No.15延々雪林
鈴の音が響く。
「なぁ、凜。少し不味いことになった。」
初対面から常に軽い雰囲気を出し続けてきた紅蓮の表情は、気づかぬ間に険しいものに変わっていた。
「もしかして、あの二人のことか?」
「あぁ。」
もちろんさっき絡んできた有象無象ではない。
赤のボブ・ショート、夏の国防衛の軍服。そして二つの刀を腰にさした赤色なのに冷たさを感じる身長は170程の女性。
もう一人は水色の髪を後ろで一つにまとめ、袴という場違い感のある格好をした中肉中背の男性。
この二人からは近づいたら殺す。そんな殺気を感じる。
チラッと男性の方と目があった。彼はそこまでこちらを気にしていないようだ。
「女の方は同級生で同じ新卒だ。」
でも男の方、あいつは不味い。五年前、現夏の国国王に謀反を働きギルドでタダ働きさせられた狂人で、その五年間でギルドの最上位ランクsランク一位に成り上がった化物だ。」
成る程、どうやらさっきアイシスが言っていた二人の天才とはあの二人のことらしい。
「この試験は他の国が普通にやればほぼ全員が合格できる。
それでもこの国は例外だ。そもそも防衛団自体がこの国独自のものであるべきではないんだよ。」
「急に饒舌だな。」
「焦ってんだ!思想が偏ってるやつとか、仕事独占したいやつとか、自分させ居ればいいとか思ってるやつが多いからこの国は春夏秋冬の国、俗に言う四大国で最強、総数最低って言われてんだ!」
「潰し合いが始まるとこちらに不都合ということか、それなら一番不幸なのは残りの一人だろ?」
「凜、俺はお前のその謎のポジティブ思考、嫌いじゃないよ。」
「しかし、初耳だな。防衛団ってこの国だけのものなんだな。」
夢幻さんやノートさんにそんな話を聞いたことはない。
「現夏の国国王、春間輪回は春の国の王族だ。それが夏の国の王族に成り代わるんだから当時の国民と王国騎士団が抵抗運動を起こしたんだ。それを国王が一人武力で制圧したんだが、当然経済どころか自国の防衛は最悪の状態になった。そこで、もともと騎士団と役割が被っていた冒険者ギルドと騎士団を合併して、そこの団員を金で雇ったのが夏の国防衛団の始まりだ。」
成る程、実力主義という話は聞いていたがこれが始まりか。
「それでは、最後の組の案内をします。321番から325番の受験者は旧異種族闘技場に向かってください。」
扉についた鈴が33回目の音を刻んだ。
場所は変わり、旧異種族闘技場。捕縛した魔族と死刑囚を戦わせ、勝敗を賭博で楽しんだ現在は閉鎖されている場所。
待ち構えていたサングラスをかけた強面の試験官が説明を始める。
「一次試験を始める。総員、その線を爪先に合わせて横並びになり、戦闘態勢に入れ。」
私達五人は均等な間隔て並びに各々構えをとる。
「今から三秒で的を破壊してもらう。開始!想像。」
50m先に地面から生えるように人の等身大パネルのような的がでた。
私とは対象に位置する人、つまり321番の先程一番不幸と称した男のみが魔法の詠唱を始め、それ以外の三人はほぼ同時に的めがけて飛び出した。
今は隠し持っている刀は使うべきではない。
私は拳を素早く的に当て魔力を流す。魔術の基礎中の基礎だ
バコォと音を立て私の拳は胸部を貫き、魔力のオーラによって胸部から上が爆ぜた。
横を見ると紅蓮、そしてあの二人は既に的を破壊していた。
「辞め!」
試験官の怒声にも近い声で一次試験は終了した。
「一次試験合格者は322番、雪宮綾命
323番、穂叢円花
324番、灰頭紅蓮
325番、凜 以上。失格者は解散だ。」
どうやら本当に一番不幸な事になってしまったようだ。
男はトボトボと歩いていく。
「やったな、凜。このままあの天才二人に食らいついてやろうぜ。」
「上手く行った途端に元気なやつだな。」
今は紅蓮の方を見ているが、分かる。綾命という名前らしいあの袴の男が、こっちを見ている。
チラリと視線を送ると今度は笑っていた。
「不気味なやつだ。」
「ん?なんか言ったか?」
「独り言だよ。それより、二次試験の説明が始まるぞ。」
試験官は魔道具で連絡をとり、結果をまとめているようだ。
「よし、今一次試験の合格者が集計できた。よって、今から夏の国防衛団入団試験の二次試験の説明を始める。
二次試験は一次試験を突破した総勢59名で行う。」
59名、かなりの人が落ちている。
「合格条件は袋に入った素材を集め、100ポイント獲得することだ。ただし、その場にある素材の合計ポイントは999ポイントとなる。無論、他の受験者から奪うことも可能だ。場所は囁きの森。では総員、会場に移動せよ!」
囁きの森、マナの濃度が薄く自然に魔族が発生しない。初心者が初めての任務で薬草などを集める際に多く訪れられる。
ただし、1km東にはD〜Bランクの任務が行われる輪唱の森、延々雪林がある。油断していると、最悪そこから魔物が移動してくるため危険だ。
「まずはポイントをソッコーで貯めるぞ。」
「それができるんならそのまま合格したいものだな。」
本当にさっきの焦っていたときは何だったんだ?
話しているとまたもや視線を感じる。後ろを振り返ると案の定、雪宮綾命がそこにいた。
「凜って言うんだっけ?警戒しなくていいよ。僕はただ、君に挨拶をしとこうと思って。」
胡散臭い笑みを浮かべながら、綾命はこちらに手を差し伸べた。
「よろし」
「今回の試験で、合格するのは僕だけだ。他のやつは全員叩きのめす。この国の人全員で束になってもあの四人の足元にも及ばない。僕も含めてだ。そこに並ぶのは僕が相応しい。以上だ。」
「四文字の言葉くらいきちんと聞けって。」
紅蓮の顔色が少し悪いが触れるべきだろうか。
「紅蓮、具合が悪いなら」
「お、もう始まるみたいだぜ、一緒にいちゃあ面白くないからな、俺はあっちから森に入るよ。」
畑の様子を見に行くおじいちゃんみたいな背中だ。見たことはないが。
「それでは、これより二次試験を開始する。注意点としては、ポイントは一人が何ポイントでも所有できること、ポイントは種類ではなく、品質でも変化する。よく見極めるように。以上!10秒後に開始する!」
私達はバラバラに森の入口の前に立ち開始の合図を待った。
「開始!」
一斉に森の中に入る、その瞬間だけ、囁きの森は大声を上げた。
いや、違う。人の声だ。
「悲鳴!?開始から一秒もたってないぞ!」
何か不味い事になっている。おそらく、いや間違いない。綾命だ。あいつは本当に合格者を自分一人にするつもりだ。
既に聞こえた悲鳴の数は六回。試験開始からの経過時間は三十秒、ペースが早い。このままでは5分以内に壊滅する。
ポイントは後まわしだ。綾命も集められてないはず、私は視界が開ける場所まで全力で走ることにした。
「そんな急ぐなよ。」
右側から声がした。振り向けばそこには綾命の右目がこちらを見つめていた。何故右目か?簡単だ、こいつは後ろ向きで私に追いついたのだ。
背筋が凍るそんな気分だ。このままではやられる。私は後ろに飛ぶと肩を押さえつけられた。もう後ろに回られた。
「じゃあな。」
剣を抜き、ほぼ同時にその剣は振り切っていた。
ぶんと音を鳴らし剣は空を斬る。
危なかった。今のはほぼ確実に死んでいた。
「千鳥か?今やったのは。」
何故こいつが名前を知っている?舞十技は夢幻さんの家系相伝のもののはずだ。
「っ!!」
またもや剣は私のいた位置を切り裂いた。
千鳥、からの七番影の舞、「影踏み。」
綾命の背後に周り足を払った。綾命の足を取れた。
二番水の舞、「高波!」
そのまま綾命にめがけ刀を下方向から上にめがけて抜刀する。
「遅いよ。」
綾命は空中で身を翻し上に登る刀の側面を蹴る。その反動で距離ができてしまった。
「氷山の一角!」
即座に魔法を使い綾命との間に氷壁を作る。
これで時間稼ぐ。私はまだ第四階梯以上の魔法は詠唱省略で使えない。
「天照らす光よ地を焦がし」
「詠唱か?随分と余裕だな。」
涼し気な顔で彼は現れた。10m強あった距離はもはや無しに等しくなっている。
今度の振りは今までとは比べ物にならないスピードだった。力をほぼ入れてない状態の刀で受けてしまった。手がビリビリする。
「良い刀だな。滑らかな刀身に力強さ、美しい業物だ。」
「海を溶かせ、天の木漏れ日!」
第四階梯の光魔法。ただでは済まないはずだ。
「だから随分呑気な奴だな。」
突如として綾命の目は赤に染まった。
それだけではない。魔法陣が壊れた、魔法が発動できない。
そして彼と目があった。六回目にして違うことがあるとすれば、彼の目が赤…いや不味い目を瞑れ!
少し遅かったようだ。金縛りにあったかのように私の体は一時動かなくなった。
「良い判断だよ。bestでは無いがbetterだ。」
「居合」魔術の応用技、魔力有効範囲に魔力を満たし続け、魔力の乱れで見えていない場所見えるように分かる。
綾命の攻撃を受け続けれた理由はこれだ。
だからこそ、目を瞑った今でも受けることくらいはできた。
「くっ!!」
かなり飛ばされたが幸い近くに人はいない。
「ほらもう一回。」
即座に二回目がきた。
三回目、四回目、五回目と連撃が止まらない。
かなり前に森は飛び出してしまった。身体は擦り傷だらけで服は殆ど茶色に染まっていた。何度も布団叩きのように殴打された気分だ。
異変に気づいたのは六回目を受けたときだ。
着地がしにくい、何よりも寒い。まさかと思い目を開けるとそこは氷結の竜の誕生により異常気象が発生し、常に雪が降る延々雪林だった。
足が取られるが条件は同じだ。落ち着け。
周りに人は、四人いる。
綾命と他に三人いる。三人は固まっている、つまりこいつが綾命のはず。方向は七時、あと三秒。
一、二、
「これで終わりにしよう。」
七回目の攻撃、普通なら受けることしかできない。
「!?」
私は剣を千鳥で躱し、再度足をとった。
舞十技八番、雪の舞「細雪」
細かく剣を無数に振り逃げ場をなくす。
またもや綾命は私の刀を使って後ろに跳躍した。
ハァハァ、と顔を傷だらけにし地面の雪に斑点をつくる。
「何故居合だけでそこまで見えた?いや、僕は見えたぞ確かにお前は目を開けていた。何故だ?」
「ご丁寧に寒い所につれてきてもらえたんでね、おまけに叩かれ続けて少し泣いてたんだよ。後は第一階梯の氷魔法で涙を凍らせて太陽光を反射させる。お前のその目、目を合わせるのが条件だろ?」
「成る程、考えが変わった。お前となら仕事をしたいと思える。なぁ凜、学園行ってないだろ?お前。修行期間はどのくらいだ?」
「三年。」
「そうかそうか、三年でそれか!」
今までにないほど大声で笑った。
「あの四人に並ぶのは僕だと思っていたが凜、お前もその可能性を秘めている!」
「楽しそうな所悪いが、その四人って誰のことなんだ?」
「君もよく知ってる人だよ、夏の国の最高戦力にして四大国で最強と呼ばれる伝説の剣士、灰神楽夢幻。
未だに傷を二名からしか受けていない春間輪回。
夢幻に決闘で勝利し、夢幻と同じく輪回に傷をつけた学園の落第生、アイシス・ハルマ。
魔法の打ち合いで右に並ぶもののいない歴代最強の魔法使い、ノート・キーパー。この四人だ。」
雪を運ぶ風が木々を通し、笛のような音色を奏でた。
遠くで風鈴が鳴る。
自分の語彙力の無さに驚きました。