1
・初投稿
生まれた時から、ずる賢い女だった。それは、自分自身で痛いほど理解していた。
だからこそ、隠した。自分の「負」に値する性格を、徹底的に隠し通した。するとどうだろう、あそこのうちの娘さんは、非の打ち所のない、美人でお優しい素晴らしい方、というイメージが自然と定着した。
すると人の思い込みというのは怖いもので、何をするにも褒められた。たとえそれがいいと受け止められるはずのないものでも、他者の勝手な思い込みで、「いい子」のレールを歩かされた。
いや、私はいい子のレールを歩いていたのではない。少なくとも、私は歩いているつもりではなかった。他人の脳内で、私が完全無欠だというイメージにより、私がまさかこのレールの上以外を歩くまい、と決めつけ、補正がかかっている状態だった。
例を一つあげよう。通っていた小学校にあった花瓶を割った。
わざとだった。
母親の態度にむしゃくしゃしていたのだ。
少し話が逸れて母親の話をすると、母親はまんまと自分の娘の“完璧な人間の演技”に騙され、自分の娘が完璧だと信じ込んでいた。家族でさえ見破れないほどのいい子を演じていたのだった。母親は無理やり理想のレールを敷き始め、私の欲とは正反対のような、大それた道を私に歩かせようとした。その態度に軽蔑を覚えたわけだが、もちろん私は「いい子」であるため、親に反撥などしない。
だからこそため込んだ鬱憤を人のいない場所で晴らそうとした。朝早くに小学校へ来て、目に入った花瓶が完璧のように思えるほど朝日を浴びて光っていて、苛ついた。
重力に逆らってスッと伸びたスリムなスタイルの花瓶で、陶器製だったため誰にも負けぬ透明感があった。自分より優れている気がした。
だから、割った。持ち上げて、床に叩きつけた。水が床一面に広がり、花弁が舞った。茎も折れていた。花瓶は原型を留めておらず、バラバラだった。
清々した。だがよかったのはそこまでだった。音を聞きつけて教員がやってきたのである。
やってきた教員は、割れた花瓶と私を見て、すぐに察知したようだった。
“私がぶつかって割ってしまったのだ”と、誤解した察知をした。
私は慌てもしなかった。疑われるはずがないと確信していた。先程も言ってくどいようだが、私はずる賢かったから、すぐに表情を曇らせた。少し目に涙を溜めた。
「ごめんなさい、そこに花瓶があると気づかなくて。ランドセルが当たってしまったようなんです。」
教員も予想通りだとでもいうように頷き、安心させたいのか微笑して、
「大丈夫、怪我はない?花瓶はまた新しいのを買えばいいわ。」
と言った。どころか、
「あら、手に破片がついてるじゃないの。危ないわ、洗ってきなさいね。」
とまで言った。
手洗い場に行くまで、あの教員はどれほど馬鹿なのかと考え、笑いを堪えるのに必死だった。
手についている破片に気づいたくせに、割れたものが飛び散って手についたとでも思ったのだろうか。この手で床に叩き落としたとは、露ほども思っていない教員の表情を思い出して、また吹き出しそうになる。馬鹿もいい加減にしてくれ、と切実に思った。
とまあこんな具合で、私は他人から見れば完全無欠の人間なのである。
自分でそう思うことに、全く抵抗はなかった。もちろん口には出さないが。
私は仮面をかぶっている。はっきりとした自覚があった。
日常的に仮面を被り、嘘をつくことに抵抗がなくなったのはいつだろう。道徳に反することに何の感情も持たなくなったのはいつだろう。どんなドラマの悪女よりもひどい生粋の悪女であるのに、誰もそれに気がつかない。
悪役の本質とはそう言うものではないか。誰か一人にでも悪だと言うことが知られていては、悪として立ち回りにくいものだ。
実は本当の悪というのは、悪とは縁もなさそうな涼しい顔をした人間なのかもしれない。
そういう悪は強い。なかなかに倒れないのだ。ヒーローも気付かないほど華麗に悪行を行う。倒れないというよりは、誰も倒しになんてこないと言ったほうがいい。
そう、私の名前を教えておきましょう。黛未麗。「未だ麗しくない」。外見は相当に美しく、勉学はよくできて、運動神経も悪くない未麗に対して皮肉のような名前である。しかしそれでこそ、「悪女」なのかもしれない。
彼女はしているとわからない程度の化粧を施し、ラストに薄い色のリップを塗って鏡に向かって微笑を浮かべて見せた。我ながら綺麗である。
満足して荷物を持ち、家の鍵を閉めた。十七歳の未麗は、学校へ向かうのである。