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皆が未麗の存在に慣れ始め、未麗自身も学校に慣れ始めた転校から二週間ほどがたったある日。事件は起きた。
いつものように学校へ向かい教室へ入ると、空気がいつもと違うことに気がついた。
いや正確には、空気が違うことには入る前から気がついていた。
ドアを開けると、そこにいたクラスメイトほぼ全員の視線が集まる。真ん中に誰かを取り囲んでいるようだった。目を凝らすと、それは例の片寄梓だった。
「おはよう…何かあったの?」
心配そうな顔つきをして聞いてみる。
「何かあったのじゃないよ!!何言ってるのこの最低女が!!」
涙ぐんだ金切り声でそう叫んだのは、真ん中にいた梓だった。
泣いていたようで、目が赤い。
「ごめん、よくわからないんだけど。何があったか教えてくれないかな?」
よくわからない、というのは半分嘘だった。
なんとなく想像はつく。梓が私を気に食わないと思っていることは承知だったから、多分それで私を貶めるために何かの話をでっちあげたのだろう。
私を悪者に仕立て上げ、クラスメートを味方につける。
人間というものは怖いもので、そこに被害者がいると真相を疑いもせずに被害者の言い分を信じてしまう。それは本能的なもので、情がある人間特有だろうと思う。
そんな余裕を持て余している場合でもないか。何せ現状、クラスメートの大半が私の敵に回ってしまった。転校して日が浅い私と、もともとボスである梓の信用。天秤にかければ一目瞭然だった。まあ、梓に関して良い印象を抱いている人間がそういるとも思えないが。
それにボスの言うことは絶対、と言うのがスクールカーストの常識であり、ボスに嫌われれば終わりと言って良い。その後はカーストの底辺を這うしかないだろう。
しかし未麗は全く不安もなかった。勝てる自信があった。そもそも梓は頭が悪い。勉強ができるできないの話ではない。人間関係、生きていく上で、頭が悪いのだ。口を滑らせて梓に梓自身の不利益を言わせるのは楽勝と見た。
これがピンチだというの?笑わせないでほしいわね。これはチャンスよ。
梓を地に落として、私が上がる。そのための大きな一歩ね。
ふう、と息を吐いた。
「何があったか?説明してあげるよ。あんた、最寄駅が私と同じでしょう?昨日の帰り、出くわしたじゃないの。その時にあんたがしたこと、忘れたとでもいうの!?」
未麗は冷静に言い返す。
「忘れたとかじゃなくて、昨日は会ってないよね。最寄りが一緒なのも知らなかった。」
「何よ!!とぼけたって無駄だからね!?昨日出会って、急に私にぶつかってきたじゃない!そのあと何も言わずに行っちゃったし!!」
情緒不安定極まりない。ここは幼稚園かしら。ぶつかったですって?昨日なんて会ってすらいないじゃない。そもそもこんなことをするだけ幼稚で頭が固いのね。可哀想だわ。
と、そう思うのは頭の中でだけである。
「ぶつかってなんていないでしょう?そもそも会ってもいない。」
「いやぶつかってきたわ、間違いなく。それだけじゃない。私の財布がなくなってるの。みんなで探したらあんたの机の中に入ってたわ。許せない!!」
凄まじい剣幕でにじり寄ってくる。殺意でも湧いているのかと思うほどの形相だった。
めんどくさくなった未麗は、少し遊ぶことにした。
「財布が!?嘘、大丈夫?中身はとられていなかったのよね?」
「はっ、はあ?そ、それは………な、無くなってたわ。五千円ほど。あなたが取ったんでしょう!?」
梓は未麗の思いもよらぬ心配に少し狼狽したが、すぐに活気を取り戻したらしい。全く元気なものだ。
「財布を盗るなんて非常識な上にぶつかってきて無言なんてあり得ないわ!!」
ついに梓は泣き出してしまった。取り巻きの女子たちが庇う。
他のクラスメイトはどうして良いかわからないという困惑、未麗への軽蔑、または疑問の視線、状況の理解ができない者、梓の本性を知っているためどうせ梓のでっち上げだろうと気づいている者など統一性のかけらもなかった。
他クラスからの野次馬も駆けつけ、一層未麗が悪役である。まあ悪なことに関しては事実だが、表面だけ見れば罪もないのに罪をかぶせられた主人公だった。
まあ、人が多いほど良い。大勢の前で梓の悪態をつけば、それほどに都合のいいものはなかった。
このままでは収集がつかないと感じた未麗は、解決編に進むことにした。