95話
毎日のような稽古で多少は成長したと思う。
その日、体育の授業で柔道をやる事になっていた。
男女別れての授業だったが、隣の仕切ったコートでは球技をやっ
ている。
男子は体育館の床にマットを敷いたのは事故防止の為だろう。
「おーい、男子はこっちだぞ〜」
先生に呼ばれ集まると早速簡単な指導を受けた。
受け身かた簡単な投げ技。そして、やっと自由に組んで対戦形式で
行われる事になった。
「分かったな〜各自2人1組で組むんだぞ〜」
女子と違って陰口はないが、あからさまに避ける事はする。
荒川の横にいた生徒はすぐに相手を見つけると離れていった。
「静雅くん、一緒に組みませんか?」
「そんな事言うのは亮太だけだよ」
「そうですか?俺は静雅くんしか組む気はないですけど?」
「いいよ、いつもの感じでいいんだよな?」
「えぇ、どこからでもどうぞ?」
「絶対負けないからな…」
少しは成長を見てやろうという師匠的な感覚だったのだろう。
だが、いざ勝負となるとすぐに本気になる。
それが亮太だった。どんな時も手を抜かない。
だからこそ……
バターンッと大きな音がすると、受け身はとっているが痛いものは
痛い。
思いっきり投げ飛ばされるとマットの上に寝転がっていた。
全く相手にすらならない。
「このまま寝技にでも持ち込んだ方がいいですかね〜」
「よくない!」
「だったら早く立ち上がってください」
「分かってる…」
寝技に持ち込まれたら、いつものようにいやらしい触り方をするの
だろう。
そんな淫な姿を晒すわけにはいかない。
亮太なら誰の前でもやりかねないからだ。
何度やっても亮太には敵わない。
先生も途中、静止させるほどに圧倒的な差があったのだった。
「雅、ちょっと相手を変えようか?荒川と替わりに組んでくれる奴
はいないか?」
誰もは目を逸らしていく。
「全くお前らは…前の噂なら出鱈目だぞ?荒川は不正などしていな
いし、実力でとった成績だ。そんなデマに踊らされる奴らのが恥
ずかしいと思うがな…いい、俺が相手をしよう」
「えっ…でも…」
「きなさい」
手加減するからと安易な気持ちだった。
が、実際は違った。
組んでみるとわかる。
的確に相手の隙を狙ってくるし、受け流しも柔軟で少し油断すれば
すぐに技を開けてくる。
体重差があるので投げ飛ばされはしないが、何度も技の掛け合いや、
受け流しが続き勝負がつかない。
あれほど雅に何度もマッドに叩きつけられていたとは思えなかった。
そこで考え直さなければならなくなった。
荒川が弱いわけじゃない、雅が極端に強いのだと。
そして、荒川の攻めが全く通用せず、簡単に負けてしまっていたと
いう事実に…
全く勝負がつかないのを見て周りからの視線が集まる。
これには教師として示しがつかない。
力技に持ち込もうと胸元のシャツを思いっきり掴むと下に引っ張る。
バランスを崩したが即座に立て直そうとした瞬間、身体に転々と赤
い鬱血を見つけた。
一個やそこらじゃない。
そういえば、さっき首筋にも……
思った瞬間足を取られ、マッドに膝を付いた。
「あっ…」
ごろんッと転がるように横になりながらの背負い投げが出されていた。
角度的には微妙な判定だが、生徒たちには予想外の出来事にみえた。
すぐに亮太が駆け寄ると静雅だけを抱き起こすとすごい目で睨みつけ
てきていた。
「よくやったな、荒川、なかなかだったぞ」
「はい、ありがとうございます」
礼儀正しい生徒なのを確認するとまるで射殺される勢いの視線から逃
げるようにその場を離れたのだった。




