4話
お腹いっぱい食べたのは久しぶりだった。
まだ両親が生きていた頃以来だろうか?
「お腹いっぱい…もう食べれないよ…」
「美味しかっただろ?永瀬さんは昔シェフだったんだぜ?」
「こんなに食べたの…久しぶりかも………」
美味しくて、目一杯食べれる事がこんなに幸せな事だとは考えも
しなかった。
感動したら自然と涙が溢れてきた。
「静雅坊ちゃん、どこか痛いですかい?」
「違う…嬉しくて……いつもはこんな事…ないから…」
「坊ちゃん、こんな事でよければ毎晩きてください。用意してお
きますぜ」
「ありがとう…ございます」
静かに眺めているだけだった亮太が静雅の手を握ると走り出した。
「お風呂行こうぜ!うちはでっかいんだぜ!」
「先に入っていいの?」
「当たり前だろ?組長の孫が入ってだめなわけないだろ?」
「う…うん」
施設から連れてきたというのは一部の人間しか知らない。
他の組員は直茂坊ちゃんが死んで引き取ったと思っている。
亮太はお世話役のせいで事情を聞かされ知っていたのだった。
掛け流しの大きな露天風呂のついた風呂で内風呂と外風呂があった。
「大きいし、きれい……」
「みんなが使うから、いつも清潔にしてるんだよ。それにみんな刺青
しているから不衛生じゃ困るしね」
「刺青?」
「見たことないの?これの事だよ」
亮太が見せると肩口に小さな、拳大の絵が刻まれていた。
静雅はじっと眺めると触れてみたくなってそっと触ってみた。
「初めて見た?うちの家族はみんな入れてるんだ」
「僕も入れるの?」
「それはまだ早いよ、これすっごく痛いんだ」
「えっ…痛いの?大丈夫なの?」
「はははっ、今は痛くないよ。入れる時は針でいくつも刺されながら
絵を入れるからね。さぁ〜もういいでしょ、入ろう」
「う…うん」
身体を洗っていると背中を流してくれた。
代わりに静雅も亮太の背中を流しながら、刺青の場所は丁寧に擦って
いたら笑われてしまった。
「もう痛くもないし、擦っても取れないよ?」
「そうなんだ…」
痛いと聞いてからすごく心配になったし、気を使ってしまっていた。
が、そんなに構える必要がないと言われると、少しホッとした。
すると、湯船に浸かった瞬間、ふわっと檜のいい香りがしてきた。
「気持ちいいな〜」
「でしょ?檜の匂いもいいよね」
「お風呂ってこんな温かいのは初めてかも…」
「いつもはどうしてたの?」
「あ……いや………」
「施設から来たのを知ってるのはさっき付き添ってた人と俺だけだ
から大丈夫だよ?」
「そっか……小さい子達と一緒に入ってたから、全員洗い終わる頃に
は湯は半分くらいしかないし、浸かるっていうか…拭くので精一杯
だったかな…冬だとぬるくて浸かるのも寒かったし…」
「そっか…大変だったね…これからは俺がついてるから。絶対に守る
からさ〜安心して」
これが、亮太との初めての出会いだった。
いつもどんなところに行くにも一緒で、運動神経もいい亮太には何を
するにも敵わなかった。
もちろん、それも静雅を守る為に磨かれた技術で、一人で出かける事
はなくなっていった。
勉強も一緒、風呂もいつも一緒それが当たり前で高校受験さえも一緒
だった。
亮太のが頭がいいのに、わざわざランクを下げた高校へと受験したの
だった。
そのおかげで、亮太は主席合格で入学式でのスピーチが言い渡された
のだが、護衛の任務があると言っても早々に辞退したのだった。
次席合格者が代わりにスピーチをするはめになってしまい、どうにも
腑に落ちないのだった。