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掌編小説  作者: kj
11/12

正しい絵画の見方

 苛立たしげに脚を揺らす男性は手元のハンドベルを鳴らした。

 左右に置かれたスプーン、フォーク、ナイフをまっすぐ並べ直す。彼は実に几帳面であった。その日も彼は持ち前の几帳面さを発揮していた。

 給仕が男性の席の前に到着すると男性はなめらかに話し出す。

「なんだねこの目玉焼きは。楕円形で不格好。目玉焼きというのはね、黄身がちゃんと真ん中にあるから目玉焼きというのだよ。作り直したまえ」

「大変失礼いたしました! ただ今作り直します」

 給仕は大慌てで目玉焼きを手に取り、厨房に戻った。

 もはやイチャモンとも言える様だがそれが彼という男であった。

 そんな彼はその日、美術館にやってきていた。本来彼は美術館とは縁遠い人物である。静謐せいひつな雰囲気はキライではなかったが、芸術というのは几帳面な彼にとって理解しがたいものがある。特に前衛的なものに関しては彼の理解の範囲を超えるため積極的に来たいところではなかった。

 なぜそんな場所に来ているかというと、会社の懇親会である。もちろん行かないことだってできるのだが、彼は几帳面な上に真面目だった。会社の懇親会を辞退するという選択肢は無かった。

 

 美術館を回る彼はとある一室に入った。その部屋にはいくつかの絵画が飾られており、部屋の中央には2つのベンチが並べられ、なぜか学芸員らしき人物が腕を体の前で組み佇んでいた。監視だろうか。その人影が気になったが、とりあえずひと通り見てみることにした。

 最初に目に入ったのは女性が描かれた絵画であった。憂いを帯びた物憂げな表情を浮かべ、頬に右手をを添え、どこか遠くを見つめている。陶磁のような白い肌とその表情は実に美しかったが、気になる点があった。

 額縁が傾いているのだ。斜め15度に傾いていた。せっかくの美しい絵画であるのに斜めになっていることで絵の中の女性は『困った』様な仕草にしか見えなかった。

彼はちょうど部屋の中央に学芸員がいた事を思い出した。几帳面な彼はそのことを伝えにその人物に近づいた。

「すいません、あの女性の絵画なんですがね、傾いているのですよ」

 すると学芸員は淡々と返事を返した。

「ええ、存じております」

「存じておりますとはどういうことです? 直してくださませんか?」

 学芸員の無機質な返事にイラッとしたがそれを押し殺した。

「あれでよいのでございます」

返ってきた言葉は意外な言葉だった。

「するとなにかね、あの傾いているのがあの絵画の正しい向きとでも言うのかね?」

「そうでございます」

 冗談のつもりで言ったのだが、彼の返事は肯定であった。

 彼は諦めざるを得なかった。そう言われてしまえばもう言えることはない。やはり芸術は理解し難いと思わざるを得なかった。

 よく見るとその部屋の絵画は真っ直ぐなものもあったが、傾いたものも多々あった。

 となりの絵も見てみると、その絵画もやっぱり傾いていた。

 猛々しい大砲が大きく描かれていた。が大砲の向きがおかしい。真上に大砲が向けられ、せっかくの雄々しさが滑稽になってしまっている。

 これもまたこういうものなんだろうと、理解しがたい気持ちを飲み込んで絵を眺めていると、隣で見ていた客が呟いた。

「この絵の向きは違うだろう」

 彼もそうは思っていたが実際この部屋の絵画は殆どが傾いている。彼は親切心で教えてやることにした。

「いやいや、こういうものなんです」

 急に話しかけられその客は少し驚いたようだったが、すぐ気を取り直したようだった。

「私はそうは思わんね。大砲が真上を向いてるなんて変だろう?」

 自分とおんなじことを思っていることに安心したが、私に言われてもしょうがない。

 そう思ったが、客は中央にいる学芸員の方へ言ってしまった。

 やれやれ、あの人も芸術がわからないようだ。きっとすぐ戻ってくるだろう。

 ところが、今度は学芸員は絵画の前にやってくるとその大砲の絵をくるりと回した。大砲の向きは斜め45度、理想的な角度である。その絵は違和感なくその場所に収まった。

 しかし、彼の腑には当然落ちない。なぜこの大砲の向きが間違っていてさっきの絵が間違っていないというのか。

 彼は学芸員に食って掛かった。

「学芸員さん、この大砲の絵の向きはこれであっているのですか?」

「これであっております」

 これであっております、ときた! 彼はかちんときたのを隠そうともしなかった。

「するとなにかね、傾いていないのがこの絵画の正しい向きとでも言うのかね?」

 自分で言っててもおかしく感じたが、思ったことをそのまま伝えた。

「そうでございます」

そう言われてしまえばもうなにも言えることはなかった。

やっぱり私には芸術を理解することはできないなと、その部屋を後にした。


 学芸員はさっきからわめきたててくる客がいなくなったことに安堵した。そもそもこの部屋の展示は客が自由に向きを変えていい作品なのだ。ヒックリ返しても斜めにしてもそれはそれで正解である。それなのにあの客ときたら傾いている傾いていないなどと訳のわからないことをわめきちらす。

学芸員は自分の舌足らずを棚にあげ、そう思うのであった。


舌足らず、目玉焼き、皮膚 の三題噺です。

星新一風の感じで書いてみました。オチをきれいに決めるのは難しいですね。

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