新体制 or サーガ
「な、何が―――」
「...いや、そんなに急いでもダメかな。
急げば急ぐほど、ボクの心がだめになっちゃう」
「...?」
さっきの由紀の行動が分からない。
...何が、『諦めなくてもいい』のだろうか?
「...失礼しました、ゼロ先生。
いや、別にイアって言ってもいい?」
その声に打ち消されるように消えた想い。
「...ああ、問題ない。
ただし、俺もお前の事は呼び捨てにするからな」
すると、滝の世界で見たような挑戦的な面持ちになった。
「うん!勿論、まあ...いや、何でもないよ」
何を言わんとしていたのかは分からないが、きっと聞くとひどい目になるだろう。
そう考えて聞かないという選択肢を取ったことに対して、由紀が意外そうな顔をしていたのには、多少憤りを感じたが。
―――
「さて、昨日ぶり、かな。
初日から君たちの教師としてきた、ゼロ=ゲイルだ。
まあ、何とかなると思うが...。」
そこで、俺は言葉を止める。
此処は、昨日と変わらず特別魔術教育コースの教室。
だが、昨日までの雰囲気とは打って変わり、殺伐とした空気がそこに満ちていた。
なんとなく二分されたようなその教室の空気に、俺は―――人には致死量になるかならないかレベルの魔力量で―――魔力を放出し、威嚇しながら続きを話すことにした。
「...グレンのバカのせいで俺がここにいるのは納得できた。
だがな、一応人の話は聞けよ?」
俺が急遽配属されたのは此処だった。
理由としては、グレン=ヴァルカリアがその名誉職を辞任し、どこかに龍の姿を取って飛び立ったからだ。
...もしかすると、何かしらの理由があってそうしたのかもしれないが、少なくともそれは毎年このクラスに人が入り、またいなくなりづらいという準悪循環なこのクラスにおいては、アイツの存在は重要だった。
そのために、今アイツが居なくなるのは非常に残念だ。
「...イア」
「ん?なんだ、由紀」
その由紀の声でそちらを向くと、魔石を作って遊んでいる者達と、今までいたのであろう、しっかり座ったままでいた者達が分れていた。
「これを見て、どう思う?」
「どうって...。」
これを見て、俺は悟った。
グレンがああやって旅行に行っていた意味を。
もしかすれば、それは―――。
「...全員注目!
明日から旅行に行くからな、今日のうちに身支度調えとけよ!」
皆から口々に賛成の声が上がる。
皆、楽しそうだ。
だが、楽しそう、だけでは皆に(ここは緩い。ここにいて良かったあ...。)、と、ぬるい考えを持ってしまう。
そのために、彼等には楽しむだけではだめだということを身に染みて、そう―――身に染みて理解してもらうことにした。
「...お前らは、俺が作った戦艦『クリンゲ』の操艦、及び仮想敵―――例えば隕石、それに機動兵装なんかを相手してもらうことにする。
それが上達したら、旅行の実質的な開始だ!」
―――
後に、『転生皇の凱旋』と言われたこのクリンゲによる旅行は、クリンゲの姿を晒させて他の国々に飛行する艦隊を作成させること、及び機動兵装による周りの仮想敵対物を倒させたことにより他の国々の軍備増強や機動兵装の作成を急がせ、新たな居住世界の選択肢、宇宙空間を見つけさせたことが副作用として現れた。
また、戻るときに相当ひどく怒られることになるのだが、今はまだそんなこと頭に入れないようにしていた。
―――
「敵艦第3砲塔、沈黙しました!」
「よし、今日は此処までだ。今日は戦艦『クリンゲ』の推力を利用して、南国の列島に行くか?」
『え!?本当ですか、先生!?』
由紀がそう言ったのも驚きものだが、実際そうなったのだから、面白い。
キルガ。
それは、魔大陸とヴァルドア大陸とを分かつ、帯状に並ぶ列島だ。
そのうちの一国、サーガに俺達は来ていた。
この国は、魔大陸にある魔人と呼ばれる者達の進行を幾度となく退けており、その主戦力には機動兵装が―――かつて俺がこの地の身で作ることを許した、その武器が用いられている。
俺達が物理的な航空戦艦である『クリンゲ』を用いてきたことには多少驚いていたものの、俺が肉体を変質させてその姿を発現させると納得したかのように溜息を付き、中央にいた女が俺の事を知っていたかのような反応をした。
「ある人はこういいました。
『いつか、俺が戻ってくるとき、多分見た目は変わってるだろうけど、取り敢えず、まあ...そん時の俺に振り回されんなよ』って。
...来た時から振り回されそうな予感がしますけどね、ゼロ=ゲイルさん」
名乗っていないのになぜわかったのか、それは俺には分からなかった。
しかし、その後に耳元で「...自分で言ったんでしょ、イヴェンシア」という声が聞こえた。
...もしかすると、コイツは―――。
「おーいアリシャ―、早く帰るぞー!」
その馬鹿のような声が聞こえ、最早聞きなれているその声に少し苛立ちを覚えた。
「...あんのバカ親」
アリシャがそう呟いたのも無理はない。
...アイツが今のようになった理由も、グレンが原因しているということを思い出してしまい、少しだけアイツ―――一応父親の、氷華 斉太が可哀想に思えた。
いや、まあ...それが普通なのかもしれないが。




