モデルと戸籍
「みぶさ~ん!」
町を歩いているといきなり後ろから声をかけられた。
振り返ると、春日レイコがいた。
黒いジャンパーに真っ赤なミニスカート、金色の長い髪がキラキラしている。
相変わらず派手だ。
「ご無沙汰です」
「ああ、元気だった?」
彼女がまだグラビアモデルをやっていた頃、バラエティ番組で何度か顔を合わせたことがある。
メディアでは天然ぶりが話題になっているが、あまり自分を飾らない無防備な子だった。
自分に正直すぎることが災いしたのか、しばらくするとあっさり芸能界を引退してしまった。
「ええ、ちょっと、みぶさんにお願いがあるんです」
「何?」
「コセキをお願いしたいんです」
「コセキ?」
「はい、コセキトーソン?」
「ああ、戸籍謄本だね」
日米ハーフの彼女は十五歳までカリフォルニアで育ったので日本語が不自由なところがある。
「私が役所に取りに行ったんだけど、市役所の人、私の言うことがよくわからなかったみたいで」
まあ、さもありなんだろう。
「委任状を作れば他の人でもOKだそうなので、みぶさんにお願いしたいんです」
そう言って、手回しよくぼくの名前を書いた委任状を差し出した。
「お願いね!」
言うだけ行って、彼女は去って行く。
「ちょっと、待って…」
呼び止めようとしたが、すでに後姿は見えない。
翌日、しかたなく市役所へ行った。
月曜日の午前ということで混んでいる。1時間近く待った後、窓口に呼ばれる。
「春日レイコさんの戸籍謄本を申請されたみぶさんですね。調べましたところ、彼女は一ヶ月前に亡くなっているんですが…」
戸籍係に言われてぼくは唖然とした。
だって、昨日、春日レイコ本人から戸籍謄本を取って来て欲しいと頼まれたばかりなんだから。
「何かの間違いじゃないですか?」
「いえ、ちゃんと死亡届も出ています。すでに、遺体は火葬されて霊園に埋葬されているはずです」
わけがわからない。
埋葬許可が出された霊園を探し、彼女の墓に行ってみた。
御影石に「春日家」と書かれた質素な墓だった。
昨日、ぼくに頼みごとをした春日レイコは本物だったんだろうか。
なぜ、わざわざぼくに自分の戸籍謄本を貰いに行かせたのか?
「みぶさ~ん!」
墓石の向こうから、いきなり彼女が立ち上がった。
「お、お化け!」
「失礼ね。あ、でも、昨日はごめんなさい」
相変わらず真っ赤なミニスカートから長い脚が二本伸びているが、だからと言って幽霊じゃないとは言い切れない。
「なんでまた、ぼくのとこに?」
「お詫びしたくって」
「お詫び?」
「だって、私の戸籍、もうここにはないんだもの」
「死亡したっていわれたぞ」
「ええ、私のいる世界の役所に行って、今日、ちゃんと貰って来たわ」
「そっちの世界の役所?」
「ほら、これ」
彼女が差し出す戸籍謄本の写しには、春日レイコ 命日4月1日 神戸市より移転 と書かれてあった。
「なるほど、そっちの戸籍は誕生日じゃなくて命日から始まるんだね」
「そうなの、私も今日はじめて知ったわ」
「でも、なんで戸籍謄本が必要になったの?」
「もちろん、こちらで結婚が決まったからよ」
あの世で結婚したらどんな家庭が出来て、子供が生まれるのかなど興味が湧いたが、彼女の次回の報告を待つことにしよう。