71話
バスに乗り込むと混んでいてぎゅうぎゅうだった。
下っ端の組員の顔は知らない静雅はまさか、このバスの半数
が組員だとは知らなかった。
バスの中では逃げ場がないのだ。
なのであえて、囲うように守るしかない。
他の客に気づかれないように見張っているしかないのだった。
すぐ後ろのバスには亮太が乗り込んでいる。
さっきは咄嗟に人混みの中でナイフを投げたが、それを咎めら
れる前にその場を離れた。
夜だったらもっと殺やりやすいのに…
そう考えて、すぐにかき消した。
今は静雅坊ちゃんを守るのが先決だった。
野々宮神社で合流すうると、再びあの視線が来る。
気持ち悪いくらいに、じっとみられている気がする。
だが、振り返っても誰か分からないのだった。
近くに組員がいると言っても、やっぱり不安は拭えない。
ここは早く安全な場所に移るのが吉だろう。
人混みが一番厄介なのだ。
どこから何をされるかの予想をつけれないからだ。
「御守りとお参りだけでしたよね?」
「うん、そのつもりだったけど、竹林も見ていこうよ」
「それはいいよ!京都といえば嵐山の竹林は有名だからね」
ガイドマップを開きながら伊東くんが話し出す。静雅の真後ろ
をピッタリガードしながら周りを警戒する。
嫌な視線はずっとあり、なくならない。
「亮太?」
「ちょっと嫌な予感がするんです。何かあったら困るので早めに
ここを出ましょう」
「また…誰かいるのか?」
「まだ多分としか言えませんが…さっきも二人のうち一人取り逃
したので、できれば安全な場所にいて欲しいのですが…」
「伊東くん…」
「そうだ!太秦に行こう。あそこなら近づいてきたらわかるんじ
ゃないかな?」
「分かった、言ってみよう。」
買うものとお参りだけ済ますと、先を急いだ。
太秦映画村では衣装を着れるとあって、伊東くんも張り切ってい
た。
「わぁ〜これもいいな〜」
「あはははっ……なんか種類多いね〜」
「これなんかいいですね。これにしましょう。これとこれをお願
いします。」
「かしこまりました。こちらの衣装の方こちらへどうぞ」
いきなり背を押されると、亮太が勝手に決めてしまった。
「まだ僕見てないんだけど?」
「もう決めちゃいましたから。ほらっ、呼んでますよ!」
「なんで亮太が決めてんだよ!」
「いいから、いいから」
奥へ行くと女性が待っていて、パンツ一枚になると、順番に着せ
替え人形のように着せていく。
カツラを乗せれば完全に花魁の出来上がりだった。
「おい……嘘だろ……」
重い衣装は何重にも重ねられた布でできている。
着物の重さもさる事ながら、カツラも結構重い。
高さのある下駄を履くと、真っ白な下地を塗られているせいか誰
だか分からない。
「やっぱり綺麗ですね」
関心するように言ってくる亮太は武士の格好だった。
「なんでお前だけそんな格好なんだよ!」
「いいじゃないですか?俺に合わせるならここまでしないとね?」
「じゃねーよ!勝手に決めんなっ!」
そう言っていると、伊東くんも出てきた。
お殿様の格好に二人は顔を見合わせて笑い出した。
「それ、孫にも衣装だな!」
「伊東くん…ぷっ……似合ってるよ……」
「って、二人ともいいじゃん!こういうところはでは思いっきり楽し
むに限るよね」
写真を撮りながら映画村の中を回った。
もちろん歩きにくい下駄のせいで常に亮太に手を引いてもらうと、本
当に花魁になった気分になるから不思議だった。
昔の人はこんな歩きにくい格好のどこがいいのだろう?
確かに、誰かの助けがないと歩くことさえままならないというのは、ど
うにも不便だった。
写真に写った自分を見ると、まるで別人のようだ。
化粧のせいでどう見ても声を出さなければ分からない程度には化けれて
いるせいだろうか…。




