ホットパンツ
古びたガレージの中、車の下に潜る人影があった。車は旧車というのだろうか、日本車に比べてバカでかいそれはレトロなアメリカンのセダンだ。腰から上はすっぽりと車の下に収まり、ホットパンツから下が、車の下からニョキッと生えている。突然みたら異様な光景だろう。その人影に声がかかった。
「終わりそう?」
声をかけたその人はガレージの壁に肩をもたれ、偉そうに腕を組んだ。
「もう少し、後はエキゾーストと触媒をつなぐだけ」
車の下から声がする。上半身が一生懸命に動いているせいか、腰から下もよく動く。ホットパンツから覗くムチムチとした太ももは非常に目に毒だった。
思わずその太ももに目が吸い込まれる。だがすぐに目を離す。やっぱり目に毒だ。
「そのカッコで整備するなって。見る人が見たら卒倒するわ」
ホットパンツ及びソレを着る太ももは抗議の意をバタバタと全力で訴える。
「いいじゃん、こっちのほうが楽なんだから。それにこれは伝統的な服装なの!」
ガチャガチャと音を響かせながら、わけのわからない言い訳が続く。
「女の子でもホットパンツを捌ける子って限られてるよ」
「そう? そうかもね、でも好きなことをやるって幸せなことじゃん?」
車の下から出てくるのは楽しそうな声だった。
壁によりかかりつつ、思った。たしかにそうかも知れない。好きなことをやるって言うことはいちばん大切なことだと。
「よっし、出来た!」
威勢のいい掛け声とともに、クリーパーを転がして車の下から這い出てきた。
ホットパンツにランニングTシャツ。ラフな格好。
出てきたのは健康的な美脚を持つ……男だった。
「その格好はやばいって」
腕組をやめ、腰に手を当てる。ホットパンツの彼の前に――彼女は立った。やっぱりいつ見ても変だ。私だってホットパンツが似合う自信は無い。それを自信満々に履きこなす彼をちょっと羨ましいと思っていることは内緒だ。
「なにを言う。これが60年代の正しい格好だ」
悪びれもせずそういう。彼が言うにはホットパンツは男性の履き物。60年代を愛する彼に時代の概念は無いらしい。
「とにかく直ったんなら乗せてよ」
「もちろん!」
彼はとびきりの笑顔で言った。が、ランニングTシャツはともかくホットパンツは目が痛い。
「その格好で外でないでよ!」
「当たり前さ、こんなんで外で歩いたら恥ずかしいし、ただの変態だからな」
自覚はあったらしい。
「まっ、それでも好きなことはやりたいし、君なら笑ったりしないだろ?」
好きなことを全力でやる彼は格好はともかく、全力で好きなことをやり、全力で好きなものを履き、全力で人のことを信じてくれる。そんな彼は、彼女に眩しく映っていた。
ガレージの中、ホットパンツ、走る の三題噺です。
走るが収まりませんでした。もう少し勢いのある感じに出来たら笑える文章になったかもしれないです。