ社長の秘書に向いている。


 このハイスペックな女を辞めるように仕向けた連中の無能さぶりが、自分達の会社を滅ぼす原因になったんだと改めて思う。


 私は所詮しがない事務員が適任だから、桜子には幸せになってもらいたかった。お見合い企画を画策したんだけど、めっちゃ桜子に怒られた。当分は男は懲り懲りで、私とくだ巻いて酒を飲んで騒いでいるのが良いんだそうだ。


 もったいないとは思うんだよ。でも親友と居られるのは私も歓迎だ。だけど私は最悪の人物に、一連の騒動を見られている事を忘れていた。


 そう……真守葉摘会長だ。会長は大学を出たばかりのオカルト好きの変人だ。マヤ社長を拾い社長に据えるとか、たとえ大企業だろうと普通なら有り得ない。


「でも現実的にマヤの会社は、この地方一の会社になったのよね」


 私と桜子はお気に入りの居酒屋で、いつものように管を巻いていた。会長が我が社に頻繁に訪問しに来るのも、マヤ社長と彼女を取り巻く金星人の金魚人との友好が目的だ。


「慧眼というか、あの会長は同類だよ。桜子とは別の意味で綺麗で強いのに、マヤと同じくらいアホなんだよ」


 御嬢なだけあって、庶民の常識的な知識が欠如している。一応大企業の会長だから、マヤよりも話しは通じるんだけどね。


「アホと言うか、たちが悪いと思う」


 発端は私が立てた桜子お見合い企画のせいなので申しわけなく思う。


 ────全国の、いや海外まで含めた真守グループ企業全てに通知された、私と……桜子のパートナー募集大作戦。


「あなたが彼とのやり取りを散々からかった意趣返しなんじゃない?」


「先にうざ絡みして来たのは会長の方だよ。ぼっちだから友達への距離感の詰め方下手っくそなんだよ」


「またそんなダメージ入りそうな芯を食う毒を吐いて」


「いいんだよ。どうせ聞かれてるんだろうから、自分から聞きたくなくせばいい」


 真守会長はいわゆるサイキッカーだ。最初は大企業の令嬢だから、安全の為にあらゆる所に監視があるのだと思っていた。しかし何もない雪山で確信した。おそらく霊聴能力の類。ネット調べだから確証なんかないけどね。


 超能力があろうがなかろうが、まあ私にはどっちでも良いんだよな。勝てる要素なんざ何もない。女としても負け、社会人、人間としても完敗ってなもんだ。


「会長に唯一勝ってるのは、桜子のおかげかな」


「私? なんでよ」


 騙されたとは言え恋人はいた。会長も囲い込んでるに等しい助手君がいるので異性関係はイーブンだ。しかし、同性の友人はマヤ社長はお互い共通の友人になるのでノーカウント。そうなると桜子と親友である私の方が立場は上だ。


「いや、それだけを勝ち誇るのは虚しくない?」


 桜子が呆れたように言う。


「ハイスペックな桜子にはわからないのよ。会長も同類だけど、人が寄り付かないでしょ?」


 能力があろうがお金があろうが、関係ない。私は誇れる親友がいる、それだけで会長を倒せるのだから。


「意味がわからないから説明しなさいよ」


「ようするに真守会長のウィークポイントはぼっちって事よ。他が全て完璧なのに、友達がゼロって弱みを自分から晒して挑んで来るから戦えるのよ」


「いや、だから意味がわからないって。何と戦うのよ」


 お酒の入った桜子は目が座りだすと短気になる。会長に次ぐ危険人物になるけれど、私に暴力を振るう事はないので安心している。


 ただ……近いよ。そして頬が紅く染まり可愛らしいけれど────酒臭い。でも桜子だから許せる。フフッ、我が親友とのこの距離感こそ真守会長が欲するものなのだ。


「クククッ、今頃会長は舌打ちして悶えているよ」


「そんなわけないでしょうに」


「桜子はわかってないよ。ぼっちを拗らせた人間は、距離感を縮めた相手の動向が気になるものなんだよ」


 構われなれてないから、下手に仲良くなると妄想の渦に呑み込まれる。ましてサイキッカーなら、感応力が仇になるはず。


「……」


 なんとなく私達を覗き見る目が死んだ感じがする。これから行う企画に会長が絡むと楽しめないからね。


「お花見の計画くらいで大袈裟な」


 桜子よ、花火大会の悪夢を忘れたのかい。会長に追われたたまごの花火職人の逆襲で私達の町はたまご爆弾の雨に汚された。そんな訳だから真守会長が協賛に加わると、催し物は豪華になるもののトラブルがついて回る。


 だいたいグループ企業の会長として忙しいはずなのに、地方の怪しいビール会社に構ってる暇はないはずだ。副業のオカルト探偵といい、多忙と過労で倒れるぞ。いや……待てよ、真守会長の事だから、分身体でも使えるのかもしれないな。


「お〜いジーコ、戻っておいで。いくら奇人だからって、機械人間(アンドロイド)でもない限り、分身は無理よ」


「────それだ!!」


 桜子ナイス。真守グループの最新技術を駆使すれば、精巧なロボ人形の一つや二つ簡単に作れる。サイキッカーの彼女は、目と耳で見て聞けるだけでいい。伝達は音声をスマホでもPCでも打ち込んで送ればいいからね。


「……というわけで、花見は極秘裏に行うしかないね。嗅ぎつけられたら会長が乱入するだけの暇があると確証がつかめたからね」


「確証って、酔っぱらいの私の戯言じゃないの」


「十中八九、当たりだよ。立場考えるとあんなに暇な時間があるの、おかしいでしょ?」


 グループ企業の技術の粋を集め、サボタージュを行う真守葉摘。そこまで全力で友達の座をかけてやって来るとわかっていても、黒里桜子の親友の座は譲れない。


 会長はわざわざやさぐれ庶民OL達の輪に加わろうとせずに、部下の助手君と仲良く楽しく幸せにイチャイチャしてれば良いんだよ……。


「呆れた、本当にやって来たよ」


 マヤ社長に呼ばれて社長室へと入るとニコニコ笑顔の真守会長が、ソファに座り寛いでいた。助手君がいないのは、イチャイチャよりも女の友情を取ったのか、サイキッカーの能力で瞬間転移(テレポーテーション)でもしたのかな。哀れ助手君は置いていかれて、電車移動って所だろう。


「ジーコ君、やってくれたね」


 ニコニコ笑顔なんだけど、圧が凄い。私の想像が全て図星だったのが丸わかりだ。のほほんとして、私の入れたお茶を愉しんでいるマヤを見習いなよね。


 マヤの使う社長室は、金魚の入った水槽だらけだ。金星人でも金魚人でなくても、癒やされる水色の空間になっていた。


「ちょっとマヤ、水槽また勝手に増やしたね」


 観葉植物を植えていた鉢がなくなって、小さめの新しい水槽が増えていた。


「だって、この子がひとり暮らししたいって言うから仕方ないんだよ」


 口を膨らませて抗議するけど、可愛らしいだけだ。とりあえずマヤの頬を突付いて黙らせる。


「私を無視するとはいい度胸だね、白幡 由希子(ジーコ君)


「アポなしで直接社長室に乗り込むような人は、輩扱いされても仕方ないですよ」


 ひと昔前のパワハラ上司みたいなセリフを楽しそうに言うから、輩扱い仕返したら何故か嬉しそうだ。このオカルト好きの変人は、ちやほやされ慣れているので雑な扱いを喜ぶ。


「誰でもいいわけじゃないんだぞ。君だからいいんだよ」


 ハァ〜……キモいよ会長。距離の詰め方下手くそかよ。てか、やはり会長はおじさん臭い。どうしてこの会社の上層部の人間はオカシイのだろう。


 同僚との花見旅行に、権力を行使して割り込むわけにもいかず、頼み方がおかしいのかもしれない。


「拾ってくれた恩があるし、嫌いじゃないので仲間に加えてもいいけどさ」


 桜子と話し合って決めていた。真守会長に癇癪をおこされてもトラブルに発展する。結局私と桜子で面倒を見るしかないのだ。


「ふふん、さすがだよジーコ君。みなまで言わなくても察してくれる」


 手のかかる御嬢様だよ、まったく。たかが花見、されど花見。私と桜子に対して余計なお節介はいっさいしないと言質を取る事が出来た。


 ◇


 スポンサーがついた事で、私と桜子の予定は近場で行う花見の宴を断念した。


「マヤと会長がセットでいたんじゃ仕事と変わらないね」


 桜子はマヤが来ることも言及していた。いろんな理由で人付き合いの苦手な面々が集まっている。そんな面々がアウトドアを満喫する事など、なかったと思う。


「やっきにく〜やっきにく〜バーベキュー♪」

 

 真守会長とマヤが御機嫌で即興の歌を唄う。仲良しなのはいいけどさ、花見する気ないよな、この二人。


「バーベキューしにリムジンで移動とか、そっちの方を突っ込みなよ」


 桜子……現実を直視出来るなんてタフなやつよ。私は無理だ。花見の出来るキャンプ場に高級リムジンで乗り付けバーベキューとか、庶民に喧嘩売りに行くようなものだ。


 花見をしながら肉が食いたい、そう伝えただけなのだが、高級料亭のお重弁当とか、有名店のステーキ丼とか、そういうの期待するよね。


「そんなにがっかりする事はない。この最高級のお肉の輝き具合を見たまえ」


 ふぉぉぉ゙美しさすら感じる牛肉。まあ真守会長のスマホの画像なんで、お肉の光沢は演出なんだけどね。そのせいで逆に私は大事な事を見落とした。お肉を用意した相手は御嬢な真守会長だということを。


 キャンプ場は空いていた。会長に気を利かせて貸し切りにしたから当然だ、というわけじゃないよ。単に平日、ひと雨来そうな空模様、見事なまでの枯山の風景。花見に来て花が咲いてない……だと。早めに出発したからまだお昼前、それなのにキャンプ客はほぼゼロ。


 キャンプ場を管理しているログハウスがあったので、私は人数分の利用料を支払う。オフシーズンなので格安だ。


 駐車場へ戻ると────20キロはゆうにある大量の肉。そうか、画像だと遠近感つかめなかったよ。


「助手君がいないと本当に真守会長は雑だよね」


 気苦労の耐えないモブ顔の青年が、この御嬢様には必須だった。マヤの会社での仕事中は私がフォローするから問題なかった。


「とりあえず運んで食べましょう。ノルマ一人五キロね」


 桜子は前向きだね。私はその半分だって食べ切れないので焼いた肉を片っ端等から包んで持ち帰る事になりそうだ。マヤと桜子は大食いだから会長が一応配慮したのかもしれず、責めるのは止めた。金塊の時もそうだったけど、社長とか会長とか立場が偉くなると、豪快に大雑把になりがちなのかね。


 事務員として頑張って来たけれど、肉を焼く職人として頑張って来た事はない。能力も授かっていない。それに今欲しい能力は肉を焼く能力ではなくて、筋力だ。だって肉のみじゃなく、他の食材や容器に、燃料やら水やら、運ぶのだけでひと苦労だからだ。


 車体の大きさに対してトランクの大きさは普通なのによく積めたよね。車内よく見てなかったけど、乗車席にアウトドア用のカートにテントやテーブルセットやクーラーボックスまで積んでいたのかな。


 カートが意味ないくらいパンパンの大荷物。キャンピングカーで乗り込めるキャンプ場の方が早くね?


「大丈夫だよ。私に任せたまえ」


 重たい水や燃料などはカートに積む。一纏めにした荷物を持てるだけ持とうとして運びかけると、なんだか軽かった。真守会長がニヤニヤしているので、彼女が何か能力を使っているのは間違いない。


「人目がなくて良かったわね。ジーコの体格でその大きなリュックを背負うのは、なかなかシュールな光景だわ」


 確かに自分がまるまって入れてしまいそうなリュックと山のような荷物のカートを押す小柄な女性がいたら、頭がバグる。


 桜子は細い見た目より、筋力はあるので肉20キロくらい軽く持ち上がる。いや軽々持っちゃ駄目な重さだよ。脚力は知っていたけど、どうやら全身に力が漲っていたようだ。そういやマヤの首根っこを猫をつまむように持ち上げていたな。


 ……私は自分の目を信じたくなくて、記憶を封印して忘れていた。


「どうしてこの化け物と奇人の中に私はいるんだろうか」


「ジーコ、なにか言った?」


「空気がうまいって言ったの」


「そうだね。お天気が少し心配だけど、いかにも高原って感じがしていいよね」


 人体の不思議は置いておくとして、やっぱり桜子はいいね。なんだか会長が褒めてほしそうに待っているけれど、こんな大荷物になった原因を私は忘れてないよ。


「むぅ、君はなかなか芯が強くてブレないね」


 今度は拗ねて私と桜子の周りをウロウロしだした。マヤが真似をして荷物と一緒に回りだす。


「人がいなくて本当に良かったよ」


 正確にはいる。たぶん、あれはたまごの護衛と和菓子屋のリーさんだ。それに顔色の良くない男に圧のおかしな少女が助手君と運転手さんといるみたい。大荷物は彼らの慰労も兼ねてるのかもしれない。


 食べ切れないのを見越して呼ぶつもりなのだろうけど、たまごの護衛とリーさんは桜子にブッ飛ばされる可能性がある。


「私が頃合いを図りますから、会長は大人しくしていて下さいよ」


 社会的な交友関係を築くのは得意でも、友達付き合いは苦手な会長は頷く。通じたようで何よりだ。あとは肉を焼きつつ、マヤに手伝ってもらおう。


「先客いたんだね。あれ、でも運転手さんに助手君よね」


 会長にテレパシーを使わせて、会長の陰の護衛達を誘導してもらった。物を運ぶ時といい、携帯機器なしで連絡出来る事といい、一家に一台あると便利なやつみたいだよね。


「私の能力を知りながら、便利な家電扱いするのはハラスメントに該当するぞ」


「口に出してないのでセーフです。だいたい先に心を覗き見る方が悪いですし」


 能力ある事を隠していきなり追及すれば、冤罪だ。便利な能力を持っていようといまいと、他に事例がなければ信用されない痛い女だ。能力なんざ、私のようにぼやくぐらいがちょうどいい。


「うごっ」


 急に荷物が重くなった。


「ちょっとジーコ、会長に何を言ったのよ」


「何も言ってないよ。客観的事実をソフトに思い浮かべただけよ」


 これでもサイキッカーの会長に配慮して、柔らかマイルドな言葉で思考したんだよ。ダメージ負うなら、勝手に人の頭を覗き見る癖を止めればいいだけ。ちょっと特殊能力あるくらいで世間ズレしてるようじゃ駄目人間になるよ。


「くっ、容赦ない追撃と追言。さすがだよ、ジーコ……いや白幡 由希子」


 また何かツボったのか、あだ名ではなくて、フルネームで呼んだ。御時世的にあだ名はよろしくないから、名前で呼んで、愛称で呼ぶつもりだろうね。


「ちょっとジーコ、やめなって。せめて到着するまでぼやくの禁止」


 私が一方的に心を抉ったようで、会長は泣きそうだった。桜子が止めるなら仕方ない、マヤと話して気分を変えよう。


 したたかな会長の計算通り、桜子が会長を慰めて、名前で呼び合いたいと言い出し了承を得ていた。


 まったく、世話の焼ける上司を持つと苦労する。会長は親会社のグループの会長であって、上司じゃないけどね。


 私達はこの日から互いに名前で呼び合うようになった。私も事務員ではなくなったのでジーコを卒業する、ちょうどいい機会だった。


 私は由希子。マヤと桜子はそのままマヤと桜子。会長は葉摘になった。海外では普通でも、なんか距離感が縮まり過ぎて変な感じだ。


 そして意を汲んで会長……じゃなくて葉摘をぼやき倒した私は、なぜか葉摘にいままで以上に信頼された。助手君、ヘルプ!



 何かを察した助手君が駆けつけてくれて、手分けして荷物を運ぶのを手伝ってくれた。進藤 啓斗(しんどう けいと)と言ったかな。私と同じで根っからの庶民。大学のサークルで真守葉摘と知り合ったそうだ。かなりの美人だけど、オカルト研究会とか普通入らないよ。


 まあ本人も先輩目当てと認めていたし、彼女の美貌を巡り事件もあったようだ。犯人はいまだ行方不明だそうだ。


「どうせ証拠が残らないくらいに消し済じゃなくて……消し炭でしょ」


 あぶねぇ、親父ギャグる所だった。センスないギャグは桜子にからかわれるからね。助手君が来たので葉摘は彼に任せた。桜子はマヤの面倒を見ている。なんか木星人の縄張りかもと言い出したので面倒臭い。それ、土星人かもしれないよ。


「ジー……じゃなかった。由希子、マヤが興奮するから余計な事を言わないの」


 興奮させると金魚人を呼ぶからね。呼ぶというか、ワラワラやって来る。昆虫かよって思うくらいやって来る。試したくなるじゃない? でも桜子がブチキレたらもっと怖いのでしないよ。


 護衛だって、桜子に運転手さんにリーさんがいる。リーさんは葉摘より桜子を庇いそうでいらないんだけどね。


 ()()が増えそうなので、少数精鋭の方が良いのかもしれない。とりあえず今はみんな肉を焼くので食べてほしい。六人増えたので一人当たりのノルマは2キロになったよ。マヤと桜子がいっぱい食べてくれるので私のノルマは500グラムで済みそうだ。


 煙を気にせず豪快に肉を焼くのは楽しいね。塊のまんまだと分厚いので時間掛かり過ぎるから、リーさんに切り分けてもらった。流石は菓子職人見習いだよ。


「菓子職人見習いがナイフ捌き上手いわけないじゃない」


 桜子の早いツッコミいただきました。リーさんは元エージェントだからナイフの扱いが上手でした。そしてたまごは火元に近づくんじゃないよ。花火の惨劇は食べ終わってからにしてよね。


「肉、ウマイ」


 顔色の悪い青年と、あどけない少女のカップルはバーベキュー自体初めての体験なんだね。


「葉摘の親戚なんでしょう? なんだか禍々しいけど大丈夫なの?」


 桜子の問はもっともだよ。私にも見えるよ、なんか黒い煙。バーベキューの肉の焼ける煙と違って不味そうだ。


「!」


 二人から睨まれた。この二人も特殊な能力の持ち主確定だね。ただ少女の反応が幼い。葉摘と違って場数は踏んでない気がする。どこかマヤと似ていて放っておけないから、頑張って守るんだよ顔色の悪い青年君よ。


 肉と野菜が次々となくなっていく。助手君が、ごはんを炊いてくれたので私は肉焼き係りに専念出来る。リーさんには野菜のカットもお願いした。カットが終わった後は、たまごの護衛と運転手さんと予備のテーブルで肉をもりもり食べてもらう。


 マヤと桜子はバーベキューの竈門近くに陣取らせて焼いた側から肉を与えている。葉摘は顔色の悪い二人と仲良くバーベキューを楽しませておいた。


「替わろうか、由希子?」


「まだまだ大量に焼くから、桜子は座っていなよ。それに私もツマミ食いで食べてるから気にしないで」


 ご飯を炊いた後、助手君も葉摘のいるテーブルに座らせて肉を積んだ。料理は得意ではないけれど、これは楽しい。良いお肉な上に、バーベキュード素人の私らのために、肉も野菜も下ごしらえ済なのが助かる。


 雛鳥に餌を与えてる気分だよ。20キロの肉はあっと言う間になくなった。マヤと桜子、張り合って競争していたけど二人で半分以上食ったんじゃないかな。


「食後のデザートのアイスを食べたら片付けるよ。葉摘、その二人は戦えるのよね」


「何を言ってるのよ、由希子?」


 やだなぁ、桜子ってば。お酒好きの貴女がお酒をまったく飲んでないじゃない。怪しい気配に気がついていて、あれだけの肉を食べるんだから凄いよね。どうなってるのよ、そのお腹。食後すぐに激しい運動大丈夫なのか少し心配だよ。


「マヤ以外は気づいていたようだね。ちなみにこの二人は戦える」


「なら食後の片付けに借りるよ。私は戦えないからね」


「ジーコさん、いや由希子さん。ボクも手伝いましょう」


 リーさん、桜子に良い所を見せたいんだね。強い本人の側にいるより、クソ雑魚な私を守る事で有り難みが倍増する。流石はエージェントだっただけあるよ。


「オー、神様。由希子は悪魔ネ」


 急に胡散臭い片言の日本語とか嘘っぽいから止めた方がよいよ。桜子は僕が守るって言ってるのを期待したのに小賢しい。


「由希子……戦う前から戦意を削ぐのは止めなさい」


 桜子に叱られた。本当はね私も桜子に守ってもらいたいんだよ。由希子は私の親友、だから私が守る!


 ビシッと決めポーズ付きでそんなセリフを吐かれた日には、惚れてしまうよね。


 ゴンッ!!


 桜子からゲンコツいただきました。


「馬鹿な事ぼやいてないで、みんなで洗い場に移動するよ」


 テントはたまごの護衛がたまご爆弾を仕掛けていた。敵対者がエージェントなら爆弾に、管理者が片付けに来るならたまご爆弾になるそうだ。あいつ、爆弾使いだったっけ?


 まあマヤと葉摘の近辺には敵も味方もおかしなのが多いから気にすると損だ。エージェントなら、そもそも怪しいテントに近づかないものだ。


 洗い場はバーベキューしていた所より入口近くにある。トイレが防壁がわりにあり、守りを固めるのにいいようだ。


「雪山の時のように、私達だけを囮にしないだけマシ……と言いたいけどさ。マヤと葉摘と揃って狙われるのは悪手じゃないの?」


 真守葉摘は策士だ。ごり押しして来た時点で何かあると思っていた。


「相変わらず鋭いね君は。今回は裏切り者の炙り出しだったのさ」


 肉だけに炙るって────面白い冗談だよ。葉摘が真っ赤になった。そういう意図で言ったんじゃなかったようだ。


「その二人を連れて来たのは真偽を確かめる為でね。それで、どうだい」


 葉摘が立ち直り、いつもの調子を取り戻す。


「黒ですね」


 浦守 武(うらがみ たけし)という顔色の悪い青年は、面倒そうに言った。バーベキューの間、楽しんで見えたのは少女の笑顔が見れたからだろう。今は仕事モード全開で二人共、表情が硬かった。


「充分だ。桜子と一緒に、由希子とマヤを頼むよ」


 葉摘の言葉に二人は無言で頷く。ゲフッっと少女の口から可愛らしい(ゲップ)が漏れた。あの大量のお肉も、作戦の内なんだよね? 裏切り者がいるのに、みんな大量に食っていたけど……。


「私、武、それに君と、三者の目と感性の網から逃れるのは容易じゃないのさ」


 桜子じゃなくて、なんで私? あぁ、調理担当だからか。


「先に毒でも仕込んであれば、君は気づく。調理中は見事なまでに隙がない。怪しい挙動を取れば桜子も気づくナイスな配膳だったよ」


 いや偶然だっての。たらふく食うマヤと桜子だもん。離れたテーブルに何度も運ぶのはダルい。毒を盛られても、どのみち葉摘が気づくだろうし。だいたい葉摘の行動から、怪しい気配は気づいていたけど、裏切り者がいたなんて知るかっての。


 葉摘が目を泳がせた。なんかドヤってたのにゴメンね。でもね、聞いてほしい。私は数ある能力を神様から授かっているわけだけど、ぼやく以外に使える能力なんざ貰ってないんだよ。ガチの一般人に過剰な期待をかけるのは止めようよ。


「由希子……貴女のぼやきは心を抉る武器なの。いい加減学習しなさいよ」


 心を挫かされた葉摘に替わり、桜子が間に割って入った。その鋭い蹴りは運転手さんの手にしていたナイフを宙へと舞わせていた。


「マヤ! 由希子の側にいて!」


 急に戦闘が始まった。裏切り者は運転手だった老人。長年真守家に仕えていた執事のような人なのに。忍び寄る気配も、葉摘が膝をついた瞬間ワラワラと飛び出して来た。いや、なんか本当にすまない。


 ドォーン!!


 開戦と同時に、放置したままのテントが爆発した。雪山の時といい、エージェント共って爆発大好きだよね。


 桜子は浦守武青年とテルヒメ少女と一緒にマヤと私を守りつつ、応戦する。進藤啓斗助手は、リーさんとたまごの護衛が守っていた。


 葉摘は単独で銃弾から私達全員を守りつつ、運転手と戦っているので特殊能力がなかなか使えない。


「桜子、葉摘のフォローしてあげて」


 このまま守りながらの戦いだと数で負ける。運転手がジジイなのに中々手強いみたい。いい歳なんだからギックリ腰にでもなればいいのに。


「ぐぉっ!」


 ────まじ?


 運転手は急に動きが鈍ったようだ。私の能力がついに開花したのかもしれない。


「ハッハ〜食べ過ぎだよ、爺。悪意のない由希子の肉責めを避けられなかったのが敗因さ」


 能力じゃなかった。食べ過ぎによる腹痛だったよ。だって裏切り者なんて知らなかったし、残すのは美学に反する。


 葉摘の守りに加えて、悪意や殺意ある攻撃を弾くテルヒメちゃんの結界でマヤも私も守られていた。


 私の言葉の意味を理解した桜子が、一瞬の隙を突くいて動く。桜子は運転手の死角から、強烈な蹴りをお見舞いした。葉摘もそれに合わせて運転手を無力化させる。まだ消さないのは尋問のためだろう。


「テントの爆発で四名死傷、残るは三十名というところか」


 飛び道具が効かないとわかり、三十名のエージェントの内、二十名が突撃して来た。素人の私にもわかるくらい殺意が凄い。これはいつもの人さらい連中ではない。


「リー! 武! マヤ達を守れ。桜子は迎撃、たまごは私と狩りだ」


 おぉ、葉摘が格好いい。助手君は運転手の老人を縛りあげ、口を塞ぎ、調理器具の入っていた布袋を頭から被せ視界を奪っていた。


「あとは彼女の仕事だ」


 荒事に随分と慣れていらっしゃる。桜子とリーさんは向かって来る相手を二手に分かれ倒していく。


 桜子は考えるより先に身体が動く。私も人の事は言えないけれど、しょっちゅう襲われてるので動じなくなるものだ。


 桜子と共闘しているせいか、リーさんが張り切り過ぎてキモい。おっと、戦意を削ぐからぼやきは禁止だっけ。マヤの真似をして、脳天気に声援を送ろう。



 ────花見の宴を狙った襲撃は、敵陣営の壊滅で終わった。マヤを殺しても構わないとの指令が出ていたので、遠慮のない殺意と銃器が向けられた分、新人の能力が役に立ったようだ。


「それで、結局この運転手の正体はなんだったの?」


 意識を取り戻した運転手は、情報を与えないために自害した。助手君が頭から袋を被せたのは視界を奪うためではなくて、グロい光景を見せない配慮だったようだ。記憶を脳から取られないために、頭を破壊する小型爆弾を埋め込んでいたのだとか。


「彼らは某国のエージェント達と組んだ、マヤとは別の異星人だよ」


 花の咲いていない森から戻って来た葉摘が、私の疑問に答えてくれた。一人で隠れていた連中全て始末して来たんだね。なんだかんだ一番ヤバいのは葉摘だ。そして桜子もだ。蹴り一つで鍛えられたエージェントの筋肉を破壊するとか空手家もびっくりだよ。


「……マヤの騒いでいたのが、当たりだったわけね。マヤ、心当たりはあるの?」


 木星人や土星人か。金星人とのたまうマヤを殺すのを躊躇わないあたり、敵対していた異星人には違いない。


「ん~~、滅んだ火星人の生き残りかもしれない」


 適当だな。マヤはお姫様のようだし、武闘派でもないから知らないだけかな。会社に戻って金魚人達に聞けばわかるかもしれないね。


 ◇


 雨がポツポツと降り出したので、私達は後片付けを早々に済ませて帰る事にした。リムジンは破壊されてしまっていたので助手君が別の車の手配を済ませていた。何気に有能だよ、助手の進藤啓斗君は。


「サプライズで、お花見お見合い会を催すつもりだったんだよ」


 ────助手君、いま何て?


 こっそり逃げようとする葉摘の襟首を、桜子が捕まえた。葉摘(こいつ)が余計な事を企画したから招かざる客が来たのが確定した。


「助手君、企画概要の文言を見せてくれる」


 葉摘が能力で妨害を試みるが、桜子がくすぐり攻撃をして防ぐ。渡されたリストには私と桜子の他にマヤの名前もあった。葉摘(こいつ)、アホだ。地位も能力もあり、頭もキレるのにどこか抜けてる。嬉々として情報を流せば、そりゃヤバい連中だって群がるよ。むしろ連中もバカじゃないから、罠を疑ったんじゃないだろうか。


 裏切り者の運転手も、慎重に潜入行為を続けていたから見つからずに済んでいた。容疑がかかっても葉摘の能力を知っているのなら誤魔化す術はあるからだ。


「由希子のおかげで不自然な思考の羅列は、見破る事が出来るようになったのだよ」


 得意気に話すけれど、私の中のうっかりさん認定は消えないよ。あと私はお花見がしたかったんだ。早急に雪山の別荘を復旧し、温泉で雪見と花見が楽しめるように要求するよ。暖炉の魔人の旨いおでん鍋を肴に、のんびり酒を酌み交わしながら……今度こそ桜子と恋バナをするんだ。


 参加資格はぼっちのみ。葉摘と助手君、顔色の悪い二人は却下。リア充は死ねとは言わないけど、去れ。


 それにリーさん、貴方は三日月堂の孫娘さんに惚れられて猛アタックを受けているはず。町の名物を絶やさぬ為にも、とっとと桜子は諦め跡を継いでほしいものよね。




 

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