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真守葉摘が微笑む時   作者: モモル24号
真守葉摘が微笑む時
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メッセージを送ったのは誰だったのか

 その少女はまだ高校生だった。弱々しい歩き方で、駅から続く歩道を交差点に向かって歩いて来た。


 俺が声を掛けようとすると先輩が止めた。少女はあまり目が見えていないようだったからだ。まったく見えていないわけではなく、白杖を使って視覚に障害があることを知らせているようだった。


『急に話しかけると警戒を強める。君は黙っていたまえ』


 先輩から俺のスマホ宛に、メッセージが届いた。信用がないと言うか、普通に不審者扱いされないように配慮してくれたようだ。メッセージなのに語尾は黙っていたまえ、かいっと思った。


 少女は顔をあげ、薄目を開けるような仕草で先輩と俺から離れた。どれくらい見えているのかわからないので、怯えさせないように俺はジッと待つ。

 

「君は青山 理沙さんだね。私は真守 葉摘というものだ」


「ちょっ、ストレートに……」


 しまった。この葉摘先輩は素性と趣味のせいで、人間関係の構築が、下手なのを忘れていた。撮影よりも、聞き込みのシュミレーションをやっておくべきだった。


 急に話しかけられて、青木 理沙という少女は明らかに引いた。視覚に障害があるのに、後ずさりなんて危ない。ただ、先輩も動かないので少女は止まった。


「君に伝言を頼まれてやって来たんだ。菊池のおばあちゃんから、君の名前も聞いたのだよ」


 配信用に読み上げた撮影では、個人情報や場所の特定に繋がるようなワードは言葉を濁したり、変えたりしていた。おばあちゃんが菊池なのは俺も初耳だよ、先輩。


 少女はおばあちゃんの名前に心当たりがあったようで、葉摘先輩に興味を持ったように見えた。


「私とそこにいる助手の進藤 啓斗は、おばあちゃんからの依頼を受けて君に会いに来たのだよ。啓斗、別撮りした君の音声を聞かせてやりたまえ」


 葉摘先輩は少女の手を取ると、通行の邪魔にならない場所に移動した。


「死者からのメッセージとは信じ難いのだが、内容を聞いて正しいのかどうか判別して欲しいのだよ」


「わかりました。信じてもらえるかどうかわからないけど……菊池のおばあちゃんと言うのは、私の親友だった娘に憑いていた幽霊なんです」


 青木 理沙とオカルト研究会にメッセージを送って来た依頼主の菊池のおばあちゃんの接点は、少女が視える事に気づいた事が始まりだそうだ。客観的には、少女が一方的に「視えた」だけの存在。友達は理沙がおばあちゃんの事を知っている事は知らない。


 その存在がいるのかいないのか、証明するのは少女だけ。あとは父親が事業で失敗して引っ越してしまった、理沙の友達──その身内にしか出来ない事になる。


 友達となった時点で、すで亡くなっている人物。青木 理沙という少女が、その人物を知っているのは、奇妙な話しだ。少女が話す通りに視えているか、友達が知らせていないと、わからないことだろう。


 青木 理沙がおばあちゃんの事を知っていたとしても、亡くなった人物の名を名乗る依頼主が、彼女の事を知っている理由に紐づけるのはまだ早い。先輩も疑問点を感じているのか、少女に話しを続けさせた。


「私は幼い頃から視えていたんです。例えばここは、取り壊される前までおじいちゃんが住んでいました。敷地の家主だったおじいちゃんが亡くなってからも、ずっと住んでいたんです」


 いや、その例えは伝わらないだろう、俺はそう思った。


「ふむ。視えている事を知られないように振る舞うのは、防霊的には正しいね。おじいちゃんはまだいるようだね」


 先輩、この手の話しになる相手とのコミュ力は高かった。きっと信じたわけじゃないが、否定もしない。


「いまは……わかりません。あなたは視えるのですね」


 葉摘先輩は少女が震えているのに気づき、手を握ったまま肯定する。人づきあいは下手くそだが、オカルト関連なら、この人の右に出る者はいない。おじいちゃんは工事に何を思っているのやら。


「昔いじめられた事があって、視える事はずっと秘密にしていました。ただそのせいで友達が事故に遭って亡くなった子もいて……注意しておけば良かったのかな」


 青木 理沙は死相のようなものまで視えていたそうだ。彼女の話しでは高校生になってから出来た友達がいた。一人は真面目で理沙と気が合う少女。もう一人は視えていないのに視えると(うそぶ)く偽の霊感少女だった。


 青木 理沙が先輩へ躊躇いがちに呟いたのは、そうした似非霊能者を見て来たからなのだろうと勝手に俺は推測する。


 亡くなった友達は理沙と仲良くなりかけていた矢先に事故に遭った。その事故に直線関与していたもう一人の偽の霊感少女が恨まれて、新聞記事にもなった自転車と車の多重衝突事故となった。


「その時から、その目は見えづらくなったわけだね」


「はい。ぼんやりとすりガラスを通したように見えるのですが、視てはいけないものはもう……」


 少女は亡くなった友達に申し訳なくて、因縁を持った偽の霊感少女と一緒に死ぬつもりだったそうだ。


「たぶん……おばあちゃんが守ってくれたのです。事故に巻き込まれたのは私と二人の男の子でした。彼らは無関係なので、掠り傷で済みました」


 視えなくなった事で、亡くなった友達が恨みを残しているかわからない様子だ。偽の霊感少女に取り憑いているかも確認出来ないらしい。


「なるほど。その件については多少は調べられたにせよ、当事者にしかわからない話しだな。そして、菊池のおばあちゃんを名乗る依頼主は、この通り君の話しと寸分違わず話してくれた」


 先輩が難しい顔になった。事故の話しはあくまで少女の体験。他人が知る事の出来る内容ではない。


「ふむ。まずは先に謝らせてもらうとしよう。その敷地におじいちゃんはいない。取り壊しの前に供養され成仏されたようだ。それと君の方も私を試したようだね」


「えっ?」


 思わず俺は葉摘先輩と、彼女に手を握られたままの少女を見る。目を閉じ、心を閉ざしているのかいまは表情に怯えもなかった。


「一応この依頼、私は自作自演を疑ったわけだが……違うようだな。ちなみにこの事は誰かに話した事はあるのかね」


 青木 理沙は首を振った。あまり話すといけないと思ったようだ。誰に? 先輩に──だ。めっちゃ怯えて警戒してるのに、先輩は握った手を放さない。


「まあ、いいさ。この交差点での事故への対策は、私から神社と役所に提案しておく。自転車の男も、あの横道になった参道の位置に信号を設置するだけで、事故は減るだろうと言っているからね」


 緩い坂で思わぬスピードが出ると言うのならば、出せる状況を変えると良い。交差点から見ると坂を正面に西側に旧参道がある。自転車が駆け下りて来るのは東側になる。


「聞いた話しと違う……」


 青木 理沙は何か小さく呟いたようだ。何か企んでいたのだろうか。寒いのか、冷や汗をかいているのか、先輩が握る手を離せぬまま顔色が悪くなる。


「続きは、明日また聴くとしようか。さて初夏とはいえ暗くなった。安全な坂上の家まで送ろうか」


 視覚に障害があるため、先輩の好意に対して嫌とは言えないようだ。家までついていくのは、流石に断られるのがわかっていたので近くまで連れ立って歩く。


 緩やかな坂道をゆっくりと登っていく間、葉摘先輩と青木 理沙は無言だった。何か心理的な駆け引きが行われているようで、俺は口を挟めなかった。


 坂上まで来ると、少女は先輩から手を離した。表情は少し戻ったもののまだ青い。


「送っていただいて、ありがとうございました」


「家がもうすぐとはいえ、辺りは暗い。気をつけて帰りたまえ」


 先輩の方は変わった様子はない。理沙はそんな先輩を視えない瞳で見つめるような仕草をした。


「誰にも話してはいないのですが────お手紙には書きました。この目ですから、綺麗に文字が書けたかどうか怪しいですし……」


「おばあちゃん宛の手紙だね。話す気になってくれて何よりだ」


「────また同じ事を繰り返したくなくて。それに助けてくれたおばあちゃんへの感謝の手紙は、誰かに見られちゃうと思いました。だから、手紙の内容には、おばあちゃんの事は触れてないはずなんです」


「引っ越した友達、または身内が、手紙によって事故の件を知る可能性はあったわけだね。ただし、おばあちゃんに関してはノーだと」


「はい。それと、おばあちゃんの名前は『菊』でした。ずいぶん昔になくなっていて、インターネットについては知らない世代のはずです」


 青木 理沙の言葉を聞き、葉摘先輩が微笑んだ。これはあれだ、オカルト魂にスイッチが入ったんだ。興奮する葉摘先輩とは裏腹に、俺は厄介事の匂いを感じた。


 ◇


 青木 理沙と別れを告げて、先輩と俺は宿へと向かう。大きくなりつつある町のようだが、宿の数はまだ少ない。


 葉摘先輩と宿の予約をしたホテルに戻り、預けた荷物と鍵を受け取る。美人の先輩と一緒の部屋で泊まり……そう思うと健全な男子なら興奮するのは仕方ない事。しかし今の俺は、これからの事を思い、憂鬱さが増すばかりだった。


 宿泊する部屋はシングルベッドが二つ、簡素なテーブルと椅子、ユニットバスとトイレ付きの部屋。飾り気のないビジネスホテルだ。消臭しているが、少し烟草臭いのはビジネスマンが多く利用するからだろう。


 部屋に入るなり室内をうろつきチェックする先輩。そして預けたスーツケースと中の荷物を広げて逐一調べる。荷物は着替えなどが中心で、二人分の荷物を個別にまとめてスーツケースに入れて預けたものだ。貴重品などは入っていない。


「先輩……何を探しているんですか」


「盗聴器や爆発物さ」


 うわぁ~やっぱりその流れか。俺は先輩とのドキドキ感を、違う形で激しく味わう事になりそうだ。


「さっきの娘、青木さんでしたっけ。彼女の言葉と何か関係があるのですか?」


 面倒事が起きるにしても理由があるはずだった。青木 理沙という名の少女は、俺からすると異様に警戒心が強い印象だった。


「彼女は視える事をひた隠しにして生きて来たと言っていた。依頼のメッセージは私を誘き出す罠ではあるが、彼女の意図した形ではないとハッキリしただけさ」


「なんですか、その意図って。もったいぶらずに教えてくださいよ」


「まあ待ちたまえよ。これから客が来るはずだから、種明かしはシャワーを浴び、食事をしたその後にしようじゃないか。それより君、赤のボクサーパンツは派手過ぎやしないか」


 ぐわァァァ、俺の荷物まで容赦なくチェックされた。仕方ないことだが、恥ずかしい。何で先輩は平気なのかと思うと凹むので考えないようにする。


 今回の依頼は、何者かが先輩を狙ってメッセージを送ったのが確定したようだ。先輩か先輩の企業に恨みがあるものの犯行計画。


 まだ犯行には至っていないものの、先輩は襲撃を予想して俺と同じ部屋にしたようだ。いや、この人の事だから依頼を受けた時点で予想していたのか。


「預けていない方の荷物から、ヘッドライトを出してつけておきたまえ」


 オカルト研究会七つ道具のひとつ、ヘッドライトやペンライト。照明は肌身離さず一つは持っておけと言われていた。パワースポットや廃校、幽霊屋敷などを探索する時には、ヘッドライトは重宝する。暴漢の目を潰すにも使えるからね。


 ちなみにポッケにはお清めの塩や小瓶の水、アメちゃんや消毒液なども入っている。オカルトスポットの中には、サバイバルな山奥などあるからだ。


 先輩はというと、グローブ式のスタンガンをつけていた。そんなもの貴女に必要ないと言いたい。まあ事件の解決に能力を使う際のカモフラージュだ。


 昼過ぎから歩き回り汗をかいたので先輩から先にシャワーを浴びる。いつ襲われるかわからない最中なので、ムフフな気持ちになれないのが悲しい。


「人海戦術で来る可能性もあるからね。逃げ支度は整えておきたまえよ」


 はい、複数来るとのお見積をいただきました。先輩は平気でも、俺が戦えないからね!


「恥じる事はないが、威張ることでもないね」



 二人とも寝る時は外着のままで寝る。靴は履いたままだ。ホテルの方に申し訳ないので、靴はシーツを汚さないようにタオルで巻いてある。


 それと必要な荷物は俺が抱えていた。持ち歩くリュックは防刃・防弾チョッキの素材が使われて、盾にも使えるのだ。


 そんなものを常備しているオカルト研究会なんてある?



 ────深夜二時を回ったあたりだろうか。寝付けずにウトウトとしていた俺は、違和感にすぐ気づいた。室内の電気機器の明かりや、エアコンの稼働音が消えたからだ。ホテルの従業員に関係者がいたのか、きっとホテルの電源が落とされたのだろう。


 先輩は豪胆なのか、まだ眠っている。いや、侵入された瞬間起き上がれるように静かに態勢を整えていた。


 葉摘先輩の予想通り、侵入者が数人やって来た。部屋の入口を確保するものが一人、真っ暗な中で小さな懐中電灯で足もとを照らす役が二人いた。


 その他に拘束のための大きな袋と、登山に使うようなロープを持つものがいる。軍隊が使いそうなナイフを持つものが二人の計七人。暗闇に目を慣らしておいたのに、侵入者の明かりが思ったより眩しかった。 


 先輩が狙ったのは武器を持つ二人だ。だから俺は拘束しに来た二人にヘッドライトの光を浴びせる。侵入者のもつ目立たない弱めのライトと違い、強力な明るさで目をやられる。


 先輩は布団を侵入者に投げつけ、ナイフを振り回す前に一人を麻痺させた。布団を剥がすもう一人を一瞬で痺れさせ倒す。


「助手君、縛っておきたまえ」


 言うが早いか、先輩は逃げようとする連中に向かって駆け出し、一網打尽にする。スタンガンの威力ハンパない……って事にしておく。


 誘拐実行役の二人と武器を持つ二人以外はくたびれたおっさん。動きは鈍いし何が起きたのかわからなかったはずだ。


 先輩の能力を知れば、たった数人の男で襲うなんて考えない。俺と違って暗闇の中で、あれほど素早く的確に動く身体能力だけでも脅威的だと思えた。



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