92話
事件後、石田建設は完全に人の手に渡り、石田健大は少年院へと
送られる事になった。
見送りには誰も来なかったらしい。
養子縁組も解消され、完全に孤独となったらしい。
静雅と亮太は毎日のように学校が終わると病院へと通っている。
あれから輸血と止血など手術を終えて一命を取り留めた伊東くん
は今も目を覚ましていない。
「静雅くんのせいじゃないですよ?」
「…」
落ち込んでいる静雅を励まそうと必死になっているのは知ってい
る。
が、静雅自身自分が許せなかった。
あの時、先生に取り押さえられた健大を見て安心してしまった。
もっと早く危険を知らせていたら?
先に保健室に行っていたら?
もっと別の対応ができていたんじゃないだろうか?
今更考えても遅いかもしれないが、もっと何かできる事はあっ
たのかもしれないと考えてしまうとやりきれなかった。
「あまり落ち込まないでください。いっそ武術でもやりますか?」
「!!」
「自分が不甲斐ないって思うんでしょ?なら、強くなればいいん
ですよ」
「強くって…そう簡単に……」
「なれますよ?貴方はどこで育ってると思ってるんですか?家に
いっぱいいるでしょ?先生になりそうな人が…」
亮太が笑うと自分含め、戦闘のエキスパートがいるだろうと言っ
ていたのだった。
保健医の和泉先生もそうだが、亮太さえも大人顔負けの格闘セン
スをしているのだ。
まぁ、実践ありきの戦い方なので参考にはなる。
「そう…だよな。僕が弱いからこんな事になるんだし…」
「俺は弱いままでもいいんだけど…静雅くんがどうしてもって言
うのならやるだけやってみてもいいと思うから」
「うん、そうする。」
少しでも元気になるならそれでいい。
亮太の考えはそんなところだろう。
学年もすぐに変わり、3年生を送り出すと、あっという間に最終
学年になった。
どこでどう手を回したのか、静雅と亮太は今年も同じクラスにな
ったのだった。
「何かしただろ?」
「何もしてないですよ?俺は…ですが」
「…何もしてなくて三年間も同じクラスになるかよ!」
「まぁまぁ、一緒でよかったんじゃないかな?だって静雅くん、
一人だと寂しいでしょ?」
「なっ……寂しくないっ!」
笑いながら揶揄ってくるこの男は、静雅の護衛兼お目付け役だっ
た。
毎日の様子や、何かあれば逐一おじいちゃんである荒川組、組長
荒川久茂に伝わる。
去年の騒動以来、荒川静雅に声をかける人はめっきり減った気が
する。
確かに噂は沈静化したが、問題を起こした生徒から粘着的に標的
にされた事で、一緒にいた友人は今も入院中だ。
自分もそうなりたくないと、関わりたくない生徒達は距離を離す
ようになったのだった。
もちろん当の本人は少年院に入っているが、交流期間はそう長く
ない。
少年犯罪は意外とすぐに出てきてしまう。金持ちであれば、あっ
という間だという。
「静雅くん、移動教室ですよ」
「あぁ…そうだったな……」
いつも話しかけてくれるのは亮太だけになってしまった。
「雅くん、ちょっといい?」
「なにかな?」
「えーっとね、その……やめておいて方がいいよ?荒川くんに関
わるとさ〜」
女子の控えめな言葉に一番腹を立てるのは誰かを彼女は知らない。
一緒のクラスになって、静雅にばかり構う亮太が心配なのだろうが
それは逆効果でしかないことをまだ知らない。
「それってどう言う事かな?はっきり言ってよ?」
「えー、だから……彼ってあれでしょ?危ない人じゃん?」
「危ないってどう言う事?静雅くんのどこが危ないって?何か知っ
てるの?彼の何を知ってるって?人の悪口しか言えないクセに?」
言葉の端に棘が刺さる。
見下ろされる目つきに鋭さが増す。
今にも泣きそうな顔でいる女子に同情するつもりはない。
そっちから売った喧嘩に関わる気はない、
「亮太行くんだろ?」
「うん、いこっか。ここにいるのは不愉快だからね」
汚い汚物でも見るような視線で一瞥すると、すぐに教科書を持って
一緒に出ていく。
可哀想な子だな…静雅の事を言わなければ普通の対応をしただろう
に…。
静雅は気持ちを切り替えると授業を受けたのだった。




