人気投票SS:【菫編】
「という訳で、菫さん、しばらく貴女は休養です」
「うぅ……はいぃ~」
ここは巴ちゃんが出資している病院の診察室、レントゲンを見ながら顔なじみの先生が言う。
「それと上凪さん、いい機会ですので魔法をなるべく使わない様に」
「はい、しっかりと休ませます」
「えぇ~優希さんの魔法ならすぐ活動再開出来るのに……」
ぶーぶーと抗議してくる菫、それに対して先生が深いため息をつく。
「今回は普通の骨折と違い、疲労骨折なんです。つまりあなたの働き過ぎが原因なんです、それをわかってますか?」
じろりと睨む先生、その圧に押され菫が目を逸らす。
「という事で、社長さんから指示がありまして、明日から2泊3日で次のMVで使うロケ地の下見と近くの温泉旅館での休養を命じます」
同席していたマネージャーさんが言う。
「えっと……それって?」
「デートして来いって事みたいよ……」
「えぇぇぇ!?」
顔を赤くした菫がチラチラ見て来る、付き合ってから半年以上経ってるのに今だに恋人同士とかで緊張する程の初心だったりする。
「そういうとこよ、次のMVはジューンブライドがテーマなのですから、少し恋愛慣れしときなさい」
「うぅ……はぁぃ……」
「という訳で優希さん頼みますよ」
「了解しました」
「それでは先生、ありがとうございました」
「はい、じゃあまたどこか具合悪くなったらきてね~」
席を立つマネージャーさん、一足先に出て車の手配に行くようだ。
「じゃあ、菫いく……菫?」
「温泉デート、温泉デート、温泉でぇと……」
「ダメかもですね」
「そうだね~こういったのは荒療治で頑張れ! でも色々頑張って、無理しないようにねぇ」
「わかりました」
顔を赤くしてぼーっとしている菫を見ながら日程を考え始めた。
◇◆◇◆
「という訳で、やってきました函館!」
「あががが……さ、寒い……」
「いや、何でそんな薄着なのさ……」
「だって! この時期といったら沖縄でしょ!?」
顔を青くする菫に空間収納から取りだした魔道暖房付きベンチコートをかけておく、足元は仕方ないのであきらめてもらおう。
「いやいや、説明したじゃん……というか荷物は?」
「あーあはは……実は紅さんに用意してもらったんだ……」
「えぇ……」
仕方ない……一旦、菫に着替えてもらうか。
「とりあえず。これと、これを着てきて」
空間収納から試作品の魔道タイツと魔道インナーを取りだす。
「これは?」
「うちの会社の試作品、魔力の弱い人やご年配の人でも使える様に魔石を編み込んだインナー。一応貼るカイロくらいの温かさを維持できるようにしてあるんだ」
「へぇ~じゃあ、着替えて来る!」
そう言ってトイレに行く菫を見送ると、声をかけられた。
「あのあの! 上凪先生ですよね!」
振り返ると高校生くらいの人間とエルフの女の子二人が、すぐ後ろにいた。
「そうだけど……どちら様ですか?」
「はい! 私達、上凪先生が設立した冒険者学校の卒業生なんです!」
エルフの少女が元気に言う。
「え、空上の?」
「はい!」
「そうか……もう、卒業生が出たんだな……おめでとう二人共」
「はい、卒業式まではまだあるんですが。一度里帰りというか、友達に私の地元を紹介しようと思って」
隣に並んだ人間の女の子が恥ずかしそうに言う。
「うんうん、良い事だ。パーティメンバーとは仲良くしないとね」
「それで、上凪先生は先程の女性とデートですか?」
「あぁ、そうだね、仕事の下見もあるけど目的はデートだね」
「「キャー!!」」
楽しそうな二人を見ていると、わき腹を抓られた。
「こーら、私が居ながら。ナンパしないの」
「いや、違うって……」
「そちらの女性はまさか!! 天春菫さんですか?」
エルフの少女が身を乗り出してくる。
「あ、うん。そう……だよ?」
何で疑問形なのさ……。
「私、ファンです!!」
「そ、そうなの? ありがとう?」
だから何で疑問形なのさ……。
「それで、お二人はデートですか!?」
「ちょ! やめなって!」
人間の少女が興味津々に聞いてくる、まぁ中学生だし興味津々なんだろう。
「そ、そうよ! 私達ラブラブカップルなんだもの!」
あーそう言うと……。
「ラブラブって事は……もう行くとこまで行ってるんですね!」
「いくとこ!? そ、そうよ! もうバリバリに行ってるわよ!」
自分で蒔いた地雷で自分の逃げ場無くしてるんだけど、大丈夫かな……。
それじゃあ〝キス〟見てせて下さい〝キス〟!!
「キキキキ、キスゥ!?」
ほら、地雷踏んだ……仕方ない。
「こら、二人共、一応人が流れて行ったとはいえここは空港なんだから人の迷惑になる事は駄目だぞ。それに菫はこれでも芸能人だからマナーを守らないとすぐに目をつけられるからね」
「「はぁい……」」
シュンとする二人、丁度そこにスマホの着信が入る。
「すみません、お母さんだ……」
そう言って2~3言交わすと通話を切る。
「すみません、上凪先生お母さんが到着したみたいで、失礼します」
「そっか、二人共気をつけてな」
「「はい!」」
「それと、卒業式には顔も出すから。その時まで無茶しない様にね」
「「はい! ありがとうございました!」」
お辞儀をして駆け出す二人、出口の間でもう一度お辞儀をすると光の中に消えて行った。
「という訳で、菫もうだいじょう……菫?」
「キス? キスってあの? いやいや流石に今ここでするのは!? でもでもでもぉ~!?」
「うん、だめだこりゃ」
◇◆◇◆
あれから市場に行って食べ歩きをしたり、スイーツを食べたりとした後に気合で夕食を食べ部屋に戻って来た俺達は二人してベッドに倒れ込む。
「ふぅ……食べた食べたぁ……」
「うん、海鮮がどれも大振りでまるでお魚丸々食べてるみたいだったね!」
「確かに……あれは本州じゃ食べれないよ……」
海鮮を食べる為だけに、こっちに別荘を買いたくなってしまったし。
「そ、ソレデネ!優希サン!」
暫く余韻に浸ってると、緊張したのかカタコトの菫がこちらを見て来る。
「どうした?」
「い、一緒にオフロ……入りまセンカ!?」
ガチガチになった菫が露天風呂を指差す。
「良いけど……大丈夫なの?」
「彼女らしい事もっとしたいので……」
「そうか……じゃあ準備してくるよ」
ベッドから起き上がり、空調魔法をセットしに行こうとしたら裾を引かれる。
「あのね!! お願いが!」
顔を赤くした菫が俺を見上げて来る。
◇◆◇◆
意を決した菫と一緒に家族風呂に入る、こうしてお互いに肩が触れ合う距離での混浴は初めてだ。
「菫、大丈夫か?」
「う、ウん!? ダ、大丈夫!」
所々カタコトになってるのは大丈夫と言えるのか……。
「とりあえず、落ち着きなよ。こうして目隠ししてるし」
タオルを巻いた俺は残念ながら何も見えない。
(まぁ、今はこれで十分だな)
そう考えているともぞもぞと動き出す菫。
「優希さん!」
ぐいっと上にタオルが上げられ灯りに目が焼かれる、かと思いきや目の間に菫の顔が迫っていた。
「——んっ!」
ゼロ距離になった俺達によって空間に静寂が訪れる。
「——ぷはぁ! これいつ口を離せばいいんだろう!?」
その言葉に俺は笑いを堪えるのが我慢できなかった。