No.35、死をもって正義を為す
例にも漏れずやはり戦闘描写がある作品は小説でやるべきではないと痛感しました。
楸雨天神威との攻撃により、春の国の騎士団員5000余りの兵をあしらった鈴音は春の国に待機する灰頭紅蓮と穂叢円花に合流するため、草木を撫でる温かな風を置き去って誰もいない戦場を駆け抜けていた。灰神楽夢幻の勝利を知っていても事態は一刻を争っている。鈴音は初めこう思っていた。灰神楽夢幻、アイシス・ハルマ、ノート・キーパー、半田棘、夜叉小路遥夏の五騎に加え、春間輪回に楸雨天神威、雪宮綾命。この夏の国の布陣に対して、春の国はアスタリスク・スターレールとその側近の光と神雷、灰神楽戦慄に灰神楽紅炉、その弟の灰神楽巳速。目立った戦力はこの六人のみだ。単純な数でも個々の戦力に於いても夏の国は圧倒的優位に立っていると。
しかし一見こちらに有利に傾いたパワーバランスは、アスタリスク・スターレール1人によって崩壊させられていた。その崩壊の元凶であり今尚煌々と雅やかな閃光を迸らせる空模様が少しずつ確かな存在として顕現している。空を染めたのは超常現象なんてものではなく、アスタリスク・スターレールが星の神天津への信仰によって得た力、人によって発動する神の概念そのものであり神の御業、神秘月弦弓の影響だった。春間輪回の名指しによって無限の間隙を突き進む光の矢は一国を滅ぼすのなんて容易に思えた。だからこそ、紅蓮と円花と合流しアスタリスク・スターレールを止めなければならないのだ。勢いと原動力を取り戻した脚のエンジンにブレーキを踏んだのは、何処かで見たことのある顔だった。
「我其方知得、鈴音。」
その特徴的な話し方も相まって頭の中では既視感が木霊していたが、実際には何も思い出せない。この人のことだけでなくここ最近の記憶がない。そう思案する私に対して寡黙 (そう)な彼は自ら口を開いた。
「お前なら、妹…棘の場所がわかるか?」
棘さんが、妹?つまりこの人は──
「…理解…不能…」
警戒して刀を握ったのに反応したのか、何か言おうとしたのを遮ってしまった。
「我名、半田刀寿。」
刀寿と言う名の男の言葉が何度も頭で跳ね返えりはするが、私の脳は何も響かず静寂そのものだった。何か思い出せそうで何も思い出せない。既視感だけが先行して有るはずの記憶は置いてかれていた。遠い遠いいつかの記憶に彼が居たのは発言からも間違いはないはずなのだが。
「棘さんなら、ここから5000km程北西に。」
「そうか。かなり春の国に近づいていたようだな。」
「貴方は…貴方は本当に私の知り合いなんですか?」
半田刀寿。当然存在は知っていた。しかし春間輪回のたてた作戦では彼の名は挙がらなかった。今から何をするのかは分からないが戦力に数えられていない以上遠ざける理由もなかった。寧ろ直接場所を吐かせるではなく友好的に聞いてくるあたり敵意すら無いと思えた。
「我…其答不知。」
半田刀寿がその妹の半田棘のもとへ向かう頃、雪宮綾命もまた春の国の使いと相対していた。神父というには若すぎるその如何にも聖職者といった男は、縒れて手垢に塗れた教典を熱心に読んでいた。
「ようやく誰かに出会えたのに無視するなんて非道くないかい?ながら歩きは神から許されてるのかな?」
「その忌々しき目を見たくないだけですよ。神も納得せざるを得ないでしょうね。」
秤兎亀。半田刀寿と同様に事前には戦力に数えられていない人物であり、ただの聖職者。そう綾命は認識していた。自身の名指し殺目を知られていることへの驚きよりも、五騎という人外を除いた場合最高戦力と言って過言ではない敵と遭遇したとは思えない自信に戸惑っていた。それはブラフであるのか、何か条件付きで即死させるような力でも持っているのか。それが分からない以上は無闇矢鱈に近づけなかったが時間稼ぎの為に送られたブラフだとすれば油を売っている余裕はない。そう綾命は判断した。
「随分余裕みたいだけどいいのかな?7m、後一歩で僕の間合いだよ。」
抜刀の構えをとっても兎亀はアクションを見せない。堂々とそこに立っている(下を向いて入るが)。
「まぁ後一歩で間合いから出るって事だけど──」
「罰天。」
綾命のルーチンとも言えるセリフと抜刀は、謎の荒く鋭利なナニカによって遮られた。それどころか殺す気で振るった剣筋を抑えられただけでなく、余ったと言うには余りにも膨大すぎるエネルギーが綾命の身体を吹き飛ばした。空気抵抗を受けているか疑いたくなる速度で横に薙ぎ払われた綾命は、端からみれば地面に触れたかどうかも怪しい速度で身を翻して体勢を立て直す。さながら水切りでホップする平たい石のように。傷んだのかオーバーリアクションか、腰を擦りながら綾命は小さく舌打ちをした。
「やっぱ神秘か…その感じだと裁きの神って所かな?僕は詳しくないから名前は知らないけれど。」
魔法とは事象の顕現であり、神の起こす御業のおこぼれのようなものだ。神の御業、それを人が神から力を借りることで再現する神秘、事象の顕現である魔法。これらは順に強さを示すと同義であり、理論上神秘とは魔法の上位互換たらしめる力であった。
「その通り、断罪の神裁執の恩恵だよ。罰天以外にも複数の力を借り受けている。さしずめ神の代理人と言ったところさ。」
綾命は予想外の天敵の襲来に焦燥を感じていた。月と死の神月詠(憑く黄泉)に呪われた自分と断罪の神の代理人では余りに分が悪い。断罪を生業にした神の力と殺生を生きる糧とした神の力では何とも後者が不利に感じてしまう。
「しかし安心しましたよ。貴方にはこの咎目が使えませんからね、取り敢えず噂に聞く分の魔力を込めましたが、やはり貴方は救いようのない罪人のようです。」
咎目。恐らく僕と同じ神の目を使う名指だ。発言から鑑みれば先程の強力な攻撃の制約か代償に必要な能力と見るべきか。ともかく神秘であるならば長引くとこちらが不利になる。神の代理人を名乗るのだ、大方魔力も借り受けているだろう。最悪な事にブラフではなくマジに僕を殺す為に送り込んできたらしい。
綾命は心を静めもう一度刀を握りしめた。方や兎亀は何かを握りしめて祈っているような素振りを見せている。
「目を瞑るって事は狙いをつけなくても神様が代わりにやってくれるのかい?それとも僕の姿勢が悪かっただけで、本当は名前の通り首しか狙えないのかい?」
「罰天。」
一か八か刀身と鞘で首を囲むと、憶測通り攻撃は鞘のある方、さっきと同じ左側から来た。来ると分かれば存外踏ん張れるもので、綾命はその膨大な力を軽い体重に見合わない踏ん張りで耐えてみせた。
「で?僕はもう君を殺していいのかな。」
念の為居合を使って辺りを探るが、誰かがいる気配はない。それより遠くから気付かれることなく致命傷を与えるような奴がいるなら、元より僕ら…まぁ僕以下の強さの奴らは諦めるべきだ。
攻撃を一つ見切られた兎亀は握っていたものをしまい、何かで察知した綾命の方へ人差し指指を向ける。
「汚れなき鎖。」
何処からともなく現れた鎖が綾命の両足を掴んだ。切断を試みるが刀は地面を抉るのみで鎖に触れることを許されなかった。
「その鎖は罪を犯したモノを縛り、汚れたモノとは別の世界に在る。これで貴方も──」
そこまで言った所で、兎亀の背後から伸びた鎖の根元は音を立てて崩れた。
「殺目は魔法陣や物にも作用する。継続する効果を持つ魔法は僕には通じないよ。」
「なるほど、確かに厄介。巳速殿や刀寿殿では力不足と評した神雷殿の発言の真意が今身にしみてわかりました。」
「僕としてもさっさとケリつけたいからそのまま勝てないと悟って僕の目を見るか、意地汚く歯向かって久しぶりに刀の錆になるか選んでほしいね。」
「いえ、やりようは有りますよ。貴方自身の目のせいで魔法が使えないんでしょう?そして人間の目を見られると貴方に不利益が生じる。違いますか?」
兎亀のセリフは痛いくらい的を得ていた。事実綾命にかけられた月詠の呪いはこうだ
一つ、綾命は殺目の効果で死ぬことはできない
一つ、殺目は次の主に必ず綾命を選ぶ
一つ、殺目以外での殺生は固く禁ずる
一つ、人の目を見られている限り殺目を開眼できない
一つ、月に一回綾命は何か生物を殺目で殺さなければならない
一つ、自身の眼球を潰した場合眼球においてのみ再生する
一つ、以上六つの呪いに準じ20年魂を月詠に献上することで一つ願いを叶える契約を結ぶ。
これらによって綾命は安易に魔法を使うことができなかった。
「さぁね、じゃあ今から使ってあげるよ魔法。勿論見てちゃんと防がないと死ぬやつをね。その目で確かめたら良いんじゃないかな。」
「その必要は有りませんよ、もう貴方は詰んでいますので。不可侵の盾。」
幾何学的模様の光がたちまち兎亀の周囲を囲んだ。見るからに攻撃を防ぐシールド、綾命が最も相手取りたくない能力だった。生半可な使い手ならばまだしも、間違いなくアレにも神の魔力が使われている。魔法を使えない以上綾命の攻撃は人の域を逸脱できないのだ。到底勝てるはずのない分の悪い勝負。それでも綾命に逃げるという選択肢はない。これが戦争である以上、戦う事を国が、春間輪回が命じるのであれば綾命に拒否権は無く喜んで死ぬ気で戦わなければならない。つまりもはや綾命に許された選択は意地汚く時間を稼ぐ事、形勢は既に覆ってしまった──
「なんて思ってんだろ、お前。」
綾命は兎亀に聞こえるかどうかの小さな声で呟く。
「死をもって正義を為し、死をもって報いとす。月の引力に惹かれし夏虫共の、灯す提灯の後の祭り。神に肖り己に仇を為し人に贖う我が命、我が神に奉りその仮初の神威を剣と成せ。」
指先を切り、その血を綾命は刀身に塗った。赤い線を引かれた刃は昏い闇を纏ってこの世に顕現し、兎亀はその禍々しく『死』そのものを塗りたくったおどろおどろしい魔力に怯むように顔を引き攣らせた。
「それが憑黄泉の神秘、とても神の魔力とは思えないですね。実に汚らわしい。」
不可侵の盾への兎亀の信頼は揺るぎないものだったが、それはあくまでも人が相手をするならば。同じ神秘を扱うとなれば確実に自分が、裁執が勝てると盲目になる事は出来なかった。
「もう一度選ばせて上げるよ、罰天で抗うか、そのまま不可侵の盾で死を受け入れるか。」
綾命はより一層深く、力強く柄を握りしめた。緊張と殺気で張り裂けそうな空気が、少しずつ兎亀の判断を狂わしていた。兎亀の使用する神秘、罰天にはたった一つの制約が有った。それは『罪にそぐわない過度な罰は愚かな裁判官の罪である』という裁執の教えによるものだった。謂わばハンムラビ法典のようなものだ。つまり兎亀は神から借り受けた魔力を無限に罰天に込める事ができる。しかしその威力が過去に相手が犯してきた罪に対して過剰な罰となれば、全く同じ強さの罰天が自身に返ってくる。それどころか犯した罪の清算を行わなければ、神の代理人としての能力の一切を剥奪される。
「不生の呪包、死神の鎌。」
横薙ぎに振るわれた『死』が兎亀を襲い、彼は焦燥に駆られ最も愚鈍な行動をとってしまった。
「罰天!!」
己が呼び出した見えない刃が初めて自身の首筋に冷たく当たる感触に、兎亀は世界がスローになっていくのを自分が死ぬことを痛感した。コンマ数秒もせずコルクの抜けた赤ワインは生温く地面に滴った。
「おい、いい加減起きろ。僕も暇じゃないんだ。」
頬を叩かれる感覚と聞き覚えのある声で秤兎亀は目を覚ました。首はあいも変わらず胴体から離れているのに、死ぬことなく何故か意識は蘇った。神経が切れたからか、血が供給されていないからか、声はでなければ脳も上手く働かない。
「僕の呪いのせいで、僕は殺目以外で人を殺せない。だから君が自滅するより先に僕が刀で君の首を切り落とした。後は上手くやって首を繋げな。僕は輪回から殺すなとは言われているが、死にそうな敵を助けろとは言われていない。葬儀が行われる前に仲間に伝えなよ、『首をはねられて動けないから回収してくれ』ってね。」
綾命の表情は余りにも淋しくて余りにも冷たかった。血の足りない脳で、兎亀は一つ悲しい妄想をした。それは、その呪いはなんて拷問向きで利用価値の高い代物なのだろうかと。
なんか久しぶりだねっ!ちこっと小話のコーナー。
一章の初期から登場していたにも関わらず、何かと出番のない綾命君。冬の国の没落貴族という設定だったので3章の初期に話に絡める構想もあったんですが、冬の国を崩壊させるなら今しかない。そんで秋の国で面白い話もとくにおもい浮かばない。そんな理由で巻き気味に冬の国と秋の国を崩壊させました。神威も秋の国の巫女兼王子の婚約者なので、優秀な娘が生まれて浮かれた男爵家から逃げる。なんて話も書こうかと思いましたが、なんか有りがちな話だしこれHUNTERXHUNTERのヨークシンで似たようなの見たな。と思ってやめました。




