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掌編小説  作者: kj
9/12

火中の栗は拾えない

目薬、柔軟剤、ヘアブラシ


夏休みに入り、子供たちが多く集う公園に俺はいた。

高校二年の夏、青春のせの字も感じさせない夏休みのとある一日だ。

塾の行きがけににふらっと寄った公園で、たまたま幼馴染に会ったのだ。

幼馴染と聞いて押しかけ美少女を想像した諸君、残念ながらそんな人物はいない。

そんな人物は、実際日本どこを探したっていないのだ、諦めてくれ。

その幼馴染とは、女の子ですらなく、小・中のころよく遊んでやっていた3つ年下の男子二人のことを指す。

中学生にもなった彼らはいまだに公園の滑り台を独占し、公園のヒエラルキーのトップに君臨していた。

「おい、お前ら、いい年こいて滑り台を独占してんじゃねえ」

「お! あんちゃん、久しぶりじゃん!」

 ぱっと俺を見つけ、元気に答えたのは毬栗頭の少年。名をケンタという。

 タンクトップに半ズボンという出で立ちのそいつはすでまさに悪ガキといった風体だ。実際こいつは悪ガキでもなんでもなく、野球部所属、生徒会の一員だったりする。そんなケンタはべり台の上に立ち右手にスマホ、左手には小さな容器をもっている。

「あ、先輩。チワっす」

 砕けた敬語を話したのは眼鏡の少年。名をカズキという。

 ズボンにTシャツのそいつはいかにも頭のよさそうな顔をしているが、そんなに賢くはない。最後にスをつければすべて敬語になると思っている。そんなカズキはすべり台の下に所在なく立っている。

「そんなところでなにしてんだ?」

「そりゃ、みて分かるでしょ。二階から目薬さそうとしてるに決まってるじゃん」

 ケンタはさも当然だというように俺を見下げた。

 はい? 二階から目薬? ことわざ?

「いやいや、分かるか! ちゃんと説明しろ!」

 毬栗頭は俺のツッコミにケラケラ笑いながら、

「あれだよあれ。俺たちユーチューブ撮ろうと思ってんの。んでなにしようかなって考えたのが、ことわざとか慣用句とかを実際にやってみた動画撮ろうと思って」

とカズキが後の言葉を引き継ぐ。

「手始めに『二階から目薬』をやってるんすよ」

 さもすごいことを考えたぜという顔でカズキとケンタは満面の笑みを浮かべる。

 なんかあほっぽいことやってるな、と思ったがユーチューブか。

 俺が中坊のころにはなかった遊びだ。

 そして地味に面白そうでもある。

「これ何本目?」

「記念すべき一本目! あんちゃん良い時にきたよ!」

 一発目から難易度の高そうなことをするもんだ。

「もっと簡単なのから始めとけよ」

 するとカズキが、チッチッチと指を振る。

「先輩、動画は簡単じゃあだめなんすよ、この記念すべき一回目には、どんなに困難でもやり続ければきっとできるってって思いも含まれてるんすから」

 思いのほかメッセージ性の強そうな作品だな。

 こんな動画見たいのは暇を持て余した奴だけだと思うぞ。

 そう思ったが口には出さないで置いた。

「へえ。ま、がんばれよ」

 俺はその場を後に塾へ向かった。


 日が傾き始めたころ、塾を出た俺は再び公園に向かう。

 すると例のコンビはいまだに滑り台を舞台にごちゃごちゃやっていた。

 かれこれ3時間はやってるのではなかろうか。

「いいかげんあきらめろよ」

 俺は藪から棒に、話しかけた。

「ちょ、あんちゃん急に話しかけてこないで! あぁ……」

 どうやらまた目薬ははずれたらしい。

「もう少しさ、簡単なのにしたら?」

 俺は至極まっとうな提案をしてやる。

 始める前から、挫折してたんじゃ世話がない。

 するとカズキがおもむろにポケットから何かを取り出した。

 取り出されたのはホテルとか旅館で無料でもらえるようなちゃちいヘアブラシだった。

 無表情のまま、カズキはポキポキと櫛を折り始める。

「……櫛の歯が欠けたよう」

 カズキは全く感情が乗らないその顔を俺へと向けた。

 掛ける言葉がない。

 急に堰を切ったようにカズキが声を上げた。

「…………これが面白いと言えるんスか!? やることの難易度を下げると面白さの難易度が爆上がりするんスよ!!」

 ぜぇ、はぁと荒い息をつくカズキの剣幕に俺は思わず後退った。

「そ、そうだな。確かに。じゃあさ、もっと簡単にできて難易度高いことわざとかやってみればいいじゃねえの?」

 挫けそうな顔をしているカズヤは見ていられなかった。第一回で終了なんて可愛そすぎる。

「そうだあんちゃん、手伝ってよ!」

 すべり台の上から威勢のいい声が聞こえてきた。

少しくらい、後輩に恩を売っておくのも悪くないかもしれない。

 しょうがない、いっちょ手を貸してやるか。

「しゃあねえなあ。できればすぐ終わるやつな!」

 さすがに二階から目薬はやってられないからな。

 

 ケンタは滑り台を飛び降り、カズヤと真剣に話し合う。

 やることが決まったらしくケンタは俺の方をまっすぐに見た。

 なんだかんだで、彼ら二人は真剣にやっていたようだ。

 そんな姿を見ると俺もなんとかしてやりたくなる。

「……俺達じゃ絶対できないなと思ってたやつ、やってくれよ!俺たちしっかり撮るから!」

「おう!」

「簡単にできて、難易度高くて、すぐ終わるから。一肌脱いでくれるっていうあんちゃんにぴったりなやつだよ! 火の中に手突っ込んで栗拾って!」

『火中の栗を拾う』。

――他人の利益のために危険をおかして、ばかなめにあうこと。あえて危険に身を投ずること――広辞苑引用。

「ごめん、ムリ」

 お前らのためにそこまでの危険は犯せん、バカな目にも会いたくはない。

 その時の俺は最もそのことわざから遠い人間に成り果てた。

 俺は直立不動から回れ右、全速力でその場を去ったのだった。

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