No.16、三つ巴には二つ足りない
一つ前の独白の続きです。
「僕は傷口に菌が入らないように消毒していくから、先に試験に戻りなよ。」
その言葉を最後に会話は終了し、私は囁きの森へと走っていた。
延々雪林での小さな戦いを知るのは少し先のこと。
「で、君たちはまだ出てこないつもりなの?」
一見誰もいないように見える木陰に向かって雪宮綾命は問いかける。
「確かに覗き見は褒められた趣味じゃないけど、だからって細菌扱いは酷くない?」
「ねぇ、ナイト。辞めときなよ殺されるよっ!」
「うじうじすんなよウィンド。いざとなっても逃げるのは俺達の得意技だろ?何年それで生き延びたと思ってんだ。」
「知らん奴らだな。あぁいや待て、左の…まぁお前らから見たら右にいるその女。見たことあるぞ。」
そこに居たのは綾命とかつて凜と出会ったギルドのメンバー。ウィンド、バーンライト、ナイトの三人組だった。
「失礼な言い方するわね。ナイトよナイト。あんたと違って長ったらしく無いんだから覚えてよね。」
「随分口が達者だな。ここからでも僕はお前を殺すことはできるが、試してみてほしいのか?」
「なら私も、未だに消毒一つもできない22歳児に泥団子を投げつけて上げることは造作もないのよ?」
二人の実力の差はかけ離れすぎている。
それでもナイトはまだギルドに入っていない受験生の実力に面食らった現場を見た精神的アドバンテージがあった。
それ程までに綾命が負ける、もとい勝てないと言うことには大きな意味があるのだ。
風が地面に積もった雪を巻き上げると
ナイトの目の前には綾命が愛用している刀が現れた。
「っ!」
「お前程度に名指しを使うとでも思ったか?
選ばせてやる。ここで俺に殺されるか、この事を公言しない契約を結んで帰るか。簡単だろう?さぁ選べ。」
冷や汗が止まらない。ナイトは勿論の事ながら、ウィンドもバーンライトも動けば殺されると思わされるほどの殺気に当てられている。
「ちなみにだけどね。」
「何だ?選択に不必要の発言を入れた覚えはないぞ。」
「今日の夜は星が多く見えるそうよ。」
「あぁそうだな、今新しく星が三つ増える。」
にぃっと不敵な笑みをナイトは浮かばせた。
「待て、まさかお前!」
「遅いわよ、it will be a midnight」
世界が暗くなった。正確には延々雪林を中心に暗い空間ができていた。
「相変わらずダサい詠唱だな。翻訳してみろ、恥ずかしくなるぞ。」
「月が綺麗」
半径10メートルに及ぶ極太のレーザーが放射された。
「ほら何してんの、逃げるよ!」
その言葉を合図に三人は死にものぐるいで逃げ出した。
「我が名をもって神秘とせん、八百万に混じりし恩恵、万物を揺るがせ。ウィンド!」
流石長くギルドに入っているだけある、元からかなりのスピードで走っていたがウィンドの名指しによりその名の通り三人は風となった。もはや綾命に追いつける手段はない、そう思われたが…
「まさかまさかだが、その程度の速度で僕を撒けると本気で思っていたのか?流石に僕を舐めてないか?」
もはや人の領域を逸脱していた。魔力を足に込めてその魔力を開放する。それだけでスピードに特化した名指し以上の速度で追いついたのだ。
バチンッ!という鞭で叩いたような音が計六回響いた。
その瞬間彼らは走る能力を失った。
「あぁぁぁ!」
「痛っ、」
「ぅくっ!」
三者三様の反応を見せる原因はアキレス腱の切断。
「そんな汚い声を上げるなよ生きてれば魔法で治るだろ?」
「ふざけんなよ、治りゃ何しても良いと思ってんのか!」
「吠えんなって。そもそも僕は契約を結べば帰すといったはずだぞ。」
バーンライトの訴えに綾命はただ冷静に答えるだけだった。
「そもそも、あんたのこと気に入ってるのアイシス先輩と国王くらいでしょう…それ以外はあんたに国を出てってほしいって思ってんのよ!」
「二人共、もう辞めようよ。契約結べば生かしてくれるって言ってるじゃん。」
「だからってこんなチャンス諦められるかよ!」
「そうよ、こいつは早くこの国から追い出さないと!」
綾命は酷く冷たい目で三人を見ていた。その冷たい目が一瞬だけ赤くなる。
「残念だよ、殺目。」
綾命の名指し殺目。
死の神、黄泉によって与えられた恩恵。
殺目をもつ物や者は黄泉に魅入られて死ぬ。恩恵を得た綾命を除いて。綾命の名指しは目の能力ではなく目で見た物と目を合わせた者に移植する能力。人程の大きさの生物ならコンマ数秒だけなら一部の機能停止に留めることができる。また移植した目は綾命の視線から離れると解除される。
それを今同時に三人に移植した。
「さて、僕も試験に戻るか。」
そのまま舞台は囁きの森に戻る。
「よし、なんとか103ポイントになった。」
後はこれを提出するだけだが、
「紅蓮がどこにいるかだね、問題は。」
紅蓮が向かった方向は私とは正反対だった。綾命に出会ってはいないはず。効率が悪いから普通は誰もやらないのだが。
「錬丹」「流転」ふぅ〜と息を吐き魔力有効範囲を広げていく。
地面から1cmの高さに限定し更に範囲を広げる。
「居合。」
私の意識が本来しない低空飛行をし森を駆け巡る。
残ってる人は何人だ?誰もいないな、いや一人誰かが近づいてきている。これは綾命だな、森の外にまで居合が広がっていたのか。なら紅蓮は先に合格したのか、取り敢えず一安心だ。私もそのまま試験監督官の待機場所に移動した。
予想通り紅蓮は先に合格していたようだ。それと穂叢円花もいた。
「凜!良かった。お前が居た方向で悲鳴が聞こえたから心配してたんだぞ!」
「大丈夫だよ、なんとか逃げられた。」
「心配ね、一人悲鳴が上がることを分かってたように冷静に素材集めて誰よりも早く提出しに行く事をそういうんだ。」
円花が冷たい声でそう紅蓮に言った。
「っ!んなこと!」
「私は綾命に飛ばされて森の外に出てたから探し用はなかったよ。それに私だって森に戻ってから紅蓮を探さずにここに来たんだ。紅蓮を責めるなら私も同罪だよ。」
「そう、良い人なのね、貴女。」
「私はその何でもお見通しみたいな態度は褒められたもんじゃないと思うけど?」
「互いに複雑な心境ね、私貴女となら仲良くなれそうだと思うのだけども。」
まぁ良いわ、そう言い残して彼女は去っていった。
夢幻さんくらいだと思っていたが他に気づいてくれる人が居るのだな。もう17だしそろそろ気にするべきだろうか?
リンと円花のアクセサリーとしてつけている鈴が鳴った。
なんでかな、書きたいとこにたどり着くまで思っていたより長い。早く春の国のメンツを登場させたい。