売れる条件
忖度、カーテンコール、こどもの日 の三題噺です。
ゴールデンウィークの最終日、こどもの日のことだ。その日の劇は大盛況で幕を閉じた。町の小さな劇場で一仕事を終えた役者たちは、そつなくカーテンコールを終え、舞台袖に戻ってくる。「おつかれしたー!」と方方挨拶を交わし大団円を迎えているその光景に、舞台副監督である私は疑問を覚えた。
いつもの私ならそんな光景に疑問を持つことはないのだが、今回に限っては心のモヤが晴れなかった。なぜか。
――それは、今回の演劇の内容が「カネに溺れる政治家をスカッと懲らしめるという」という題目で、それを見に来たお客さんが家族連れの家族ばかりだったからだ。
大人ならば、まあまあウケる。だがお子様にはお世辞にも面白いとはいい難い。ソレをこの連休にあてる演目にしようとしたのだ。忖度なしに言わせてもらえばありえない。子連れが多いことは明白だし、やるんだとしたらもっと子供向けのものだろう。監督の意図が全く読めなかった。
だから、私がいつまでも監督に文句を言い続けるのも許してほしい。
舞台裏の監督室――二畳ほどの小さな部屋で小さな机と脚本が並んだ大きな棚くらいしかない――で私は監督に詰め寄っていた。
「監督、なんで今回の演目、こんなかたっ苦しいのだったんですか! もっと子供向けにしてればもっとお客さん入りましたよ!」
これは何度も言っていることだったが、言わずにはいられなかった。しかし、返事はいつもと同じ。
「いやあ、今年はこれでウケると思ったんだけどねえ。外したかもねえ。悪い悪い。まあ、ゴールデンウィークなんだしさ、いろんなお客さん来るじゃん?タマにはこういうのも悪くないよ」
監督は、こっちの顔も見ないでタバコをふかしながら、とりとめもない言い訳を続ける。
「来年はさ、君の案通すからさ、たのむよ」
「はあ、勘弁してくださいよ、もう」
私は肩を落としながらため息を付いてやった。監督に聞こえるよう特大で。
このかき入れ時に政治とカネなんてディープなネタをやっていたら商売にならないのだ。
監督とそうこう話していると監督室の扉が開いた。
入ってきたのは日も差していないのに深い色のついたサングラスをかけ、長いあごひげをはやした男だった。
監督はさっきまで野田らっとした格好は嘘のように飛び上がり、直立不動になった。
「ああ、今日来られてたんですね! お目に入れていただき光栄です!」
監督が敬語を使っている。珍しいこともあるもんだとぼうっとその様子を見ていた。
「おい、お前、ぼうっとしてんじゃねえ。井口アキラさんだ。しゃんとしろ」
その名前を聞いて私は飛び上がる。この仕事をしていてその名を聞いたことがないやつはいない。
「は、は、初めまして! 今回副監督をした氏家です!」
男性は鷹揚に手を広げ笑った。
「そんなに緊張しなくてもいい。ところで今日の演目はおもしろかったねえ。次も期待しているよ。じゃあまた、機会があったら寄るから」
そういって彼は去っていった。嵐のような人物だった。
監督はふうと息をついた。
「あのひと、政治家が懲らしめらる話大好きなんだよ。あの人が来るって噂を聞いて今回の演目決めたんだ。わかってくれよ」
監督は苦笑いを浮かべ、再びタバコに火をつけた。
私はその言葉を聞いてやっと理解する。
この演目自体が忖度のかたまりだったのだ。