60話
温かい体温に包まれるとふわっとした気持ちになる。
ただ抱きしめられているだけなのに、それだけで恥ずかしくなっ
て来る。
クラスの女子たちが見たらきっと発狂するだろう。
亮太を独り占めできるのは自分だけだと思うと、優越感すら感じ
てしまう。
男同士でこんな事を思うのはおかしいと思うけど…静雅には今だ
けは…この温もりを感じていたかった。
「あのさ…亮太……」
「すいません、痛かったですか?」
「いや…そうじゃない……ちょっと待ってて…」
「…?」
勇気を出して鞄から昨日買ったチョコを出すと亮太の前に出した。
「これ……渡してって……」
「…」
きっと受け取ってくれるって思って勇気を出したつもりだった。
けど、亮太の冷たい視線を見た瞬間後悔した。
やっぱり僕からじゃ嬉しくない…よね……。
「あ…えーっと、要らない?」
「誰から頼まれたんですか?なんでこんな雑な物を受け取るかな〜
こんな事二度としないで下さいって言いましたよね?」
「えっ……あ…うん…」
静雅の手の中にあった雑なラッピングのチョコを手に取ると側にあ
ったゴミ箱へと放り投げた。
怒ってるような亮太の視線が痛い。
少しでも喜んでくれると思って初めて買ったのに…
すっごく恥ずかしい思いをして買っただけに、泣きそうになる。
「バレンタインデーなんてなければいいのに…静雅くんにこんな事
させるなんて……静雅くん?」
「出てけっ………出てけよ!」
「どうしたんです?泣かないで、俺は静雅くんには怒ってないです
から…」
「知らないっ!バカっ!」
鞄を投げつけると余計に惨めな気分だった。
前に、女子に頼まれて亮太にチョコを渡した事はあるけど、今回だ
けは…今回だけは違うのに……。
「もう、僕に触るなっ!変態!」
「静雅くん!ちょっと…いたっ…」
部屋から追い出すとゴミ箱に入れられたチョコを眺めると、まるで
自分のような気がした。
いつかはこんな風に捨てられるのではないだろうか?
亮太が大事なのは自分ではなく、組長の孫という人間であって、自分
じゃない…。
「何を勘違いしてるんだろ…僕を好きなんじゃない…立場が欲しいか
らで……僕じゃない……はははっ…本当にバカみたいだ…」
考えたくない事ばかりが浮かんでくる。
いつか亮太に抱かれるとしても、せめて好きだからと言う理由が欲し
かった。
口では言っていても、こんな風に突き放されると思う事はしたくない。
「嘘つき………」
毎日のように抱きしめてくるのも、キスしてくるのもきっとただの気
まぐれ…そもそも女子にモテている亮太が男の自分に興味を持つ事自
体がおかしいのだ。
久茂の孫でなかったら、きっと見ることさえなかっただろう。
そそくさと風呂に行くと、ちょうど出るタイミングで亮太がきた。
「先に入るなら言ってくださいよ。背中流したのに…」
「必要ない……もう、疲れたから寝る」
「もうすぐ食事ですよ?」
「要らない」
「なら、後で持って行きます」
「…」
意地でも食べさせたいらしい。
確かに、ここへきて少しは肉付きはよくなったと言っても、まだまだ
痩せている。
部屋に篭ると布団の中に潜り込んだのだった。
部屋の外では静雅の態度にどうしたらいいか迷いながらも、亮太は永
瀬さんのところに来ていた。
「すいません、食事終わったら後で静雅くんの分お願いできますか?」
「今日は気分悪いって?」
「はい……部屋にこもってしまって…」
「そっか…分かった、後で作っておくから取りにきてくれ」
「ありがとうございます」
昼の食事以外ではりょうたの渡したチョコくらいしか口にしていないは
ずだ。
毎年のように静雅を通じて渡して来ようとする女子には呆れてくる。
それに、全員の男子へとわざとらしく手作りを配るヤカラまでいる。
これには本当に迷惑だった。
変な物を静雅に食べさせるわけにもいかないし、自分ですら食べたくな
い。
ましてや何が入っているのかわからない物など絶対に嫌だった。
静雅に食べさせないように目の前で取り上げると袋に詰めて後でと言い
ながら焼却炉に捨ててきた。
全く油断も隙もない。
食事を終えてスマホの画面を見ると、伊東という文字が浮き出ていた。
LINEを開くと、簡素な言葉が流れてきた。
〜どうだった?あまりに嬉しくて荒川くんを襲っちゃダメだよ〜
「どう言う事ですか…これは…」
返事に迷うと電話をかけた。
数回のコール音の後ですぐに伊東の声が聞こえてきた。
『はい、もしもし?』
「あぁ、あの文字はなんですか?」
『あれ?まだチョコ貰ってないの?まだ渡してなかったなら、ごめん』
「チョコって……あぁ、雑なラッピングのやつですか?まさかそれって
伊東くんだったんですか?男からチョコを貰う趣味はないです」
『あーー!ちょっと待って!違う違う!あれは荒川くんが用意したん
だって!なんかもっとちゃんとした奴買いたかったらしいんだけど、
女子の迫力に負けてコンビニが限界だったって……それに、ラッピング
は保健室でしたんだけど、やっぱり雑だったよね〜』
「…」
『聞いてる?雅くーん?』
プチッと通話を切るとすぐに駆け出していた。
さっきのは静雅が用意した物?
だったら……俺は何をした?
目の前で………。
自分の行動を思い出すと、後悔した。
初めてなのに…いきなり捨てられたら、普通どう思うだろう。
自分だったらショックだろう。
今、静雅の気持ちを考えると余計にいてもたってもいられなかった。




