「ア─イ─シ─テ─ル」のシグナルは伝わらない
俺は進藤 啓斗。とある大学のオカルト研究会に所属している大学一年生だ。研究会には二年生の先輩、真守 葉摘がいる。研究会とは名ばかりの同好会だ。
オカルトに興味のない俺がこの同好会へと入会したのは、葉摘先輩に誘われたからだ。先輩は美人だ。彼女いない歴が、歩んだ人生と並走し続ける俺が断れるはずがない。
入会してから知ったのだが、葉摘先輩は超能力持ちで、有名企業グループの会長の娘という盛りすぎな変人だった。
俺と同じく邪な理由で近寄る新入生は多いが、オカルト狂いのせいで見事に離れてゆく。行方不明者まで出ていたため、葉摘先輩は「新入生殺し」 として恐れられていた。
「研究会が名ばかりなのは仕方ないとして、また依頼ですか」
「あぁ、読んでみたまえ。半分は当たりだぞ」
葉摘先輩が嬉しそうに言う。先輩が作ったオカルト同好会のホームページには、様々なメッセージに溢れている。その大半がいたずら書きのようなものと、嫌がらせにも取れるフェイクニュースばかりだ。
その中には理解出来ない難事件や、不可思議な事件の解決依頼が舞い込んで来る。探偵事務所ではないのに。やるかどうかは決めるのは葉摘先輩次第。所詮大学生の同好会だ。趣味の域を出ないわけで、解決報酬だってろくに出ないのだ。
「ブツブツ言っていないで、早く読み上げたまえ啓斗」
研究会の部屋には葉摘先輩と俺……二人しかいない。先輩は先に読んでいるのに読み上げるように言うのには理由がある。受けた調査は、あとで配信に使う事があるためだ。
報酬はないに等しい。だからかわりに事件の顛末を録画し、放映の許可や権利をもらう。機材を用いるなら費用が嵩むし、交通費や宿泊費だってかかる。たいてい依頼者は関わりを示さず、顔出しNGなら了承してくれる。
撮影用のカメラを用意して、録音用編集用にスマホを机に置く。一応先輩は立ち会うが、オカルト研究会の配信の演者はいつも俺のだ。
「葉摘先輩がリポーター役をやれば、数字だって爆上がりだと思うんですがね」
オカルト狂いなのを除けば、葉摘先輩は美人だ。初対面の男にとてもモテる。この配信だって、もっさい俺を映すより、先輩が全面に出れば人気配信者に絶対になれる。
「戯言はいいから始めたまえよ」
有無を言わせず葉摘先輩は、俺をパソコンのある机に座らせてスマホの録音をオンにした。
「様々な不思議現象を追い求め皆様にお届けしています、我がオカルト研究会。本日も皆様に、ドキドキをお送り出来るようにメッセージを厳選して、調査に赴きたいと思います」
何度やっても緊張する。リアリティが欲しいからと言って、噛んでトチッてもそのまま流すからね、葉摘先輩は。
「それでは気になるメッセージを読み上げましょう。拝啓 初夏を思わせる陽気に時間の流れの早さを感じます…………その事故の起きる交差点には夕方になると、周囲を異様に警戒する子がやって来ます。その子に伝えてあげて下さい。手紙はちゃんと届きました、事故の原因も解決します。だからもう視ても大丈夫だと────」
葉摘先輩が選んだメッセージは夜中の二時十分五十四秒に届いていた。交通事故に関する謎を調べて解決して欲しいという依頼と、メッセージの伝言を届けて欲しいという内容だ。
事故が頻繁に起きる魔の交差点というものは、全国に数多く存在する。
一般的に魔の交差点と呼ばれるのはどんな所だろうか。通勤通学ラッシュの魔の踏切はよくニュースに取り上げられる。俺が真っ先に思い浮かべたのは、交通量が多くてなかなか反対側に渡る事の出来ない危険な横断歩道だ。
街中の死角の多い交差点や、曲がり道も危険は高い。複合車線で専用レーンが分かりづらい交差点もあげる方もいるだろうか。地域によっては、路面電車と併用の道路なども候補になりそうだ。
「魔の交差点」と冠するとなると、ただの交通事故ではないのだろう。簡単な交差点の特徴がメッセージに添えられていた。
葉摘先輩の指示でネット上から地図で見てみた。事故の多い魔の交差点の現場は、見通しは良いように感じた。交通量も程々のものだった。道路も二車線、道幅も広めで信号だってある。
先輩も俺も交通事故の調査は専門外なのだが、決して事故が多発するような環境には思えない場所だった。
配信分の撮影を終えると先輩がちょいちょいと、依頼のメッセージの届いた時間を差した。
「時間がなにか?」
「わからないかね。メッセージを開いた時のアナログ感ある文章に、測ったように合わせた時間。二時に交差点の謎など、午後二時の証言を想起させつつあるか、怪人二十面相を暗喩していると思わないかね」
「いや、深読みし過ぎだと思いますよ。時間が一回り違いますし。まあ拝啓なんて書き出し、今どきの子が使っていないとおもいますが」
先輩はオカルトおたくな癖に推理好きなのだ。立場を考えると、怪人に狙われているのは妄想とばかり言えない。俺はじっちゃんが名探偵の子や、身体が小学生の漫画くらいしか興味ない。……おっと、漫画の話しなのに変態みたいに思われたのか、先輩の目がスッと細くなった。変な趣味じゃないですよ、誤解ですってば。
「このメッセージを選んだのは他にも理由があってね。まあ良いさ、後は現地で方角なども調べて確証を得たい」
含みのある言い方だった。妖怪レーダーならぬ、オカルトかぶれの勘でも働いたのかもしれない。確証もなしに葉摘先輩は話さない。なんだかわからないが、そういう約束事だそうだ。
────休日に合わせて俺は車を借りる。大学生活が始まる前に、運転免許を取っておいて正解だったな。初心者マークは必須だが、葉摘先輩を隣に乗せてドライブでデートが出来るんだから。
「……先輩、助手席の方が乗り心地良いですよ?」
「私は後ろの座席の方が乗り慣れているんだよ」
「……」
あぁ……短い夢だったようだ。先輩はお嬢様だから悪気はないのだと、わかっているよ。初心者マークの運転に対する、先輩の優しさだと思いたい。一緒に乗って生命を預けているわけだから。
俺の思惑は外れたけれど、現場調査に車はあった方がいい。撮影用の機材を積んで、葉摘先輩と俺はメッセージの主の示す地へと向かった。
目的地は地方都市の人口のある町。古い家並みが並ぶ中、目当ての交差点が見つかった。
「起伏の差のある町だね。古い町並みの割に、道が広い。いや、古い参道はあまり使われていないのか」
調査を頼まれた交差点は広く作られた十字路に古い坂道が加わった変則的な交差点だった。新しく作られた方の道路は直線で、スピードも出やすく見えた。
「見晴らしは悪くないようだね」
葉摘先輩はふむふむと、方角を確認しながら何やらメモに書き込んだ。後ろからだと見づらいだろうに。
「先輩、あまり長く路駐していると、それこそいらぬ事故を起こしますよ」
「ああ、そうだね。車からの見え方をいくつか撮って、いったん宿へ向かおうか」
先輩はハンディカメラを用意すると、助手席から映像を撮る。実際に見てわかったのは、魔の交差点へと入る道の一つが緩い坂道で、古い曲がりくねった坂道は、その道と合流していた。
「宿を取った後は聞き込みにゆくとしよう」
「駅近くの、駐車場付きのビジネスホテルでいいですよね」
「部屋は同じにしたまえ」
「えっ……?!」
ドキッとした。冗談で相部屋にしますかと、言うつもりはなかった。俺だって分を弁えてるからね。まさか先輩から言い出すなんて夢みたいだ。
「……って、なんかあるんですね」
現実は無情だ。葉摘先輩が経費の節約なんて考えているはずもなく、そんな事を言い出すのは不吉な事が起きる前触れだ。まあこういう時に被害に遭うのは俺だ。なんか不幸に遭うのが確定したようで、先輩とお泊りだなんて浮かれていられなかった。
葉摘先輩と俺が、目的地のこの町に到着したのはまだ昼を過ぎた頃だ。事故が起きているのは夕方が多い。事前に調べた所によると、坂道のためか自転車と車の事故が多かった。
「夕方と言うと……黄昏時ですかね」
逢魔時とも言われる、昼から夜にかけて暗くなりかける時間帯の事だったか。オカルト研究会に入ってよく聞くワードなので俺も覚えたよ。
依頼のメッセージでは行けばわかると言わんばかりに、事故の具体的な時間やどういう子なのかまで記されていなかった。
「学生の子だろうね。少なくとも我々より年下だな」
坂を下った先に駅があり、ナビの地図にも学校のマークがいくつかあった。
俺は車を駐車場に停めて、宿を取る。荷物を預けると葉摘先輩と俺は、件の交差点へ向けて歩き出す。
「ここは道路は新しいが、町並みは古いようだね」
古い参道から駅の方までは一緒だからだろう。古い家が取り壊されたのか、空き地や建設中の家が目立つ。工事車両が交通の妨害をしている様子はなかった。
一応俺は車道のギリギリの所から交差点へ向かって町並みを写真や動画で撮る。交差点の先の緩く見えた坂も、自転車が下る時は結構なスピードが出てるように見えた。
「実際に交差点の事故の多くは、自転車の信号無視によるものでしたよね」
「うむ。他の交通事故の件と違わず、季節と時間帯も関係するようだな」
事故が起きているのは、通勤通学の混雑する時間帯。とくに太陽の沈むのが早まる秋から冬の夕方や連休明けに多発していた。
「別に事故が起きやすい条件はあるにせよ、よくある町並みに思いますが」
「そうか、君の目には普通に映るのかね。私には、地獄の門を自分から開いたように映るよ」
葉摘先輩はポケットから方位磁石を取り出した。スマホで地図を確認すれば方角だってわかるのに。俺は磁石の動きを訝しげにみる。
「あれ、そうか。ナビの地図だといる位置の方角を固定しないとブレるのか」
車でナビを見た時には気づかなかったが、磁石の差す北は参道だった。新しく作られた道路は北東になる。先輩が方角を気にしていたのはそのためか。
「なんだろうか、このズレは。参道の先は鬼門を守る神社があるはずが実際は、建物がズレている。新道のために移築したのか」
小高い丘になっていて、参道は曲がりくねって再び新道へつながっていた。本来はその地点に神社があったのではと先輩は推測したようだ。
オカルト研究の資料を漁っていると、そうした事案はよくある。現地に来ると、痕跡が見つからないくらい開発されてしまっている場合はお手上げってやつだ。
「社を元に戻せば、事故はなくなるものですかね」
すでに利用率の高まった道だから、神社を立て直して、道路を作り直す費用は馬鹿にならない。
「そこまでのものではないな。脇に魔除けの呪いを設ければ、その手の悪さは減るだろう。幸い歩行者用の脇道があるようだ」
私有地に設けられた道が確かにあった。ナビにはなかったように思う。スマホの地図でも道はない。神社の土地ならば、理由を話せば、鬼門封じの魔除けを設置してくれるだろう。
「何事も来て、見てみるものだ。あれを見てみなよ」
葉摘先輩と俺は時間がまだあるので、坂道を登って来たところだった。葉摘先輩が坂道を交差点へ向かって行く車を見て、何かに気づく。
「速度が出過ぎているから、交差点で止まるのに苦労してますね」
ブレーキランプを何度か点滅させ、車は停止線を少し越えて止まった。坂道だからと言って、きちんと止まれないようでは下手くそーと言われても仕方がない。まあ免許を取って間もない、ペーペーの俺には言われたくないだろう。
道路上に減速を促す表示があったが、視覚効果より体感効果のあるものを取り入れると違うのかなと、素人ながらに思った。
「見るのはそこじゃない、ブレーキの回数だよ。全員がブレーキを同じ回数踏むとは限らないが、これも一つの兆しだろうか。事故のいくつかは勘違いにより、引き寄せてしまったようだね」
「ブレーキの回数? 先輩が何を言っているのか、俺にはさっぱりわからないのですが」
「君はドライブでデートだと浮かれるくせに、肝心な事は鈍いのだな」
先輩が何故か少し顔を赤らめて、坂の下の交差点に向かって歩き出した。真面目に考えていたのに、先輩こそ何を考えていたんだろうか。
ブレーキランプについてはあとで調べる事にして、俺は坂上から見た交差点の様子と景色をカメラに収めた。
────昔、ブレーキランプを使った愛の告白が流行ったそうだが、そんなの知らないとわからないよね。俺がそう先輩に伝えると、何故か盛大にため息を吐かれた。