72話
前から侍の格好をした集団がすれ違う。
「あの人達も衣装借りた人かな〜」
「そうじゃないかな?だって、ここで不似合いなくらいはしゃい
でるし…」
「それは僕たちも一緒だよね」
「確かに……」
「荒川くんなんて、こんなに別嬪さんに化けちゃったし?」
「もうっ!伊東くん!それは亮太がっ!」
「ほら、危ないですよ」
「うぅ……」
よそ見しないでと付け加えられると少しテンションもさがる。
ところどころで写真を撮ってはお互いに撮り合った。
すると、前から数名の忍者らしき人が近づいてくる。
「あれも、そうかな〜」
「そうですね〜」
誰か前に町娘が走ってきて、それを追うように忍者が数人。
「何かのイベントかな?」
首を傾げる伊東くんの前に来ると、急に後ろに隠れる。
「えっ…えぇっ!」
「お侍さま、お助けください」
「えぇ!僕?無理だよっ!」
「では、もう一人のお侍さま〜」
亮太の方を見るとすぐにすがりつこうとする。
が、手を振り払われると一瞬睨みつけてきた。
「汚い手で触るなっ…大丈夫ですか?静雅くん…」
「いや、これってそういう場面じゃなくない?」
「俺は静雅くんだけの者ですからね〜」
「…」
すると、さっきまで追ってきた忍者風の衣装の男が手に持って
いたのは明らかに場違いな刃物だった。
「えぇーーー!そこは手裏剣じゃないの?ほら、クナイとかさ〜」
アニメで培った知識では刃物を持った忍者など似合わない。
だがそんな話はどこへやら、狙いを定めてきたのはさっきの町娘
でも、目の前の侍風の伊東くんでもない。
花魁の衣装を身に纏った静雅の方だった。
なんの躊躇いもなく、殴り倒す亮太に不安などない。
こういう世界に生きてきた人間なのだ。
このくらいでは驚かない。
だが。その後の行動には驚いたのだった。
全員をのした後で町娘にも殴りかかったからだ。
「亮太っ!」
「大丈夫ですよ。こいつは男です…このまま逃すわけにはいきま
せんね…たっぷりと事情を聞かせてもらいますよ?」
そういうとスマホを取り出して誰かに電話するとすぐに清掃員の
格好をした人が連れていった。
「今のって……」
「さっきから殺気の籠った視線がずっとあるんです。多分、それ
かと…」
「そっか……」
「大丈夫ですよ、俺が絶対に守るので、安心してください」
「亮太………怪我したら怒るからなっ…」
「はい…」
一人蚊帳の外だった伊東くんがやっと起き上がるとさっきまで腰を
抜かしていたのを恥じるように咳払いをする。
「コホンッ……二人の世界に入るのはちょっと困るかな〜」
「別に二人の世界に入ってない!」
「俺は二人だけのが嬉しいですがね…」
「もう、雅くんは……協力してあげませんよ?」
「それは困りますね」
笑って流したが、静雅にはなんの事かわからなかった。
衣装を着替えるとやっと動きやすくなった。
「もったいないですね〜」
「そうだよね〜、すっごく綺麗だったのに…」
「もういいよ!ああいうのはっ!」
静雅からしたら大変だったのだ。
重いというのもあったが、常に亮太と手を握っているのも恥ずか
しい。
不可抗力とは分かっていても、公衆の面前でというのが一番嫌な
のだ。
他にも修学旅行生がある中で、顔のいい亮太はやっぱり何を着て
も目立ってしまう。
そんな横にいる身としては目立ちたくないし、ましてや敵意の籠
った目で見られるのが一番嫌なのだ。
「そう言えば結構チラチラ見られてたよね〜荒川くんも隅に置け
ないな〜」
「違うだろ?どーせ女子の嫉妬だろ?毎回の事だけど、うんざり
するよ…」
「そうですか?今回はそうとも限りませんよ?」
「ん?」
伊東にもそれは分かっていた。
女子からの視線はほとんどが亮太へ、そして男子からの視線は…
本人は分かっていなかったが、中身が別人のような見た目のせいで
女子と勘違いした男子生徒からは亮太が羨ましいという嫉妬の視線
がたまにきていたのだ。
だが、あえてそんな事は言わない。
「まぁ、いいじゃないですか!いきましょうよ!」
「そうだね、二人とも、行くよ!」
「そうだね…」
身軽になった静雅はそのまま映画村を堪能したのだった。
あとは駅に向かうと集合場所へと向かう。
次はバスで温泉施設へと行くと、そこで一泊の予定だ。




