81話
家に帰ると、真っ先に風呂場へと向かった。
食事よりまずはさっきの現場で埃っぽかったのと…血の臭いを
消し去りたかったのもある。
後ろを当たり前のようについてくる亮太に振り返るとたちどま
った。
「今日は一人で入りたいんだけど?」
「ダメです!といいたいところですが……」
「それじゃ…」
「俺も早く洗い流したいので一緒に入りましょ」
「…」
ムスッとするように反論できずにいると、組員の一人が荷物を
受け取りに来ていた。
「坊ちゃん、荷物は運んだおきます」
「あ…うん、ありがと」
静雅から受け取ろうとするのを邪魔するように亮太が荷物を掻
っ攫うと部屋に持っていった。
「静雅坊ちゃんの事は俺がやるので下がってください」
「へいっ……では、食事の準備と風呂の準備ができています。後
ほど、頭のところへとくるようにとの伝言を……」
「分かった…ありがとう。」
多分昼間の事だろう。
まずはのんびりしたいと思い風呂を選んだが、その後が気が重い。
服を脱ぐと脱衣所の鏡をみると、はっきりと首のところに痕が残
っていた。
あの時は本気で死ぬかと思った。
何も出来ていないのに…復讐にすら手が届いていないのに、ここで
死ぬのかと思うと悔しかった。
必死に掴む手を引っ掻いたが全くびくともしなかったし、暴れても
なんの抵抗にもならなかった。
あれほど恐怖を感じた事はなかったのに……その後に亮太を見た時
なぜか助かったと思ってしまっていた。
自分の中で、なぜが助かったと確かに思ったのだ。
自分を殺そうとした男が死ぬまでは…。
目の前で人が死ぬという現実を目の当たりにしたのはこれで三度目
だった。
一度目は両親が亡くなった時。
二度目は目の前で車が何人も轢き逃げしていった時。
三度目は…今回だった。
隣を見ても、いつもと変わらない亮太の視線に、ゾクっと寒気がした。
人を殺して平気な顔をしているのだ。
まるで蚊でも殺ったかのような涼しい笑顔にどんなに恐怖を覚えたか
分からない。
「先に…入るから…」
「待ってください。身体洗うのを手伝わせてください」
「いい………自分で…出来るから…」
「そうじゃなくて…俺がやりたいんですよ」
今も笑って見える。
でも、その裏では何を考えているのだろう。
波戸崎もそうだった。
静雅を凌辱しようとした男…同じ高校生なのに大人びてて、どこか浮世
だっていた。
過去に静雅の両親を殺した奴と一緒に現場にいた少年。
そして…亮太によって連れて行かれた。
その後は……?
背中を洗い流すと、手足をマッサージするように触れてくる。
洗うだけじゃなく、身体中に傷がないかも確認しているらしい。
そして首元を眺めると目を細めた。
そっと触れられるとくすぐったい。
「すいません…俺がついていながら……」
「別に亮太のせいじゃないだろ……」
「俺のせいです。静雅くんに…こんな傷を残してしまったんだから…」
あんなに怖かったのに、今はそうは見えない。
振り返るとぎゅっと抱きしめる。
「お前のせいじゃない。むしろ、来てくれなかったら僕は今頃ここには
帰って来れなかったんだから…感謝してる…」
「少しだけ…こうしててもいいですか?」
「ん?…うん」
何の気なしに答えた言葉だったが、それはただ亮太を励まそうと言った
だけだった。
「あのさ〜……亮太、波戸崎ってあの後見かけないけど…どうしたんだ?」
「……ここで別の男の名前ですか?」
「別の男って…そういうんじゃないって……ただあの後どうなったのかな
って…」
「そういう事は日を改めて聞いて欲しかったです…いや、聞いてほしくな
いですね…察してください」
「何を察しろって?」
鈍い主人に少しムッとすると、洗い終わった濡れた髪を抱き寄せると身体
をピッタリとくっつけて来たのだった。




