不都合な事実は見たくないもの
警察に通報し、後始末で揉めた以外は問題なく処理が終わった。大人の男七人が大学生カップルを襲う理由や、どうやって傷一つ負わず無力化したのか、事実を述べたのだが現場の警官が納得せず揉めた。
警官がデータベースを管理する部署に問い合わせ、葉摘先輩については不問となった。先輩は警察からの依頼もこなした事があったようだ。
スタンガンを持っていた理由も、以前暴漢に襲われた為の用心で済んだ。最初から警察側は真守の名に反応していたように見えた。たぶん素直にデータを調べたのは、深入りを避けたように思う。
事の顛末については、後で警官から報告してもらう。協力的なのは、上からの指示なのだろう。先輩が何をやらかしたのか気になる所だよね。
ホテル内には襲撃犯の仲間が働いていた。雇用されたのは、青木 理沙の事故の件の後だ。再就職先を辞めてまで復讐に参加したようだった。逆恨みで本当に悪いのは他にいるというのに、先輩も大変だ。
「他人事のように言うが、君もすでに巻き込まれているのだよ」
確かにそうなんだよな。巻き込んでるのは先輩なのに、知らん顔をしている。
彼らは先輩を誘拐、脅迫に利用するつもりでいたようだ。脅す為のナイフだったが、最悪殺して恨みを晴らすつもりで携行していたそうだ。
「事業の失敗の逆恨み、といいたい所だがね。道路計画を推進し地元の交通に変化を与え、生活環境を狂わせたのは真守の子会社なのは事実なのだよ」
事実は事実と葉摘先輩は割り切る。実際は町の発展のために、協議して全員一致で賛成している。町の議員を選出した町民や、事業主として交通の流れの変化を考えなかった彼らの能力不足なのかもしれない。
商売人としては失格かも。しかし逆恨みする連中にはそんな理屈は通じないから事件になった。
先輩はむしろその環境を改善しようと、わざわざ罠を踏み抜きにやって来た。行動原理がよくわからない先輩だよ。
「問題はすでに解決したというのに、君はまだ依頼主にこだわっているのかね。それについてのヒントは昨日、出ているじゃないか」
葉摘先輩は自分が天才肌なものだから、凡人の能力の見積もりが甘いのだ。あれで確証が持てるほど、俺の頭は良くないんだぞ。
「逆ギレかい、まったく。理沙君との約束の時間までまだある。解説動画の入り部分を、先に作っておこうじゃないか」
朝になったら青木 理沙と、もう一度会う約束をしてあった。襲撃のせいで俺は寝不足気味だが、先輩は元気いっぱいだ。冴えない俺の表情が、配信用の映像にリアル感が出るのがちょうど良いらしい。
観る客層にも寄るが、先輩は視聴層の需要を高めようなんて思ってないよね。編集は後で行うとして、撮れるものは引き続き撮ってしまう事になった。
「まず今回の依頼の件についてだな。きっかけと情報の出どころは青木 理沙君の出した手紙で間違いないだろう」
昨日の夕方、本人である青木 理沙という少女が証言している。当時出したという手紙は二通。それと理沙に先に手紙を送って来たのは、友達の方だ。
理沙から二通の手紙を送ったのは手紙を受け取った直後の、最初だけ。それからはお互いに手紙のやり取りを楽しんでいたそうだ。
「情報伝達ツールの発達したこのご時世に、手紙のやり取りなんて珍しい事ですよね」
「日常の出来事なんて、毎日代わり映えするようなものではないのだろう。発達したツールで連絡する内容なんて尚更だ」
流石ぼっち歴の長い先輩らしいものの見方だ。揶揄すると怒られそうなので止めておく。つまらないやり取りを繰り返すよりは、手紙の方が楽しめるというのは俺にもわかる。
「ですが……なんであの娘は二通の手紙なんて出したんでしょうか。友達だって結局見るってわかっていたようですし。襲撃事件が起きたのも、普通に考えるとなんか青木 理沙のせいみたいじゃないですか」
いや、そうなるように依頼主が仕組んだのか。一応俺はわからない様子を撮ってもらう。まあ、本当にわかっていないのだが。
俺にわかるのは、無関係の人間がそんな手を込んだ真似をする意味がないという事だ。産業スパイだって、強襲なんてリスクの高い真似はしないと思う。唆して行動させたのなら、あり得るかな。
「呪われた魔の交差点の噂については、事故の起きる前からあったようだね。今回の場合は理沙君が実際に事故を体験した事で、危機感が生じたと考えるのが普通だな。私を誘拐する罠に利用しようとするなら、無害な証言者の役目は必要性も高い」
先輩を誘き出すのに、青木 理沙という少女はうってつけの存在だった。もともと目立たず、何かに怯える少女。
だから俺は、逆に考えたのだ。
青木 理沙が先輩を誘き出すために依頼をかけたのではと疑っている。先輩はあっさり彼女は違うと言っていたが、あれも油断を誘うためかもしれないから。
「君は肝心な事を忘れているようだね。おばあちゃんがいると仮定しようか。彼女が本当に守りたい相手は誰だね。先に言っておくが、友達は幽霊などではないぞ」
幽霊というか、友達の存在は疑ったよ。警察は簡単にしか教えてくれなかったので、俺達は青木 理沙の証言しか事件についての証言が得られていない。中学生の頃の友達というのも事故で亡くなっていて、その子の父親と結託して事に及んだ可能性を考えたのだ。
「……彼女の話しを信じるとして、おばあちゃんが守りたいのは、あくまで友達の方ですよね」
「理沙君が返信に二通送った事や襲撃計画はノイズと思いたまえ。手紙はどっちから送ったのかね」
シンプルにまず考えると、全ての始まりは青木 理沙ではない。手紙が届いた事で、襲撃計画のきっかけを生んだだけ。
「そうか、手紙は友達の方から送って来たんだっけ。あれ、それじゃあ青木 理沙は依頼主を装う黒幕でも協力者……でもないのか?」
「そういう事だ。第一理沙君は友達側の詳しい事情などは知らないだろうからね。彼女も自分が利用された事には、気づいたようだ」
今どきの子にしてはやり方が古い、その事にも理由があった。葉摘先輩誘拐計画を立てた、友達の父親側の経済状況を考えると納得出来る。それに手紙なら、最悪証拠を燃やせる。子供達にやり取りさせることは、襲撃犯側にも都合が良かったのだろう。
真守 葉摘誘拐計画の立案者は青木 理沙の友人の父親で間違いない。借金による生活苦を脱するために、娘の友人の事故を利用しようと考えたのだ。
誘拐計画そのものは、現代の手法としてはお粗末だった。切羽詰まって余裕がなかったせいもある。優秀なブレーンがいたなら、そもそも事業に失敗する事はなかった。
「────友達からの手紙は、本当は友達からのSOSだったわけですか?」
「そういう事になるかね」
「では依頼主というのは、青木 理沙の友達?」
「半分正解と言ったところか。さて、そろそろ答え合わせの時間としようか。理沙君も知る必要があるからね」
先輩が楽しそうに微笑う。襲われて死ぬかもしれなかったというのに、嗜好が満たされる方が優先されるらしい。
「はぁ、面倒な。そもそも先輩も死者からのメッセージなんて大仰な言い方をしましたが、種がわかればただの釣り文じゃないですか。餌に釣られてノコノコとやって来た、うかつな先輩が引っかかっただけですよね」
答えの欲しい俺が思わずボヤくと、先輩が無言で俺の頭をヘッドロックで締めた。……痛い、けど柔らかくていい香りがして気持ちいい。
「あの……おはようございます」
朝っぱらから町の公園でふざけるバカなカップルに、女子高生が声をかけてきた。初見ならば勇気を褒めたいタイミングだ。
「おはよう。約束通りに来たと言うことは、全部話す気になったのかね」
先輩の言葉に、少女はコクリと頷く。ようやく依頼主の真相を先輩が話す気になったようだ。
俺の先程の呟きが的を得ていたので、先輩にゴネられると配信が困る。まあ依頼主は気になるが、誰が依頼主でも先輩が釣り出されたのは確かだからね。
「まず最初に来た手紙についてだが、来たのは友達の側からで間違いないのだね」
「はい。届いたのは友達が書いたものです。ただ手紙には、おばあちゃんの気配があったから」
それは視える彼女だからこそわかった事だ。ただ視える事を隠すのなら二通返す意味がわからないままだ。
「単純に考えよと言っただろう。理沙君、説明をしたまえ」
「あっはい。あの、私は何かを意図するつもりは本当になかったんです」
「咎めるわけではないから、この変態男にもわかるように話したまえ」
ぐっ……さっきのは先輩からやったくせに。そしてそこの現役女子高生は一歩退く。
「返信するつもりですでに書いてあった手紙と、すぐに伝えなくてはいけない手紙が出来たんです。おばあちゃんにありがとうと伝える意味もあって」
青木 理沙には他意はなかった。それ以降の手紙は一通ずつ返信している。手紙にはいつも理沙を守ってあげたい、そう書かれていたようだ。
「なるほど。それを勘違いしたわけか」
少女の心あたたまるエピソードに、先輩がドキッとするような言葉で切った。
「どういう事なんですか?」
俺と、青木 理沙の問いが被る。
「困っている人間の心理に働く、利害の観点から考えてみたまえ」
「う〜ん、ギブ・アンド・テイクって事ですか。守ってあげたいは、守ってほしいとか」
「そういう事だ。理沙君に現状をどうこう出来ると、友達も本気で考えてはいまい。だが隠れ見える本音が『守ってあげたい』になったのだろうね」
先輩の無情な言葉に、理沙の表情が真っ青になる。交わす手紙は月に一度程度。彼女は手紙をやり取り出来るくらい余裕があると考えていた。
「あえて霊的に言うと反転した言葉によって書かれる事がある。また父親の状況を考えると、素直に助けてとは言えないだろうと想像がつくな」
少女がボロボロと涙を流して泣いた。友達がどういう状況で手紙を書いていたのか、一通ずつ思い返す度に懺悔の念に責められているようだった。
「もう一つ、悪い知らせを伝えておこうか。手紙の友達に憑いていたものが悪霊化し、理沙君の同級生を死に追いやった可能性がある」
「先輩……」
なにも懺悔の痛みでのたうつ少女に、容赦なく心を抉りにいかなくても、俺は頭を抱えた。俺が理沙という少女の立場なら狂いそうだ。
「同級生達と親友になりかけていたのだろう? ああ、ただ気に病む必要はない。君の初めの友達は手紙の返信をもらうまで、新しい友達の事は知らない。友達の嫉妬は君に向かっていたわけだから、生霊の恨みみたいなものか。むしろ落ちぶれるのが早まったのは、その子自身の心の問題だ」
先輩は冷たく言い放つ。事業の失敗も生活の困窮も、友達と父親自身が招いた事だ。理沙のせいではない。
「じゃあ、あの子は今、自分の悪霊に取り憑かれているのですか?」
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、青木 理沙は懸命に自分を立て直した。
「さて、どうかな。気になるのなら、目を開いて自分の足で確認しに行きたまえ。それと理沙君。君は『視えてる』のだろう。菊という名前のおばあちゃんはいる。ただし、その友達ではなくて魔の交差点のきっかけになった男の母としてね」
実際に理沙を守っていたのは、魔の交差点の発端となった自転車に乗っていて亡くなった男だ。先輩が言うには、事故を止めようと、煩いらしい。
その男のおばあちゃんは、理沙と最初に会った工事中の敷地、いまは取り壊されてなくなった家に住んでいた。三人兄弟のお兄さんで、下の兄弟が生まれる前に亡くなったのだと後で知った。
空き家に居着いていたおじいちゃんも、ずっと息子の事を心配していた。
「さて理沙君。臆病なのは仕方ない。しかし君の罪は君がわかっているように、黙っていた事だ」
先輩が怒っている。能力があるのに、我が身かわいさに使わず惨劇を招いたからだろう。いや、そうじゃないか。これは先輩から青木 理沙に対して、今後への叱咤だ。
「情報伝達ツールの発達したいまの世の中なら、こっそりメッセージを飛ばすなど造作もない事だ。その心の痛みは、臆病ゆえに義務を怠った報いと思いたまえ────……」
……やっべぇ、先輩がオカルトゾーンに入って何を言っているのかよく分からなくなってる。
カメラを回していて、まだ良かったよ。閑静な町なかの公園で、朝早くから電波な熱弁を振るう女子大生とか明らかにヤバい。泣いてる女子高生が絵面を引き立てているんだよ────
────俺の心配とは裏腹に、先輩の言葉が青木 理沙には響いたようだ。先輩の怒りは、もっと早くメッセージを届けていれば助かった生命や、侵さずに済んだ罪があったからだと思う。
オカルト研究会へメッセージを送ったのは誰だったのか。先輩はあえて明言を避けているようだ。青木 理沙という少女は、本人が思っているよりも人気者で、いろんな人や存在から守られていた。
本人はいろいろと視えるつもりだったが、そうした人の好意までは視えていなかったようだ。
魔の交差点に関する調査はこれで終わり、提示された解決策を行い、以前よりは事故が起きる数が減ったそう。
地元の事業主達を一層し、大型店舗が建設された。おかげで強烈に目を刺す西日という、魔の交差点の事故のもう一つの要因が解決されたのが最後に調査してわかった。
人々の思惑、自然的な要因が絡み合ううちに歪みというものは生じる。この町の交差点は、人々都魔が行き交うのに適していた場所の一つに過ぎない。
身近な生活の中で、違和感を覚えたのならよく観察してみてほしい。不安ならば我々が相談に乗るよ。