68話
どたどたと大きな足音が近づいて来て、職員室前で立ち止まった。
親子揃っての登校だった。
「石田さん、いきなりどうしました?」
「どもうこうもない!校長先生はいますか!」
「朝から騒がしいですね。何かありましたか?」
「あ、校長先生……石田くんの保護者の方がお見えになっていて…」
校長を見つけるとすごい剣幕で捲し立て始める。
「ここではなんですので、奥の部屋へどうぞ」
いたって落ち着いて対応する。
昨日、保健室の和泉先生のアドバイスされたからだった。
どうしたものかと悩んでいた時、ふっと現れた擁護教諭がさとした
のだ。
こんな達観した考えはなかった。
そして、背景をも初めて知った。
石田健大が養子であった事や、そこでいじめをしていた事。
それを知っている生徒を標的に、再び同じ事をしている事。
そして、問題なのはその相手が、荒川久茂の孫であると言う事だっ
た。
「事情を聞きましょうか?今日は何のご用でこちらに?」
「何もないだろ!うちの息子が不当な疑いをかけられているらしい
じゃないか!」
「不当とは一体何の事ですか?」
「この前は暴力事件…謹慎が解けたと思ったら、今度はなんですか!
これはあんまりじゃないか!親によって人権差別をしているので
すか!」
生徒の方も怒りを露わにしている。
「和泉先生、ちょっといいかな?」
「はい…少しお聞きしたい事があるのですが…石田くん、君は前に
女子生徒にイジメを助長するように言いくるめたね?」
「違う!あれはあの女が勝手にやったんだ!そういっただろ!」
「では、今回はどうだろう?こんな動画が出回っているんだよ。こ
れは君で間違いないかい?」
どこで撮ったのか、みんなの前に立って、写真をばら撒いている姿
が写っている。
そして至る所に貼り付けている姿もあった。
それ以外にも、ヤクザの息子と連呼して回っている。
「これのどこが悪いんだよ!あいつはこんなところにいる人間じゃ
ねーんだよ!薄汚い鼠の分際で人間と同じと思ってるんだからな!」
「それは差別じゃないと?」
「何をいっているんだ?息子が言っているのならそうなのだろう?
施設育ちだと聞いたが?彼を庇う理由はヤクザの息子だからじゃ
ないのか い?」
「そう…ですか。では、君のこれはなんですかね?」
机の上に出された書類は養子縁組のコピーだった。
石田健大を引き取る時、書類には養子とならないようにしたはず
だった。
が、その書類のコピーがあるなど知らなかった。
それ以上に驚いたのは健大の過去の親の素性の方だった。
父親は窃盗の常習犯で、母親は……昔有名になった事件の犯人で
服役中だったのだ。
「これは…なんだよ…これ…」
「知らないようだから教えてあげようと思ってね。君が産まれたの
は刑務所内だったらしい。そしてある程度育ったところで施設に
預けられた。そのせいで施設での年数は誰よりも長いはずだ。そ
こで知り合った静雅を敵視していた事も分かっている。先に貰わ
れていった事もね」
「違う!奴が悪いんだ!俺じゃない、父さん、俺は何も悪くないん
だ!」
「…」
「父さん?」
親の素性は明かされない。
だが知ってしまえば、後悔しかないだろう。
養子にしておいて施設に返すのはできないし、世間的に悪い。
言葉を失った石田親子に念を押すように付け加えた。
「そう言えば、勝手にヤクザの名を語ったという事で、後でどんな
報復があるんでしょうね?一応そっちの方にも連絡言ってるらし
いですよね?校長先生!」
「そうだな…確認をする為に連絡を入れておいたのだよ」
「なっ……なんでそんな事を……」
「保護者から何を言われても学校側は生徒とそれまでの行いを見て
判断するつもりですから、そのつもりでいてください。」
はっきりと言えたと思うと校長は胸を撫でおろした。
石田親子は項垂れたように帰っていった。
「お疲れ様です。あとはこっちでやっておきますよ」
「和泉先生、あなたは…」
「それと、荒川くんには内密に…彼は傷つきやすい子ですから」
「あぁ、そのようにしよう。」
他の先生からも聞いた話によるといたって真面目で控えめな生徒だ
という。
目立つ事もなく、だからといって何か取り柄があるわけでもないら
しい。
勉強は毎日の真面目な態度を見ればできて当然という。
「これからは私もしっかり生徒と向き合わないとな……」
椅子に座っているだけじゃなく、たまには授業を見に行こうと思っ
たのだった。




