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仮面の下のヴィラン〜負けを知らない女は今日も微笑する〜  作者: ぶる子
一章 スクールカーストにご用心
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2


「今日は新しい転校生が来ている。」


担任がホームルームでそう言うのを耳にした途端、無意識に体が硬くなった。

昔からだ。私、品田夕美(しなだゆうみ)には、人見知りの癖があった。


初めて出会った人間には目も合わせられない。クラスの中心にいる、所謂陽キャたちは、その一報を聞いて黄色い歓声をあげている。


いかにも期待に目を光らせている–––言うなれば獲物の知らせを聞いた狼のような–––そんな様子だった。


男子は美女を期待し、女子はイケメンを期待する。終始話し声が止まらなくなった教室を担任が鶴の一声で鎮まらせたが、皆のその胸の内はまだ騒いでいるようだった。


私は、視線を下に向けた。目を合わせないためだ。

目があって話しかけられたら。

考えるだけでゾクリという感触が背中に伝わる。胃がきりきりする。吐き気さえ覚える。いまドアの方を見てニヤニヤしている奴らには雀の涙ほども分からない感情だろう。


夕美は、クラスの一隅にいるような、所謂隠キャ、というやつだった。


「入ってきていいぞ。」


担任の一声で、ドアが開く音がした。室内に一斉に騒がしさが戻る。

男子が言った声の中に、「可愛い」、というものがあったから、女子だと分かった。


足音がなくなる。顔はあげるつもりはなかった。夕美の席は一番後ろであったから、下を向いていても目立つまいと思ったのだった。


「黛未麗と言います。未麗って呼んでください。たくさん友達が欲しいので、これからよろしくお願いします!」


透き通った、可愛らしい、というより、美しい声だった。

不意に、顔を上げて未麗とやらの顔を見てみたくなった。その衝動に、自分自身が一番驚いていた。人見知りもあったが、それ以上に好奇心が勝った。


もちろん夕美をそういう状態にしたのには意味がある。誰かの息を飲む音。目を見張る気配。所々から聞こえてくる、「美人」、の声。


只者ではなさそうだった。それほどに、異常なほど全員の視線が彼女に釘付けになっている気配が漂っていた。


それほどの顔の女とは、どんなものだろうか。

ふっと、顔を上げた。


時が止まる思いとは、このことだと痛感した。声も出ない。自分がいま、生きていることさえ、息をしていることさえ忘れるほどだった。––––惹きつけられる。目が、離せない。

美人、だった。いや、美人と形容していいのか迷うほど、最高級に整った顔立ちだった。

栗色の目は二重で、ぱっちりと大きく、スッと通った鼻筋、ガラスのように触ったら割れてしまいそうなほど、繊細で透明な肌、形の良くほのかに桃色の唇。その唇には、微笑が浮かべられていた。


いまトレンドの人気女優よりはるかに美人だ、と夕美は思った。


ただ–––この中に、何か渦巻くものがあるように思えた。見間違いかもしれない。こんなにも美しい人間に、(わだかま)りなどあるのかと普通の人間なら疑うから、その渦があることに違和感がある。でも、未麗が纏うオーラは、美しさや素晴らしさ、森羅万象の善の全てをかき集めたもののようだった。それが不自然のように思えたのだ。


その綺麗すぎる仮面の内に、黒すぎるモノがある。そんな気がした。いや、あくまで”気がした“だけだ。勘違いかもしれない。いやそうだ。まさか。


夕美は、そう思い込むことにした。


「黛の席は、取り敢えず一番後ろの奥に置こうと思う。視力は大丈夫か?」


担任が未麗に問うた。


「大丈夫です。–––ただ…」


その一瞬、未麗の表情が冷徹なものに変わったように見えた。突き刺すような目。このままでは喰い殺されてしまいそうな、見つめられた者が汗が噴き出し動けなくなるような表情だった。少なくとも夕美にはそう思えた。


疲れているのかもしれない。こんな完璧な美人を前にして、私は何を思っているんだ。


「私はあちらがいいです。」


そう言って彼女が指さした場所。それを黙認して、今度こそ汗が吹き出して動けなくなった。それは、私の隣の席だった。


元々担任が提示した席は私の席と同じ最後尾だったものの、一番窓側の席だった。夕美の席はドア側の端だったため、まだ遠い、と安心していた。


しかし今この女が提示したのは、私の真隣の席。ドア側から二つ目の席だった。

ただ、もちろんそこには先に座っている先客がいる。いくらなんでもそれは…。


「あ、僕は全然いいよ。僕がそっちの席に行くから、黛さんはここ座ってよ。」


そう言って立ち上がったのは、先客であった男子である。

息が止まった。その男子を一生恨んでやろうかとさえ思った。


「ありがとうございます。では私はここで。」


担任さえ押し切り、私の隣に着席した女の方へ、視線を向ける気にはなれなかった。


「よろしくお願いしますね。」


小声で女がそう言ったのが聞こえた気がしたが、それは私に向けたものではないと思い込むことにした。


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