63話
女子生徒を見送ると、教室へと戻ってきた。
伊東くんが待っていてくれると事情を話した。
「な〜んだ、てっきり荒川くんを本気で好きになったのかと思ったけど、
違ったんだ〜」
「当たり前だろ?僕は目立つ方じゃないよ」
「でも、少し安心したよ。荒川くんに彼女できたらどうしようって思っ
たからさ〜」
「そんなの作るつもりもないよ。どーせ、家の事を言えない時点で誰と
も付き合うつもりはないよ」
「あぁ〜そう言えばそう言う問題もあるんだったよね〜」
伊東は普通に接してくれるが、他の人が同じように接してくれるとは限
らない。
普通の人なら、関わり合いたくない人種のはずだからだ。
夏になり、体育祭が始まると余計に亮太が目立つ事が多くなる。
どの競技にも出て、忙しそうにしていた。
「伊東くん、悪いけど……」
「大丈夫、荒川くんの側にいればいいんでしょ?分かってるって」
「すいません、お願いします。」
「うん」
いつものように競技前に様子だけ見て戻っていく。
クラス対抗とあってか、気合が入る。
運動の苦手な静雅も伊東も隅っこで眺めるだけになった。
そんな様子を3年の観覧席から睨みつける生徒がいた。
本当なら卒業していたはずだったのだが、問題を起こしたせいで自宅謹慎
をくらった挙句に成績が芳しくなく留年したのだった。
「あの野郎…覚えておけよ……静雅のくせに……」
殺意のこもった視線に亮太が気づかないわけはない。
が、今は競技に集中するしかない。
亮太の視線が敵を見つけると容赦なく睨みつける。
石田健大は未だに気づいていない。
静雅への怒りで周りを見れていないのだった。
「厄介な奴が戻ってきましたね〜…いっそ殺せたら早いのに…」
考える事は物騒だった。
爽やかなイケメンから出る言葉ではなかった。
自宅謹慎になった理由を作ったのは亮太だったが、石田健大が敵視し
ているのは常に同じ立場だった静雅の方だった。
自分のが優位な立場にいるのだからと威張りたいのだろう。
が、そんな事は亮太が許さない。
施設で散々暴力を振るっていたと資料にあったせいで、初めから石田
健大は亮太の怒りを買ってしまっていたのだ。
それに加えて、女子を使っての体操服を汚させるというチンケな嫌が
らせをも怒らせる原因になった事など、知る由もなかったのだった。
終わってみれば圧勝して静雅のクラスは打ち上げと称して先生が全員を
焼く肉屋へと連れて行ってくれたのだった。
「ちゃんと食べてますか?」
「…別にいい……」
「雅くんも自分で食べないと〜、今日の功労者は雅くんなんですから」
「そうよ!雅くんに感謝して、乾杯!」
担任の先生の言葉に一斉にグラスをあげた。
亮太が常に肉を焼くと静雅の皿に置こうとした。
が、それには手をつけない静雅は自分で焼いて取ろうとして止められた。
「それはまだです。こっちを食べて下さい」
「自分で焼くからいい」
「だったらしっかり焼いてくださいね。ほらっ、こっちも」
「雅くんって本当にお母さんみたいだね〜」
「ぷっ……お母さんって……」
いきなりの伊東くんの言葉に静雅は笑っていた。
久々に笑ったせいかお腹が痛い。
たまにはこんな風に笑いながら食べるのもいいものだと思う。
最近はずっと苛立っていたせいで、家でも学校でも気が休まらなかったの
だった。




